朝一の日記ですが

何となく、験担ぎも兼ねて結果が出るまでは書きたくなかったわけで。
某週刊誌で、シュメールの「太陽」を示すマークの八芒星がついた、下ぶくれの蛙っぽい形のペンダントを見たわけです。
蛙の太陽だ~
と思ったわけでして。良い結果が出て良かったね、頑張ったね、って書きたかったわけです。2012年の世界選手権の「ロミオとジュリエット」の演技が無かったら、きっと今の私も無かったと思います。ゆずぽん、金メダル、おめでとう!

遂に

アッカド語のフォントをインストールしてしまいました。これで、楔形文字もばっちり? みたいなーー;。
Mステはストーカーぽい歌とか、食べちゃう歌とか、何げにストレスの溜まりそうな歌もありましたが、コブクロが圧巻で、あとはJUJU姐さんが
帽子を被っていなかった
のが印象的でした。

Great Ninth

「noon」の語源を求めてあちこちを彷徨っていたわけです。で、結局それは
「ninth」という言葉と同じ意味
だと分かったわけです。ninって、シュメール語で、「女性(女神)」という意味なわけです。で、一方ケルトで、
月の女神
のことを、リアンノンといって、Rhiannonと書きます。おそらく、Rhian-nonと分かれるのだと思われます。で、これが「偉大なる女王」という意味だそうです。ローマでは月の女神のことをルーナといって、Lunaと書きます。Lu-n-aと分解できるわけです。で、イタリア語では-aというのは女性名詞につく言葉のようです。またLというのは、ilという定冠詞が、男性形il、女性形loとなったものとのことですが、
一般名詞の定冠詞はかつては、Al等といって、地中海周辺地域の「神」を意味する接頭辞から変化したものです。ということは、本当の意味で「月」を意味するのは、ケルト語でもイタリア語でも
nonとか、naとか nではじまる言葉 であって、「女性」を示す言葉なわけです。シュメールでいうと、
Ningal
と同じ意味なわけ。全て 「偉大なる女」 という意味です。で、それが10進数で最大の「nine」に当てはめられているのかもしれません。
で、何がどうかというと、かくの如く、女性はこのように「月」に結びつけられるわけで、女性という言葉は
n-
という言葉につながるわけです。ということで、月は、n-という女性を介して、moonという言葉と交通性を有する。ということになります。こうして、
n-
がつく月の神様と
m-
がつく月の神様の両方が西洋社会にあふれかえることになったわけ。偉大なる「月の女神」、それを
moon woman
と呼ぶべきかと思うわけです。で、実のところ、これが西洋の dragon の正体なわけですが、一方では、東洋の「龍」は何かというと
great fire
と呼ぶべきなのだと思うわけです。ここまで来るのに、この体たらくなわけです。なにせ語学的センスが
nun
な私なものですからーー;。

なんとなく分かってきたことですが

各地の不吉な神サマばかりを集めて、更に普通の神サマもどんどん不吉にして、
ともかくも
自分達以外のものは何でも破壊して殺し尽くせ
みたいに思っている人たちがいる、みたいな、気がするわけですが???
とにもかくにも、サティーみたいに、あちこちに散らばったものを集めつつ、纏めるためにまだ
資料採集中
です<(_ _)>。

資料採集の時代に入っております

暴風雨注意報のせいか大雪も降っております。
アナトリア考古学博物館の展示品で、
どうしてもフリーで使用できる画像が欲しい
というものがあったので、探しに探しまくった結果、見つけたわけです。だけど、資料を見て
???
と、またしてもなるわけです。なんというか、どうみても「女神」にしか見えないものにこれがまた
「God」
と書いてあるわけです。Estanが女神なのか男神なのか、ということに続いて、今度は
壁画でも アンドロギュヌス騒動かい! だって、見ればどっちか分かるのになんで???
というわけで、結論。
「蛇の杖」
を持っていて、
「翼の生えた帽子」
を持っていて、
その帽子を サンダル に変えるとどういうことになるのですかねえ?? ということになるわけです。
人の杖を盗んで、人の帽子を盗んだ
盗人たけだけしい 泥棒の神 に遠慮して 女神にできない ってこたないよね???
ということにーー;。どうみても
スカート履いてる女の子を 男 って言い張ったり、
本当は
嘘つきじゃなかった男の子を 嘘つきと泥棒 にしたり、
あとはなんでしたっけ? 無駄に騒がしい
ヤリーロ
ですか? これが本来の 印欧語族 の 「天の神」 であったのではないのですかねえ。自分達の神様を
太陽神から、無駄に騒がしい レボリル みたいな神サマにしちゃっていいんだ?
ということで、
泣きたいというよりは、 むむむ という感じなわけで、
印欧語族の天の神も、非印欧語族の天の神も、エジプト由来の叡智の月の神も
みんなで仲良く暮らしていたのに、 それをぶち壊した泥棒共 がいるということで。
須佐之男と天照大神と月読が仲良く暮らす世界を、過去においても未来においても求めるべし、と
ユースティティアが、もし実在するのであれば、そう言うのかもしれないと、そう思うわけです。

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