本日の日誌

本日は、夕方に晴れているのに、夕立があって。お外組の仕事はそこで終わり、ということで。

私の方は、せっせと印刷をして。ともかく、書証の整理と言うことは、印刷して整理、の繰り返しなので、印刷の待ち時間が速度に大きく影響して。頭脳の方は、あまり使わないのですが。

で、中古の安い本を大量に買ったので、次々と届く。で、南洋の「ウナギの悪霊」に関する本もいくつか届く。印刷の待ち時間のお供に、「中国の神話」とかカイトリーとかちょこちょこと読んで。で、「中国の神話」には、ゲイ神話が詳しく書かれていて興味深く思う。ゲイとは、弓の名手で、太陽が10個登った時に、9つを射落とした、という「射日神話」の主人公である。ゲイは太陽を射た後も、中国各地の化け物退治に転戦する。そして、妻に逃げられて(というか死別か?)、後継者とみなされていた者に殺される。で、カイトリーも、丁度、古代ペルシャの英雄ロスタムの項を読んでいて。ロスタムとは、人の脳を喰う蛇王ザッハークを倒した、古代ペルシャの英雄である。でも、その最後は実の息子と戦って、殺してしまい、ロスタムは悲劇の内に死ぬ。そして、ロスタムもゲイも晩年は「不老不死」の薬を求めてさまよう。一方、ブリテンのアーサー王は、その最後は、息子(あるいは甥)と争って、「妖精の国」に治療のために連れ去られる。しかし、人々はイングランドに危機が起これば、アーサー王は戻ってくると考えていた。

だいたい、ロスタムっていうのは、アケメネス朝の「英雄先祖」のことですよねえ? ヒッタイト神話の、イルヤンカ退治のテシュブのことなんじゃん? と思う。でもって、ロスタムとは、ゲイのことですよねえ? どちらも、武術の名手で、たぶん弓の名手で、最後は悲劇である。要するに、こう考えるしかない。

蚩尤を倒した「黄帝」とは、中国の王朝の「英雄先祖」といえるけれども、元々の中原の人間というよりは、北方の遊牧騎馬民族出身の若者であって、武勇と知略に優れて、中原の名家に「婿入り」して、長江文明を滅ぼして、王となったけれども、おそらく、妻とはあまりうまくいってなくて、後継者とみられる男子と争って、殺されている。この「後継者」というのは、はっきりしないけれども、直系の息子、とうよりは、父親とは疎遠に育った庶子の息子、あるいは甥、あるいは弟、であると思う。黄帝は、良き王であったけれども、その近親の後継者は、長江付近の「人食い」の悪癖に染まって、かつ、暴君だった。「庶子の息子」というのは、そっちに生まれ育って子供、ということで。

要するに、「黄帝」というのは、印欧語族にとっては、精神的な「英雄先祖」であって、「黄帝」は中国本土では、神である「黄帝」、悲劇の英雄である「ゲイ」、お犬様の英雄「盤瓠」に別れたのだと思う。(なぜなら、狼トーテムの人間だから)その英雄先祖が、印欧語族と共に各地にばらまかれたから、黄帝も、ロスタムも、テシュブも、アーサー王も、「みんな同じ人」なんじゃないの? と思う。

だから、黄帝が、南方の思想に染まった「息子」と対立した時に、印欧語族全体も二つに分裂した。「父」の側につく人と、「息子」の側につく人と。要するに、「富の王家」は「父」の側についているし、「ローマ人」は「息子」の側についているのだと思う。でも、「黄帝」とは、魂の力が強くて、何度でも生まれ変わる人なので、昔の人風にいえば、「殺されても死なない不老不死の人」である。だから、「父と息子」は今でも戦い続けている。

要するに、私に対して、いろんな民話や神話を読んで、お勉強しろ、ということは、まずは東洋と西洋における「KB」の女神、「蛙の女神」の役割を知ること。それと同時に、もう一つ、「黄帝」を知って、何度生まれ変わっても結局「悲劇的な死」を迎えてしまうその青年の運命を変えて欲しい、それが亡くなった人の遺言です、と言われる気がするわけで。それは富の王家の悲願でもあるし、「世界の半分」の悲願でもあるのだと思う。えー、でも、持って生まれた性格は死ななきゃ治らないから、死ねなかったら治らないんじゃないの? とか、ごく冷たいことを言う私がいるわけだがー;。その兄さんは、あれこれ考え過ぎちゃわないで、もっと自分の気持ちに普通に素直になった方がいいですよ、あんまり6番目の子に焼き餅焼かないで、と思うわけでー;。

だいたい、私如きに何ができるでしょうか? ということもあるし、私の方が10も年上だから、どちらにしても私の方が先に死ぬし? と思う。でも、「父」と「不肖な息子」のどちらにつくのか? と聞かれたら、7番目の兄さんの方につきます。というか、もう一方についたら、殺されちゃうんじゃん?? ということで-;。できることがあれば、できれば良いなあ、と思うわけです。今日はなんだか、水曜日にお風呂に入っているときに、ふっと7番目の兄さんに「喪服は好きじゃないけど、こういうときはやむを得ない」と言われた気がして。それを思い出したのでした。