クリスマスの星

ええと、いろいろろ微妙な問題があるわけで、要するに古代エジプトでは、オシリス・イシス・ホルス一家とセトが対立する神話があって、セトが男性で単為生殖を繰り返す蛇神の象徴なわけです(要するに、単独で生まれ変わる、というのは蛇の「脱皮」のことを指すわけですが)。だから、男系が絶対の文化の象徴となる神がセトということで。

で、オシリス・イシス・ホルス神話は、イシスがオシリスからホルスへの王権の交替とか、死者の再生に大きく関わる女神ということで、こちらは母系の文化の象徴となる神々なわけで、西方の人達は非常に大雑把にいえば、現在では、人食いの男神セトを信仰するのか、ゾロアスター的な女神イシスを信仰するのか、ということでそれぞれの考え方や立場を示しているわけで。

でも、それは元を辿れば同じ狩猟民の文化であって、男系が優位なのか、母系が優位なのかという点だけで分かれた、という面があるので、母系であろうが男系であろうが、神々の名前とか性質とか共通している部分がたくさんあるわけです。で、古代エジプトでは、ファラオは自らをオシリスとセトの双方の後継者だ、と言っていたわけですし、北欧の人達も男系の神と母系の神をいっしょくたにして「多神教」を形成して長らく生活していたわけで。で、そういうところでは、人身御供も当然のように行われていたわけだから、結局同じ名前を持っていても特別なのは「ゾロアスターのイシス女神」とそこから派生した神々だけ、ということで。古い時代にはイシスも「赤毛のアン」と呼ばれる人食いの太母だった、ということらしくて。で、そうやって要するに誰かを食い物にするような搾取主義や略奪主義を改めて、お互いに協力しあおう、ということで搾取主義の象徴である「人身御供」を「悪いこと」と定めて、「良いこと」と「悪いこと」を分けたのがゾロアスター教であって、それを「善悪二元論」というわけで。この概念は、西洋に伝わって、あちらでは文明の基盤となるような有名な概念なわけですが、その一方で、「人身御供」が良くないということは理解していても、神々を良い神と悪い神の二つに分ける「二元論」という考えかたそのものが邪道だ、って言ってくる人達もいるということでーー;。で、そう言ってくる人達も大半は狩猟民の末裔なので、「人身御供」が良いとか悪いとか言う以前に、生き餌を喰えるだけの力が無ければ神として認められない、って言うらしくてですねえ? で、そういう力があるかどうか試せ、ということで、実際にそういうモノを送ってきた人達がいるらしくて。その手のモノ送りつけて来られれば、蛇の兄さんはすぐに気が付いて、受け付けたりしないわけですが、私の方は自分で自分の気がコントロールできないので、送って貰ったモノはなんでも食べちゃう、ということで@@。で、ある日唐突に「人の生き血の匂いがする気を送ってきた所がある。」って言われた気がするわけで@@。なんかまずい儀式でもやったところがあるんだ? と思ったわけですが、ともかくそうやってこちらを試そうとするようなことは、事前に言えば蛇の兄さん達が反対することは目に見えているので、主要な3神に無断で行われた、ということで「抗議しなきゃ」と言われた気がするわけですが。でも、逆に「この世界で今も多くの人々に信仰されているのは、狩人の神なんだから、理想論を振りかざす前に、「普遍」という言葉の意味を良く考えてみるように。」って言われて、逆に怒られた、って言われたわけで@@。ともかく、こういうことが2度とないように、ということで、私の気を操ることが中でも一番得意な7番目の子が終始張り付いて、蛙の子に変なモノを食べさせないように見張ることになった、って言われるわけで。

で、それは良いわけですが、7番目の子は彼は彼で独特な人なわけで、「印欧語族の女の子達が言っているみたいに、自分も『自分が仲人です』って言ってみたい。」とかって言ってくるわけで。で、6番目の子は誰がどう見ても「王子様キャラ」だし、蛇の兄さんは文字通りの「蛇の王子様」だし、同じキャラが被ってるのばっかり何人もいても面白くないでしょ? って言われる気がするわけで@@。で、自分で自分の気が操れるように、少しは練習しましょ、って言われるわけで、7番目の子がコーチになって、蛙の子に泳ぎ方を教える図とか送ってくるわけなのですが。

