夢の中で、私はまだ学生で、学校でキャンプみたいなところに行って、夜、大勢で一つの部屋で寝る、という段になったら、唐突にMr.Childrenの桜井君が現れて、みんなにミスチルの曲を解説してくれる、ということになって。で、朝になって帰る支度をしていたら、桜井君が兄さんからのお手紙を手渡してくれる、という夢を見たのでした。
起きてからは、Mr.Childrenの「抱きしめたい」とか福山君の「幸福論」の動画を探して見て見たわけで。で、今日は某所に打ち合わせに行く日でしたので、「ともかく、冷静に落ち着いて。」っていろんな人に言われるわけで。
かつて、旧約聖書の時代に、ヨルダン川東岸では、モレクという神に子供の犠牲を捧げる習慣があったと言われており、神に捧げられた子供は生きたまま祭壇の上で焼き殺された、と言われているわけですが、だいたい古代のあのあたりの「人身御供」は凶悪な牡牛信仰と密接な繋がりを持っていますので、おそらくこのモレクという神も「牡牛」がトーテムであったのではないか、と思われるわけです。で、モレクという名は子音でいうと「MK」ということになりますので、これに古代エジプト的な女性形の名を示す「T」をつけると、「MKT」となって、メヒト女神の名へ変換されるわけで、それが更に時代が下るとラーと集合して、ミトラスの名へと変化する気がするのですが、このミトラスも聖牛供儀の祭祀を持つ神ですので、要するにモレクもミトラスも「ほぼ同じ」な神であって。
今朝、とあるニュースを見て、「これではまるで『誰が真の蛙女神か』なのではなくて、『誰が真のミトラスであるのか』と行っているも同然」と呟く人がいたわけですが。要するに、何故今になって、あのニュースが表に出るのかといえば、それは某宗教の上辺の教えの通り、「罪無き人を犠牲の祭壇に捧げたくなければ、イエス・キリストの自己犠牲の精神よろしく、自分が祭壇の上に戻ってきて犠牲になれ。」って言ってるんじゃないの? 要するに、平ったく言うと、「打ち合わせに行って、呪いを解くな」ってことでしょ? と思うわけで。こういう話に私が耐えられなければ、兄さんは全てが済むまで、ニュースを見るのは禁止、って言って、見せまいとするでしょうけれども、耐えられれば耐えられるで、それがどういう意味を示すのか知って欲しいといろんな人は思うでしょう、ということで。そして、こういうことに冷静に「耐えられる」のであれば、それはまだマシですけれども、それを平然と冷酷に見るようになってしまったら、それもまた「悪魔の所業」ということで、人間的な冷静さと、悪魔の冷酷さの感情的な差異はそれこそ「紙一重」であることを知っている人たちにとっては、それはそれで悩みの種にもなるようでして。それで、今朝はせっせと兄さんがお歌を送ってくれたんだなー、と思って。
なにせ、私もこういう現実にはけっこう鈍麻していて、人の死を見ても、それで自分が前に進むのを止めるようなタイプでは「無い」ですし、自己犠牲の精神とかとっくにどっかに吹き飛んじゃっている性格なのは否定できないわけでーー;。
で、某所に打ち合わせに行って、十字も、呪いの数字もできるだけ抜きましたし、ついでに土台の鉄筋に予定していた会社の「8」の字にも気が付いたので、最終的に、他の会社の指定に切り替えたわけですが。なにせ、打ち合わせに行った会社の壁紙には六角形が溢れていますし、トイレの前の床には八角形の床板が使われていますし、応接室の壁には、ふと見上げましたら、秦氏の本尊とも言える広隆寺の弥勒菩薩の写真が飾られているわけで。広隆寺の「牛祭り」って、そういえば「聖牛供儀」の一種ですよねえ? と思い出したわけで。ミロクもモレクも「子音的にはほぼ同じようなもの」って、ふと気が付いたわけで、打ち合わせに行った先の社長さんは、まあ、そんなところで働いている割には、「神」でないぶん、従兄弟よりはよっぽどマシな人なわけですが、今でも「MK」の神に人を焼いて捧げるようなことがもしあれば、それを目の当たりにしたら、この人でも恐れおののくのだろうか、と、ふと思ったりしたわけで。そして、六角形とか八角形とか、弥勒菩薩の写真とか、そんなものが当たり前のようにある事務所の中にいる時に、自分の身に起きていることは全て「夢でも冗談でもない」と痛感するわけで。
真のミトラス=メヒト女神がいずこにいるのかなんて、言うも虚しい話で、こちらは呪いを解くのに必死、ちゃんと解けてるのかが一番に心配、ってそういう毎日なわけで、飛行機を飛ばす神サマに頼り切りなわけですが。(そして、写真に撮ったものは、送って欲しい、と言われたところにきっと送ると思うわけですが。)
家に帰ると、「あんなにあからさまに弥勒の写真が飾ってあったりして、あの社長さんは、良くも悪くも神頼みに頼りすぎ。」って言われるわけで。まあ、従兄弟と組んで仕事してるくらいですからねえ? とは思うわけですが。近所にある某八幡神を祀る神社は、現在のところ、石清水の八幡神ではなくて、鶴岡の八幡神と諏訪神に抑えられてる気がするわけで、誰が真のミトラスなのかはどうなのかはともかくとして、あの社長さんの目には「ミトラス」とは誰のことだと映っているのだろうか? とはふと思ったのですが。(しかも、あの人は私が福山君の曲を聴いていると嫌がる気がするのですけれども??)今日も低空飛行で、でもけっこう頑張った一日だった気がします。