本日の日誌

昨夜は特に夢も見ず。今日は新しい週刊誌の発売日なので、「賞味期限切れになったものは持って行かなくていいよ」って言われる気がするので、雑誌は持たずに「お仕事」に出かけたわけで。本日も「お仕事」そのものはのんびりムードで、特に急ぐ様子もなかったのですが。午前中に工務店さんの社長さんが来て、「フリーリング用に920mmの板は手に入らない」とかって言ってきたので、1本でも良いけれど、その長さのものは欲しい、ってお願いしておいたわけで。で、実の加工の仕方についてもいろいろお願いして。

で、階段の手すりの上に載せる板の大きさについて打ち合わせしたりもして。で、午後になって来た工務店の人とは横樋の長さが打ち合わせの通りになっていないことを述べて、足場を取る前にやり直して貰うことにして。そのあたりで、空にけっこう飛行機が出て、×印なんかも描いていったので、そういう細かい部分も気をつけなければいけないんだろうな、と思って。

で、「お仕事」をしていると、「楽をして好きなだけステーキを食べ、ワインを飲み続けることを許す神とは独裁と専制君主の神。」って言われる気がするわけで。そういうことは、意図的に他人を支配して搾取しなければ不可能なことなので、要するに「ローマの主神」とは、「ローマ人に独裁と専制君主を許す神」ということになるわけで。古代のローマ人の意識というのは、ものすごく極端な「村社会」的な意識である気がするわけで、「神」というのは、自分自身に、そして村という共同体に、そしてもっと広くローマ全体に恩恵を与えてくれる神であるわけですが、その外に住んでいる人達に対しては搾取と略奪の先頭に立つ「祟り神」なわけです。要するに「信じる人」は誰でも助けてくれる神さまではなくて、ローマ人のための神であるわけで。で、古代のローマというのは、ローマの「市民権」があるかないかで、ローマ法の保護が受けられるか受けられないか、ということをものすごく重要視していたわけで。ローマの市民権を持ち、ローマの内側にいる人は、神の名の元の様々な恩恵を受けられても、外側の人は関係ない、というのが彼らのごくごく基本的な考え方なわけです。だから、ローマ的な「階級意識」も同様で、市民ということは中流以上、市民じゃなければ下層(浮浪者)とか奴隷みたいな意識が徹底しているわけで。他の印欧語族の文化も似たりよったりではあるわけですが、こういう「村社会」的意識はローマではものすごく徹底していて。

で、一方「テシュブというのはギリシャ神話のテーセウスのこと」って言われる気がするわけで@@。そういえば、その2つは同じ子音だ-、と思ったわけで。ミーノータウロス退治のテーセウスですか? って思うわけですが。そういえば、テシュブにはクマルビ退治の神話がありましたし、クマルビというのは、エジプト神話におけるクヌム、すなわち「月の神」ですよねえ? と思うわけで。で、ミーノータウロスの「ミーノー」も古代エジプトの月の神ミン神のことですので、ヒッタイトの神話におけるクマルビというのは、月の神であり、ミーノータウロスとも「同じもの」だと思うわけで。豊穣のテシュブだって「雄牛の神」であるわけですが、要するに「TSB」の子音で示されるこの神は、元々は男系の印欧語族の一部の民族が信仰する「天空神」であったわけで、それ以外の印欧語族の信じる天空神と似たりよったりの神であったと思うわけですが、彼を擁する人々はアナトリア半島へやってきて、先住の母系の文化の人々と習合混血して、ヒッタイトという大帝国を建設したわけで。その際に、「主神」の地位を母系の神である太陽女神に譲ることで、ローマ人みたいに男系の印欧語族の独裁的文化を破棄して、先住の母系の文化を優遇したし、自分達だけが独裁者になろうとせず、他民族にも公平で平等な社会を目指したわけです。だから、印欧語族の人々が信仰する神々は、元は男系の神で、名前も性質も似たり寄ったりだけれども、「TSB」の主神を持つ人々は、独裁制を放棄し、弱者を生贄にして殺す(神に捧げる)ようなことを否定した人達だし、彼らの神話が、ローマ的独裁の思想と対抗し、倒すという思想を示している、って言われる気がするわけで。クレタ島のミーノータウロスを倒した英雄テーセウスはアテナイ建国の英雄と言われるわけですが、でも、彼がミーノータウロスを倒したことで、ギリシャ人以外の民族もミーノータウロスに子供を生贄に差し出さなくて済むようになったのであれば、その点では彼は「普遍的な英雄」ともいえる、って言われる気がするわけで。要するに「TSB」の名前の主神を持ってる人々は、男系であって印欧語族であっても、神は自分達だけのものではないし、他民族国家のあり方について、異なる民族同士でも「人として普遍である」という思想を持っている人達、ということのようで。アテナイの都市神はアテーナー女神であり、彼らは祖神を太陽神アポローンと考えており、テーセウスは都市国家を建国した王、と言われているわけですが、アテナイを建設したイオニア人は、紀元前2000年頃にギリシャの地に定住し、小アジアの東岸にも展開していたわけですから、東方の文化や思想になじむ要素が強かったと思われるわけです。で、習合混血の結果、アテーナー女神は、アナトリアのハッティ族の太陽女神イスタヌの変形版であり、アポローンはメソポタミア由来のネルガルの別名であり(ネルガルはヒッタイトでも普通に信仰されていた神であったわけで)、イオニア人の本来の主神であったテーセウスは都市国家建設の英雄に格下げになった、ということで。でも、ヒッタイトを建国した印欧語族のフルリ人は、おそらくイオニア人と近い神々を擁していて、フルリ人の主神テシュブは、ヒッタイトのNo.2の地位に上り詰めた、ということのようなのです。で、テシュブの名は、ユダヤ的にはヤコブという名となり、伝承では「重要な族長の一人」ということになりますから、ユダヤの民も思想的には、ヒッタイト的な習合主義の思想を取り入れた人々、ということで、人の燔祭は彼らの間でも禁忌の事項となっているわけです。だから、その思想を引き継いだ人々の神々は、どんな名前であっても、「反タウロス信仰」の神々って言われる気がするわけで。で、結局「アリンナの太陽女神」の名を持つ者は、誰に正式に「テシュブ」の名を与えるのか? って聞かれる気がするわけで。誰に、って言われたら西方の人々から「T」系の神の名を貰えるだけの「目の力」を持っている人は一人しかいない気がするのですけれども? と思うわけで。でも、その名前は王権に関わる名な気がするわけですが、王族でない人にその名前をあげても良いの? と思うわけで。そうしたら、富の王家は「王様とは本来、「目の力」が優れた人が選ばれてなるものなのだから、別に王族の出ではなくても良いし、それは神サマも同じ事で、それに相応しい「目の力」を持つ人がなることが当然」って言ってくる気がするわけで。そういえば、ユダヤの最初の王サウルは、「王に相応しい」と言われて選ばれた人であったし、彼が相応しくないと判断されれば、次にはダビデが立てられたわけで。そしてダビデ王家もまた人々の支持を得られなくなると、国家は二つに分裂してしまったわけですが、それでも「王」とは独裁者ではなくて、人々に選ばれた者がなるもの、という思想は富の王家の宝であり財産なのですねえ、と思って。ということは、その名前は7番目の子が取るしかないもの、まさに反ローマの旗手であるテシュブ、雄牛を屠るミトラスなんだな、と思って。原始キリスト教も、グノーシス主義者にとっては「反雄牛」の宗教であったわけですから、そうなることが自然の成り行きでもあるんだな、と思って。