そして、いろいろと調べていた時に、ふとナガランドというものの存在を知ったわけですが、これはインド東部の州の名前で、そこに主に住んでいるのはナガ族という人達で、ヒンドゥーの人達とは異なる文化を持っていて、彼らは現在ではキリスト教徒だけれども、数十年前までは首狩りをする習慣があったということで。で、彼らの歴史は全く日本とは無関係ではない、ということで、かつて日本軍がインドの近くまで攻め込んだ時に、彼らの居住地域がインパールの近くにあったということで、日本軍は、日本軍に協力すれば独立させてやる、みたいなことを言ったらしくて、それで中には日本軍に協力した人達もいたということで。でも、インパール作戦は失敗し、やがて日本が負けて戦争は終結するわけで、当然日本軍との約束は反故になったわけですが、インドに帰属するのもいや、ということで、独自に独立宣言を行ったところ、それを認めないインドとの間に紛争が勃発し、ほんの20年ほど前に停戦が合意に至った地域、ということで。最近では観光をしに行く人もいるということで、旅行記みたいなものがちらほらとネット上で見られたわけですが。で、彼らの本来の生活というのは、新石器時代のままのものであって、家の壁には牛の髑髏が飾られ、茅葺き屋根には×十字の飾りがみられ、まるで古代エジプトのナルメル王のパレットの中の光景がそのまま現れたような形であって。で、彼らは若者(男性)を一カ所で共同生活をさせて、社会という共同体の中での生活の仕方を教える、という風習があって、で、かつては成人の儀式として、近隣の村の人の首を狩ってくるという習慣があったらしいのですが。で、彼らの主張の称号はアンというらしいので、それは古代メソポタミアの主神アンと同じ名前、ということで。要するに彼らの生活は、新石器時代の古代エジプトやメソポタミアでよく行われていた生活そのものであって、6000年くらい前にはごく当たり前の生活であったものが、現代にまで残ってしまったものなんですねえ? と思うわけで。そういう地域が、あっという間にキリスト教化されてしまうのも、ある意味では道理であって、そもそもキリスト教が持つ「男系」の思想は、本当に根本的には彼らと同じモノ、であるからで。で、今では首狩りをしなくなった代わりに、クリスマスにはクリスマス・ツリーを立てて、星を飾ってクリスマスを祝うようになっているわけで。で、停戦合意に至って生活は楽にはなったらしいのですが、でも貧しいままではあって、中には麻薬なんかに手を出す人もいるということで。で、個人的に一番衝撃を受けるのは、キリスト教の宣教師は彼らの独立を支援はしているとのことなのですが、でも民衆の間にはびこる麻薬の撲滅には全力を注がないんだ? と思うわけで。たいした武力も技術も持たない人達に、いたずらに「独立」ということを煽れば紛争の火種になりかねないことも、麻薬というものが人の精神状態を荒廃させて正しい判断能力を奪うモノであることも、知らないはずはないよね? と思うわけで。この世界には、そうやって何かの機会があったら、火をつけて燃え上がらせるためだけに意図的に作られた「火種」はいったいいくつあるのだろうか? と思うわけで。結局、彼らは彼らで「同じ思想」だということが分かっているから、キリスト教に心惹かれるけれども、そこの巻き込まれてしまえばしまったで、何かおかしなことに巻き込まれていることは分かるから、彼らの首長(アン)と同じ名前の女神が出現した、ということで助けを求めているんだよ、とは言われる気がするわけですが。でも、同じ名前だけ貰っても、ゾロアスターのイシス・アナーヒタ女神は、かつての人喰いイシス・イナンナとは異なる女神、ということで、こちら側に来ても、彼らが真に望むような伝統的な生活を認めてあげることはできないし、彼らは彼らで芯からこちら側の思想を是とはできないだろうから、こういう時が一番難しいんだよね、って言われる気がするわけで。でも、彼らがこちら側に来なくても、助言を求められているのなら答えられる限りでは応えてあげなければいけないし、話を続ける努力も続けなければならない、って言われる気がするわけで。私にも何を言って上げられるかは分からないのですが、でも、彼らがどんな生き方を選ぶにしても、麻薬とは縁を切った方がいいよ、それは正常な判断力も、敵の目から身を守る力も奪ってしまうであろうから、と思うわけで。で、いろんな人の話を聞いたわけですが、結局世の中はお釈迦サマの言い分ではないけれども、「諸行無常」であって、変わっていかないものなどないのだから、それに併せて人も変わっていかなけれないけないし、生き残るとはそういうこと、って言われることが多い気がするわけで。でも、人類が6000年の時間をかけて、少しづつ変わってきたものを、彼らにだけいきなり数十年で変われ、というのはキツいよね、って思うわけで。そして、「わざわざ「祭祀」などと言わなくても、あちこちに溢れる髑髏を「ファッション」ということにしてしまえば、いつでも祭祀を行っているのと同じ事だし、そうすればいつでも実力次第で狩りの獲物は思いのままなんだから、自分達はただ彼らに文明的なやり方を教えているだけ。」って言ってくる人もいる気がするわけで@@。別に彼らが大切にしている伝統文化は、「ファッション」なんていうものの体裁で狡猾に誤魔化すようなものではなくて、本来は生活に密着するような大切なものだったんじゃないの? と思うわけで。しかも、教えている、とかそういう問題ではなくて、結局利用してるだけでしょ? と思うわけで。

