日本には古来よりたくさんの神サマがいるわけで、外国でも多神教時代には少しずつ名前を変えて、大勢の神サマがいたわけで。で、本当は神サマになるには、血筋がそういうお家で、世襲の神サマを出す家系から選ばれるか、個人的に力が強くて突然変異みたいに神サマになるしかないわけで。で、規定を満たす人もそう多くはないし、お味方はヒッタイト的な大習合主義に倣って、同じ系列の名前の神サマは可能なら一つに纏めようとする傾向が強くて。で、逆に敵は、似てるけど違う名前の偽の神サマをどんどん増やして、敵の決めた「神サマ」の数をどんどん増やそうとするということで。だから、似たような名前なのに、微妙に呼び名の異なる神サマというのは、敵が作り上げたもののようで。例えば、朝鮮の鉢里公主(バリ公主)と祇園の頗梨采女(はりさいじょ)は、どちらもローマのウェヌスから出たもので、名前も性質もウェヌスに似ているけれども、ちょっとずつ異なる女神になっているわけで。で、そういう神サマを作り出すと、その子孫から神サマを出すわけだけれども、それは敵が都合の良い人を任命するだけで、実際に相応しい人がなるとは限らないわけで。それは、乗っ取った神サマについても同様と言うことで。要するに、味方はいろんな神サマを、なるべき一つに纏めて、いろんな人達で協力してやっていこうという考えだけれども、敵はそれとは逆で、頭は一つで、その一つの頭は好き勝手できるけれども、八岐大蛇と同じで尻尾はたくさんあって、細かい尻尾はトカゲの尻尾みたいにいつでも切り捨てられるだけでなく、そうしておいた方が全体が一つに纏まって組織的に反抗してくるのも防げるわけで。だから、そうやって敵に「任命された」偽の神サマが家の周りにいっぱいいるよ、って言われるわけで@@。そういう人達は、実際に「神」に相応しい力を持っている人は少ないけれども、それでも任命されているだけあって力は一般の人よりは強いよ、って言われるわけで。要するに、そういう人達は、こちらを取り巻いて見張りもしているし、こちらにいろいろと気づかせないようにして、生きた「封印」の役目を果たしているということで。で、近所の人が誰が誰なのか教えて貰ったと言うことで@@。「近所付き合いは大切かもしれないけれども、相手の正体も見抜けないようでは困る。」って言われたわけで@@。近隣の有力な「鹿島の神」を祀っている神社を回ってきたので、敵の封印がけっこう壊れたから気づけるようになった、って言われるわけで。
で、本日は北信濃に再び出向いたわけですが。最初に行ったところでは、けっこう敵意が強くて、居る間中近隣のお寺の木魚の音が鳴り響いていたわけでーー;。で、次に行ったところも微妙に文句を言われた気がしてーー;。その次に行ったところは、割と歓迎して貰えて、「布留の子を探し出しに来てくれてありがとう。」って言って貰えたわけで。ここは、諏訪神社であったので、祭神は建御名方富神だと思うのですが、境内の中に伊勢と大国主が並んで祀られていたので、思わず笑ってしまったら、兄さんから「鼻先で笑わないように。」って突っ込まれてしまったわけですがーー;。で、最後に行ったところでは、境内に入った瞬間に「何しに来た、馬鹿娘!」って言われたわけで。喜んで貰えるところでは、喜んで貰えるわけですが、歓迎されないところではこの扱い、ということで相変わらず落差が激しいわけですが。それにしても、「諏訪ノ原」と「富の野」って基本的には同じ意味だよね? と思うわけで。参道がない神社というのも2つ目なわけですがーー;。
家の近所には布留山という山があって、そこには古山城というお城があったそうなのですが。「布留」とつく地名と「古」という地名はそもそも同じものであったと思われ、これは単純明快に昔からの古い山や川の主を「布留主」と名付けたものだと思うわけで。子音でf音の言葉ですから、古くはbで現された言葉かもしれないと思います。で、単純明快な名前の付け方ですので、本来は縄文系の山や水の神で、要するに大姥サマとほぼ同様の女神だったのだろうと思うのですが。布留社(ふるのやしろ)とも呼ばれる石上神宮は、物部氏の武器庫でもあって、祭神は布都御魂(ふつのみたま)といって、建御雷神の使った剣の名前とされているわけで。で、この霊剣が神格化されたものが経津主神(ふつぬしのかみ)であって、これが香取の神なわけです。石上神宮のすぐ近くには布留川という川が流れていますから、布留主というのは、そもそも布留川の女神だったと思うのですが、物部氏の手によって剣の神(軍神)に変更され、ついでに男神に変えられたものが香取の神だと思うわけで。