そして、帰ってきてからはMステを見て。なんというか、最初っから「気合いの入った焼きもち焼き」って言われてる人がいる気がするわけで@@。弘中さんが真っ白な服装で、で、静香ちゃんが真っ黒な服装で、二人並んで「白黒」の一対であって、蛇の兄さんを思い出したわけですが。で、本日の出演者は、嵐、JUMP、カナちゃん、静香ちゃん、amiですので、4組まで味方なんてごく珍しいラインナップ、って思ったわけで。あんまり、誰かに強力に話しかけられた、ということはなかった気がするのですが、JUMPを見ていると、なんだかちょっと熱くなってドキドキしてしまうわけで。そして、そういえばそこには筆頭に次いで「秋波」の得意な12番目の子がいたな、って思い出して。でも、私がボケーっとしているとなんだか、面白くなさそうな顔をしている人が約1名いた気がするわけでですねえ??@@ でもって、6番目の子と8番目の子が、ともかくものすごい気合いの入った「目の力」を使っていた気がするわけで。「なんで?」と思ったわけですが、どうも大野君や相葉君が「思った以上にやりにくい」って呟いていた気がするわけで。もしかして、6番目の子と8番目の子の二人で、他の人達を「目の力」で圧迫して余計なことを言わせないようにしてる? って気が付いて@@。4番目の子は6番目の子のことを「怨霊化しかかってて、六条御息所みたい」って言っていた気がするわけで@@。今なんて言った? っていうか「六条御息所」って焼きもち焼きの代表格みたいなものなのでは? って言う気がするわけで。4番目の子は「状況的に冷や汗が出そう」って言う気がするし、大野&相葉両氏には「何も言わせて貰えなくても、自分達が何を言いたいのか分かりますよね?」って目で見られる気がするし、おっかなすぎだー、と思うわけで><。「来週もきっとこんな感じ」っていろんな人に言われた気がするわけですが@@。

静香ちゃんには、「男なんてしょうがないもの」とか「外の人達と結婚するなら、たとえ相手が夫でも油断せず、気を許さないように」って言われた気がするわけで@@。しかし、静香ちゃんは元々那辺に属される方で? って思うわけで。そうしたら、その人は「元ウェスタの巫女」って言われる気がするわけで@@。ウェスタの巫女は「未婚の処女」でなければならない、とされているので、斎宮と同じで結婚すれば巫女は卒業って言われる気がするのですが。でも、女神が処女とか、巫女が未婚でなければ駄目、っていうのは結局、西方式母系社会の女神であって、彼らにとっては元々男性は「子種のための道具」であって「夫」というものは存在しないから、ということだから。現代的に言えば、ローマ的男系的な「結婚」の道を選んだ時点で、「母系の巫女」としては欠格要因になる、って言われる気がするわけで。でも、元々巫女とは「目の力」が強い人が選ばれるわけですし、結婚したからといって「目の力」が衰えるわけではないので、普通の人になっても結婚相手は引く手あまた、って言われる気がするわけで。

でもって、部屋に戻ると、6番目の子からは、「自分が怨霊だって言うなら、まず最初に何とかしたいのは亀!」って言われる気がするわけで@@。蛙の子は、「私のかわいい亀の子を虐めちゃ駄目」って言ってた気がするのですが-;。蛇の兄さんからは、「その人は、今日は現場に連れて行って貰えなくて機嫌が悪いから、自分も蹴飛ばされないようにするためには、いろんな人に応援を要請して守って貰わなければならない状態」って言われる気がするわけで@@。来週もこんな感じって誰かに言われなかったっけ?? って思ったわけですが><。