で、結局今では、ナガランドの人々もクリスマスを祝って、クリスマス・ツリーを立てたりするわけですが、本来のクリスマス・ツリーってどういう意味なんだろう? と思うわけで。で、調べてみましたら、それはヨーロッパで古くから行われた当時の祭り、ということで太陽の再生を祝って、祭りを行ったり、ご馳走を食べたり、という行事だったらしくて。でも、冬至に太陽が力をつけることを祈り願うというのは、間接的には太陽信仰ですけれども、直接的には、それは夜空に輝くシリウスに力を与える祭祀ですよねえ? と思うわけで。だから、そこになにがしかの犠牲を捧げることがあれば、それはシリウスに力を付けて貰うための犠牲、ということだと思うのですが。でも、一方「ご馳走」を食べる、ということは、食物は神から与えられたもので、神の化身も同然だから、神に力をつけさせるためのものではなくて、むしろ神を食べて自分達に力を付けるっていう「祭祀」だよねえ? と思うわけで。なんだか、矛盾していることをやっている気がするわけですが、要するに神サマに元気を付けて貰おう、という思想は母系のもので、逆に神を食べて自分達の中に神を召還して自分達も共に新しい死に神として再生しよう、という思想はデーヴァ的な男系の思想だから、古い時代のヨーロッパは両者の思想が混在習合していて多神教が形成されており、祭祀も両方の祭祀をいっしょくたにして行っていたんだ? と気が付くわけで。で、男系の思想だけがキリスト教に取り入れられ、「クリスマスの星」はシリウスではなくて、イエス・キリストの誕生を告げたという架空の「ベツレヘムの星」に変更されてしまったわけで。で、結局「利用されている人達」は、当面こちら側と同盟を結ぶ気もないけれども、印欧語族の人達がやっているように、「クリスマスの星」は「シリウスの星」として祀ることにしたい、って言ってきたらしくて。印欧語族の人達は人達で、表向きはキリスト教の祭りをやっているように見せかけて、実はシリウスを祀る、というようなことをやっているらしくて。別にそれは構わないのだけれども、それに乗じてこちらが食べたくないようなものの気を送ってこられると困るから、そこはちゃんと言っておかなきゃ、とは言われる気がするわけで。そういうやり方は印欧語族の人達が長けているから、彼らがやり方を教えるでしょ、って言われる気がするわけですが。