それはもともと女神で、大姥サマと同じもの(姥とか婆で呼ばれる神もbの子音で始まる神ですので)ですよねえ? と思ったわけで。で、蛙の神サマには蛙黽(蛙とヒキガエル)の名の通り、小さい雨蛙と大きいヒキガエルの2種類があるわけですが、ヒキガエルを意味するb音の神サマは、ここでも軍神に変更されていますし、西方の神々もb音の神サマになるとカナンのバアルやヴァルナのように、祟り神系の軍神で、実態は蛇神であることが多い気がするわけで、蛙の神サマは穏やかな神なのに、ヒキガエルの神サマはなんで蛇神と同様の扱いなの? と思うわけで。そうしたら、「ヒキガエルは毒を持ってるでしょ。毒は薬にもなるから、それで医薬の神。」って言われるわけで。で、毒を持ってるから祟り神でもあるんだ? ということで、要するに蛙の人たちにとっては、雨乞いをするとゲロゲロ鳴いて雨雲を呼んでくれるアマガエルの神サマは治水と豊穣の神サマで、毒吐きヒキガエルは医薬の神であり祟り神なんだ?@@ って思うわけで。で、「その一方で、蛇の神サマは巳(み、m)と蛇(じゃ、d,t,j)があって、西洋の人はメヒトとダキアは厳密には違うと言うかもしれないけれども、東洋的に見れば巳と蛇の区別なんてつかないでしょうが?」って言われるわけで@@。それでmのつく神も、dのつく神も蛇の神サマで、かつbの神サマと同様毒持ちということで、西方ではm、d、bの子音を持つ神々は似たような祟り神かつ軍神(時に医薬の神)として扱われるんだ@@、と思うわけで。古き川の神であった布留主を軍神に変えた人達は、その名前が西方のb音で始まる軍神達と、元は「同じもの」だって知っていた変えたんだ、と思ったわけですが。
でも、それはともかく、家の近所には経津主神を祀っている神社が少なくてですねえ。どうも5番目の子との結縁の力が弱いですねえ、ということが気になっていたわけで。で、いろいろと調べていたら真喜神社というところに祀られているということが分かったので、先日行ってきたわけで。でも、ここの主祭神は鹿島の建御雷神ですので、川向こうの「牧」には総じて建御雷神が取り憑いていて、この間行った八のつく神社が「怖い」と思ったのも、そこに取り憑いていたのが建御雷神だったからなんだ? と思ったのですが。で、兄さんからは「祭神として名前が残っていなくても「古」と名のついている地名には、かつて布留主を祀っていた土地であるという意味があるから、せめてそういう土地の神社を探して結縁してくるように。」って言われたわけで。メソポタミアの古い太陽神バッバル・ウットゥとカナンの雷神バアルが「自分達」の大姥サマとか、古主と「同じ神」だって知っている人は大勢いるようで。どうやら、そういうところでは基本的に歓迎して貰えるようで。「布留」の名のつくところでは、「探し出しに来てくれたから、新しい家にどんな呪いの数字を入れられても喰いきれるように、っていう気をできるだけ送っておいてあげるよ。」って言われたわけで@@。で、帰ってくる時に、「布留」のつく集落のあちこちから「武器を取れ、蜂起するぞ!」って声が聞こえてきたので、げっと思いつつ、そのまま帰ってきてしまったわけですが。
で、「馬鹿娘」って呼ばれた方では、封印されいた出入り口が開いたので、名前繋がりで富の王家が直接気を送り込んでくれるようになった、と言われるわけで。それに乗じて、布留主を信仰している人達がけっこうなびいてくれたらしくて。今まで封印に一役買っていた、黒とか石がつく家では、開いた口が塞がらないくらい怒ってるって言われるわけですがーー;。まあ、デーヴァの身内なんてそんなモノ、ということでーー;。でも、昨日の「SmaSTATION!?」では、香取君はチェックとか水玉の服も着ていませんでしたし、割とうれしそうでいてくれたので、良かったのかな、と思って。そして、働いていた時に「古山」っていう人がいたでしょ? って言われるわけで。「あれが敵の布留主」って言われるわけで@@。で、学生時代に「ばーや」って言われてた人がいたでしょ、「あれがバアル」って言われたわけで。天之日矛の本性はカナンの雷神バアルなんだ? と思うわけで。しかも、敵には敵で「ヴァルナ」もいるわけで、それは「氷」とか「川」のつく人、って言われるわけで。あー、あの人も目の力が強いもんね、と思うわけで。敵側のデーヴァの神、m音の神、b音の主要な祟り神の神々をこれでけっこう見抜けたことになるんだ? と思うわけですが。味方の中でb音の神の力を持つのは、蛇の兄さんと私と、5,6,7番目の子なようで。布留主を応援してくれている人達が天之日矛の真名を教えてくれた、ということのようで、これが今日の収穫だったようです。