いろいろと

細々としたネタはあるわけで、おととい当信神社から帰ってくる時に、誰かが捻鉢巻をして、お祭り用の和太鼓?みたいなのを叩いている、上半身が蛙で、下半身が蛇の女神の絵を送ってくるわけです。「太鼓を叩く」というのは、雷神の象徴ですので、太陽女神なのに雷神ってちょっとヘン、ヘバトの翼みたいに、天候神の役割の一部として雷を落とせるのは分かるんだけど? と思っていたら、その夜にスラヴの雷神ペルーンの話があったわけで。

で、昨夜は、ダゴンもDK系の神だってことをちょっと書いておいて。(ダゴンは、地中海東岸地方の海神(♂)なわけですが。)って言われたわけで。で、寝る前に、福山君のキューピーのCMの新しいものが公開されたというニュースを見たので、見に行ったのですが、使われていた新曲はきっと「蛇の兄さん自身のお歌だと思う」ってお手紙に書いた曲だったので、ちょっと嬉しくて。でも、使われていた福山君の写真があまりいい表情ではなかったので、気になって。でも兄さんは「気にしすぎても仕方ないし、疲れているから。目の力を送るから、動画を見てから寝なさい。」って言うわけで。そして、印欧語族というのは階級社会で、戦士階級が上流に来る人々だから、「貴婦人」だって言って、「かわいらしい女の人」を想像してると大間違いで、みんな男並みに体力があって、体格のいい女の人ばっかりだから。本来の彼らの女神もそういう女性だから、彼らのお願いをあんまり真に受けすぎるとけっこう体力を消耗するよ、って言われるわけでーー;。で、ちょこちょこと動画を見てから寝たわけですが、SMAPの人達は「ペルーンというのは男神で、そもそも女神が引き受ける神サマじゃないんで、男の自分達が頑張って支えなきゃ」って言ってくれるわけで。

で、寝たわけで、特に夢も見ず。気が付かない内に、いつも聴かない曲を聴いて寝てしまったようで、朝方「恋の魔力」で目が覚めて、「君の魔力で君の魅力」とかいうところではっと目が覚めて、「そこで起こすんだ?@@」って思ったわけですが。で、今日も「お仕事」ということで、お出かけして。で、車を運転していたら、蛇の兄さんが悪魔の熊手を持って、悪魔の尻尾が生えた姿で登場するので、なんで「悪魔の熊手と尻尾を持ってるの?」って聞いたら、「女神は女の人だから、ペルーンの武器はお前にやるって言われた。」って言うわけで。「悪魔の熊手」が武器って、それは本気で悪魔の神サマ? というか、悪魔なんだ?? と思うわけですが。そうすると、「大丈夫、西洋の多神教の神々は、どれもこれもみんなれっきとした悪魔だから。特にペルーンなんて、ユーピテルとどっちもどっちの悪魔なんで。大スラヴが助けてくれるのは、非常に単純明快に積年の恨みが募るローマが大嫌いって、それだけのことだから。」って言われるわけで。そして、「悪魔の武器を貰うと、普通の神サマの自分でも異形の姿になるんだ。」って言って面白がっているわけで。

で、目的地に着く頃に、飯綱のお山はどうなったの? ってふと思うわけで。そうすると、私が置いてきた新しい荼枳尼天が居心地良く居座っているっていうわけで。で、先住の荼枳尼天を追い出すために、その本体を見抜く必要がある、って言われるわけで。荼枳尼天ってユーノーのことでしょ? ユーノーってユーピテルの妻でしょ? ユーピテルの現実の妻って誰? って聞かれるわけで。それはライブでしょっちゅう見かけたあの女??、ということで。敵の本性を見抜ければ、こちらの「勝ち」ということのようで。

で、今日はいろんな数を数えて、調整用の図面を書いていたわけで。で、何というか、鉄筋を折り曲げる方向を記録していた時に、ものすごく面倒くさく感じた、というか「やりたくない」という気分になったわけです。でも、ちゃんと調べて記録しなきゃ、と思ったら、お願いしたのと反対に配筋された場所を2カ所発見して。昨日は雨が降ってたし、なんだか疲れ果てていて発見できなかったのです。でも、発見したので、親と二人で方向を変えちゃったわけで。きっと、これが今日の勝負、ということで、昨日の福山君のちょっと厳しいお顔はこれだったのかな、と思って。で、その後はいろんな数を数えたり、切り込みを入れたりしていて。兄さんからは「新しい鉄筋を調整用に入れたり、方向を変えるようなことがあれば、それにも忘れないで切り込みを入れてね。少しぐらい数を数え間違えても、それで通していけるし、これからは数の調整も難しくて、切れ込みでしか調整できないものも出てくるわけだから。」って言われるわけで。(でも、大スラヴの人達からは「日本人なだけに手先が器用で、仕事が細かい。」って言われるらしいのですが@@。そして、普通の印欧語族の人からは、「神サマにお願いするのに相応しいような妥当なお願いしか持ち込ませませんから。」って言われるわけで。でないと、本気で「ローマに奪われた麻薬の専売特許権を取り戻して欲しい。」とか言われるわけで@@。そういうものは、そもそも専売もしちゃダメでしょ、と思うわけで;。医療用に必要な分しか使っちゃダメって思うのですがーー;。)で、午前中は割と、Hey! Say! JUMPの人達がナビしてくれて、でも午後になってだんだんへたばってくると、6番目の子が降臨してきて支えてくれる気がするわけで。で、どう数えて良いか分からないときは、4番目の子が一緒にいろいろと考えてくれるわけで。だいたいそんな感じで作業していたわけです。