で、昨夜のMステは割と「鼓動」とか心臓に絡むネタが多くて、「何も生きている人の心臓をえぐり出して、その断末魔の気を送ってこなくても。」って、「げっ」って言うようなことを微妙に言われる気がするわけで@@。自分達が生き餌を食べる力がないのは、先祖代々そういう能力を抑制して封印してきた結果だから、それをもってして「力が弱い」って言われてもねえ、って言われる気がするわけで@@。そして、「この広い世界にはそういうことをやっても、なんの罪にも問われないような場所がまだまだあるんだよ。」ってなったわけですが;。しかも、牛の角を模した兜を被っている人達もいて、「衣装」という体裁はとっているけれども、そもそも彦○呂って創○、って思うと、それも微妙な気分にはなるわけで;;。

で、ハリー・ポッターシリーズってあるでしょ。ハリーの母親の名前はリリーって言って、「百合」のことでしょ。あれは、父親のジェームズがオシリス、母親のリリーが百合のイシス、息子のハリーがホルスで、対するヴォルデモードがセト、ということで、イシス・オシリス・セト神話の「焼き直し」の話なんだけど、って言われるわけで@@。だから、その意味が分かれば大きなヒントにはなるのだけれど、母親のリリーは息子を庇って死ぬ、というキリスト教的な「自己犠牲」の精神を発揮して死ぬでしょ、それは女神が自己犠牲を払う、ということを認める物語だから、だから家に入れちゃいけないんだよ、って言われるわけで。作者の人は、印欧語族の人で強い意思を持っている味方だけれども、物語は呪いの物語なんですねえ、と思うわけで。で、作者の本名はジョアンというわけですが、ジョアンというのは、ユーノーが変化した名前ですねえ? と思うわけで。で、ローマのユーノーの聖鳥は孔雀、ということで。で、そういえばヤズィーディーの人達のマラク・ターウースという天使も孔雀だったな、と思い出したわけで。このメヒト女神の名前を持つ天使が孔雀の化身なわけで、一方ユーノーというのは「DV」という子音を持つだけの女神ですので、本体があまりはっきしりないわけですが、メヒトの象徴が孔雀であれば、ユーノー女神もまたメヒト・イシス女神が変化したもの、ということで。で、ローマで最高位の女神、といえば聞こえはいいわけですが、そもそも男系優先のローマでは、妻は夫の財産であり、奴隷も同然ですので、結局それは、イシス女神は自分達の奴隷である、って主張しているのも同然、って言われるわけで。だから、今の家にいることはそれを認めることになるらしいのですが、じゃあお引っ越し先は? って思いましたら、あの辺りは多少よろしくない地名であっても、基本的には善光寺のお膝元で、守達神の管轄内でしょ、って言われるわけで。ユーノーといえば、高校生の時に、英語の先生に「ジューン・ブライドって知っているか?」って聞かれて、「知らない」って言ったら馬鹿にされた記憶があるわけですが;。もうその頃から、こちらがどのくらいまで気が付いているのか、敵は探っていたんですねえ? と思うわけで。そして、いろんな人から、「生き餌を食べられるだけの力があっても、お釈迦サマだって元は高名な軍神だったんだから、同じ力を持っていて、でも敢えてその力を自ら抑制して生きるべき、って言って生きたんだから、その力は使わなくても変なことじゃないよ。」って言って貰った気がするのですが。でも、お釈迦サマは自分で自分の気がコントロールできただろうけれども、お姉さんはそれが自力でできないからねえ、って言われるわけでーー;。それで、特にいろんな人達に守ってもらわないといけない、ということらしいのですが。

で、昼寝をしていたら、夢を見て、家の中を4番目と5番目と6番目の子が歩き回っていて、で、外に出て空を見上げて飛行機雲で占いをしていたりする、という感じであって。夢の中で「なんで?」って思いましたら、「直にこういうことになる。」って言われて驚いて目が覚めたわけで@@。自分でも本当にそうなのかどうかは、まだ狐につままれたような気分のところはあるのですがーー;。まあ、そういう一日だったわけです。