そして、家へ帰ってきて歯医者さんへ行ったわけですが、治療を受けている最中に、私の中の蛙の女の子が、麻績の神明社へいって、伊勢神宮の気をたっぷり貰ってきたから、おすそわけ、って言って、歯医者さんに何か渡しているわけで。で、歯医者さんもお礼を言って貰っているわけで、自分でも「何やってるんだ、自分??」みたいな感じであって@@。何だか、変な気がしたわけですが、兄さんからは「誰でも力の差はあっても、そうやって自分の気を人に分けて上げたり、助けて上げたり、コミュニケーション取ったりできるものなんだけど。自分だってそうしてるでしょ。」って言われるわけで@@。でも、自分じゃ意識してそうした感じじゃなくて、自分の意思とは関係なしに、蛙娘が勝手にやってたって印象があるわけですが?@@ って思うわけで。というわけで、兄さんからは「自分から気を使って、始めてコミュニケーションを取った相手は歯医者さん。」って言われるわけで、家に帰ってから、「麦の唄」の動画を見ていたら、「歩けなかった赤ん坊が立って歩くことができるようになるように、そうやって一歩ずつ力の使い方を身につけていけばいい。」って言われるわけで。こういうことには、「そのうちに慣れます」っていろんな人に言われるわけですが@@。で、歯医者さんでは、そのあとふと天上を見上げたら点検口がめに入って、「点検口の口はどちら向きにつけるつもり?」って聞かれたわけで。それはほっとくと当然東向きにつけられそうですよねえ?@@ って気が付いたわけですが。これってやっぱり、伊勢の気を分けてあげたから、そのお礼ってこと? っていう気もするわけで。(でも、兄さんは「あの歯医者さんは味方だから、気を分けて貰わなくても、教えられることなら教えてくれるでしょ。」とは言うわけですが。)ちょっと不思議な体験をしたのでした。

で、家に帰ってきたら、なんだかCDのジャケットから送られてくる兄さんの目の力が、ちょっとウルウルとしてる目というか、そんな感じであって。どうしたの? って思ったら、「光一君を真似して頑張って見た。」って言うわけで@@。で、いろんな兄さんの写真を見ると、目の力がいつもよりも強いし、特に右目が昨日見たトラキアのお使者と似ている感じに見えるわけで@@。「ペルーンの武器を貰ったら、目の力がけた違いに強くなったでしょ?」って聞かれるわけで。そして「自分だって、どんな呪いだらけの家でも自信を持って食いきっていける、って言えるだけの力のある男になりたいんだよ。」って言われるわけで。それが「ペルーンの目」なんだ? って思うわけですが。でも、ペルーンとダキニがそれぞれに強力な神であることは分かるわけですが、その2神の繋がりが良く分からないわけで。そうすると、いろいろと調べてみるようにって言われるわけで。で、「ダキニとというのは、トム・ティット・トット」って言われてはっとするわけで。トム・ティット・トットというのは、イギリスの民間伝承に出てくる悪魔であって、火急に困っている人を助けるかわりに、その人の命を要求するわけで。DMとかDNという子音を持つ神々は、せいぜい良くても、恩恵を与えるかわりに、死後はその人の魂を貰うというような類いの「神」であって。人々は、神に助けて貰う代わりに、忠誠を「誓う」わけで、法律は人の世界のもので可変なものだけれども、神は「不変」のものであるので、神に対する「近い」の方が法よりも上位に来るわけで。「神」とは、命を賭けて忠誠を「誓う」ものだから、「誓約」の神であって、印欧語族が「契約」「契約」っていうのは、労働契約とか売買契約っていうよりも、「誓約」に近い意味を持っているから、そこから派生して、様々な「契約」というものが非常に重要視されている社会になっている、って言われるわけで。ケルトの神話なんかには、騎士が端から見ると「妙」な誓いを立てて(「何かを食べない」とか、日常的な生活の中で「何か」だけやらない、とかそういう意味があるのかないのか良く分からない「誓い」のこと)、でも何かのはずみでその誓いを破ってしまうと、その騎士が悲劇的な死を遂げる、という展開がよくあるわけで。妙な内容であろうが、なかろうが、「神に立てた誓い」とは印欧語族にとってそれほどに重要なもの、って言われるわけで。でも、契約とか約束とかは確かに大事なものだけれども、でも場合によっては守れないことだってあるし、その度にいちいち命のやりとりをしてたんじゃ、命がいくらあっても足りないでしょうが、って兄さんには言われるわけで。それで、印欧語族の「契約神」が嫌いなんですね、って思うわけですがーー;。

そろそろいろんな人達のご意見として確実なことは、私は敵の送り込んで来る力に対して、ぼけっとしてたりして、呪いそのものをを取り払う力はあんまり強くないし、下手すると気が付かなかったりもするわけで;。でも、唯一の取り柄は、裁判の時もそうだったけど、狂気を煽るような呪いを送られると、怒り狂って発狂する代わりに、呪いを送ってくる相手(要するに裁判官や弁護士)に冷静に対象を定めて、怒りを全部そっちに合法的にぶつけること、って言われるわけで。呪いを送ってくる相手に、呪いの力をぶつけ返すことを、「呪い返し」って言うって言われるわけで。「陰陽師」とかで、力の弱い相手が力の強い相手を呪おうとして、呪いを返されると逆に呪った方が死んじゃう、とかああいうやつ、って言われるわけで@@。で、自分でも分かっているわけですが、工事の現場で敵がせっせと呪いを入れようとすれば、その場で全部取り切れない自分がいることは分かっているわけで;。で、要領が分かっていないことをやるだけに、監督っていっても良くできないこともあるし、ぼけっともしてるし、いつでも監督しているっていう事情が許さない場合もあるだろうし、けっこう計算間違いとかもしてるかもしれないし。しかも、私は、入れられた呪いを物理的に取り去る力が弱くても、送られてくる呪いの力を、敵を攻撃する力に無意識に変換しちゃうものだから、個人的には鈍感なくらい呪いを気にしないタイプって言われるわけで;。だから、呪いを「食いきる」力を、万が一の時のために、私にもつけさせて、味方も身につけたい、って万が一の保険のためにそう思って、それで印欧語族と手を組む気になったんですね? と思うわけですが。「呪い返し」ができることって何かいいこと? って思うわけですが。そうしたら、イェドヴァブネ事件のことを引き合いに出されたわけで。(イェドヴァブネ事件というのは、ナチス・ドイツの占領下で、ポーランドで起きたユダヤ人虐殺の事件のことで、事件の主体は占領したナチス・ドイツではなくて、ポーランド人であったということが現在では分かっているわけで。)「この事件の特集をテレビで見たでしょうが。ポーランドは長い間、ポーランド人とユダヤ人が仲良く暮らしていたのに、ナチス・ドイツが入ってきてああなった。怒りの狂気を発動させる気を大量に送り込まれて、その力に負けてしまえば、本質的に持っていた狂気が発動して人は操られて、ああするしかなくなる。あの事件は起こした方の子孫も、起こされた方の子孫も、誰のせいでそうなったのか絶対に忘れないもの。」って言われるわけで。そして、この騒ぎが起きる直前に「トラキアの特集もテレビで見たでしょ?」って言われるわけで。裁判を起こして、呪いをたらふく送り込まれて、カンカンに怒っているのに、攻撃すべき相手を見誤らないその「目」をトラキアは注目していたって言われるわけで。要するに「印欧語族はお互いに相手を呪ったり、呪われたりして、それで弱い方が負けちゃう社会なんで、呪いを送られても正気を失わずに、相手を攻撃できる才能のことを「神は不変」って言う」って言われるわけで@@。要するに彼らの「不変」な神とは、どんな呪いをかけられても発狂しない神サマのことなわけね? って思うわけですが。

そして、結局DNとかDMという神さまは本質的には「女神」であって、でも「神話」的には、神というよりは、むしろ山姥のような民間伝承的な存在として語られることが多いわけで。そして、神の名残は、民間伝承と川の名前と人の名前の中に、広範囲にたらふく残っているわけですから、ダキニとは、母系が優位であった時代に印欧語族の間で広く信仰されていた蛇の太母であって、おそらく男系が優位な時代に入ると、その地位が次第に低下して精霊とかそういう類いに変化したものと思われるわけで。で、スラヴに限定すると、男系の時代の主神がペルーンということで。両方の名前を貰うと、母系と父系を指示する、いずれの勢力の力も「総取り」できる、とそういうことね? と思うわけで。おそらく、母系から父系に移行する移行期には、ダキニが母神で、ペルーンが子神というような神話があったかもしれないけれども、それは現代に伝わっている神話では失われ、両者とも重要な「神」ではあっても、それぞれの関係は不明、ということになっているようで。それで言われる言葉が「ドナ・ペルーン」なんだ? と思うわけですがーー;。(そしてスラヴにおけるメヒト女神は、明確に「月の女神」ということで、ヴァルナが変形したペルーンとは1対を形成しないのが特徴である気がするのですが。月であろうが、太陽であろうが、全部人喰いの神サマなんですよねえ? それ? と思うわけですが;。)明日は家で、せっせと数の計算をして、あさってからはまた勝負の日々です;。ぼけっとしてる分際で、できるだけ頑張れれば良いのですが;。