本日のMステ

ええと、本日のメインは関ジャニ∞といきものがかりということで。関ジャニ∞の兄さん達は、お侍さんのコスプレで登場、ということで。嵐の最新のアルバムは「Japonisum」ということで、「心の空」という曲には「We are SAMURAI」っていう歌詞が出てくるわけで。彼らの姿を見て、1ヶ月くらい前に、6番目の子だけ日本の武将の姿で降臨したことがあったのをふっと思い出したのですが。7番目の子は、「嵐はかっこいいJaponismで、君らは単なるお侍」って突っ込んでいた気がするわけで-;。なんだか、「その人のことは吉良上野介って言ってやって下さい。」って言われた気がするわけですが@@。でも、みんな福山君のジャケ写の真似をしたりして、そしてせっせと目の力を送ってくれていたなあ、と思うわけで。で、いきものがかりの新曲「ラブとピース!」は、6番目の子のお歌だと思うわけで。この人は、ああいう感じも好きそう、となんとなく思うわけですが。そして、全体としては、割と嵐と松本君を褒め称えることが多かった内容な気がしたわけで。それから、「耳元で歌をささやいて欲しいアーティスト」とかっていうのに、福山君がまず入っていたわけですが。インタビューを受けていた若い女の子は、お味方の目をしていた気がするわけで。

でもって、大原櫻子という子に、ふっと「10代の頃からどういう関係にあったか知っているくせに」って言われた気がするわけですが@@。誰の10代のことさ、それ? って書いてしまえば、それ以上のことはどうにも書きづらいわけですがー;。蛙の子は、「あたしが話を進めるのを邪魔するのは許さない」って言って、珍しく鎌を振り回していた気がするわけですが@@。それで、微妙に「女同士の争いが一番コワイ」って突っ込まれていた気がするわけですが@@。

で、Perfumeの姉さん達を見て気が付いたわけですが、彼女達は3人組のグループ、ということで、そういうのってギリシャ神話の「三相女神」に準えているのですよねえ? 別に女神の名前を貰えるほどの力は持っていなくても、ってふっと気が付くわけで。コレー・デーメーテール・ヘカテーの「嬰児喰い」の三相女神というのは、それだけ有名で強力な三つ組みなんだなー、と思ったわけですが。そして、彼女達のプロデューサーはきゃりーと同じく中田ヤスタカという人なわけで。彼女達は、「今更味方になることはできない。」と呟くわけですが、しかし、「馬鹿な小娘が勝てる相手かどうかもわきまえずに喧嘩を売った。」って呟かれた気もするわけで。彼女達からは「破暁」が、誰かさんの真の気持ちです、って呟かれて。あなた達も言いたくなくても、そういうことを言わざるを得ない状況に置かれてるのですねえ? と思ったわけですが。それは、よくよく分かっているわけだから、ベストアルバムは買うんですよ? とそう思うわけですが、でもその一方で、「最近」を強調する細やかな配慮が行き届いた文書と、「怪文書」は送ってくるな、と言わんばかりの文書が、「同居している奇怪な文章」に、真に大声で突っ込みたいことは書きたくないわけで。喉にモノが詰まったような状況だけがもどかしい気がするわけですが。

でもって、こういう奇妙な状況に加えて、奇妙な点がもう一つあるわけで。要するに、「バースデー婚」と言えば、一見すれば、相手のことを思っていて幸せそうな結婚に見える? かもしれませんが、でも、現実的には映画の撮影中の出来事であって、発表の翌日には「ウタフクヤマ」で酒かっくらって、小室をつついてるわけで、しかも撮影がクランアップしたら、年末のライブの準備でしょ、ということで。仕事を詰め込んでいる感は否めないわけですが。まあ、そういう状況ですので、福山君が仕事人間で、結婚しても仕事が最優先、みたいなイメージ作りをすることは可能であるし、そうしても不自然ではない、と思うわけですが。でも、微妙に「結婚して幸せ一杯な夫婦」みたいなイメージ作りが先行していると思うわけで。まあ、結婚した早々に、「結婚して不幸そうな夫婦」っていうイメージ作りも普通しないでしょ、とは思うわけですが、そもそもプライベートを前面に出さない気なら、そういうプライベートな「イメージ作り」に力を注ぐ必要もあまりない気がするわけですが。なんだか、「仕事人間」みたいなイメージも前面に出したくない、というか出せない、みたいな、こちらはこちらで、そういう喉にモノがつっかえたみたいな印象をむしろ受けるわけでーー;。いったい、それやこれやの奇妙な現象は、しまいにどこに行き着くのだろうか、とは思うわけですが。私はどうにも、未来の透視とかできない人ですのでねえ? と思うわけで-;。

今の状況に関しては、蛇の兄さんのおかれている「いたしかたない立場」に深く同情してくれる人達がいるのは知っているわけで。コブクロの兄さん達とか、兄さんのために泣いてくれたレオちゃんとか、一生懸命お歌を唄ってくれる倉木さんとかJUJU姐さんとかいるわけで。でもまあ、良く分かっていない状況に放り込まれている私のことに同情してくれる人もちょっとはいてくれるわけで、そういう人も少しはいてくれないと、とは思うわけで-;。まあ、最終的に私は私で、自分の話を進めることに全力を尽くすしかないわけですが。誰かさんは誰かさんで、これでも手紙が書きづらいと思うようなら、週末の内にとっとと書かせてしまおう、って呟いていた気がするわけで。まあ、そんなことになるのでしょうねえ? と思うわけですが。

本日の日誌

というか、本日は本日で「ヘンな日」だったわけですが。

なんというか、言葉というものはなんというか、物事を動かすときには、タイミングというか「状況」というものがあって、必要な状況の時に、その状況に相応しい言葉を投下すれば、状況というものは割と思うとおりに動かせるものなわけです。というか、時々私にはそういう状況に遭遇することがあって、そうやって実体験として、そういう経験を積んできたからそう思うわけで。でも、別に先に起きることが読めるとかそういうことはないので、そういうことは私にとっては、突発的に起きて、その場その場で対応してきたように感じるわけで。そうやって物事をある意味、思い通りに動かすことはできるわけですが、でも、なんでも自分の好き勝手にできるかというと、そういうのでもないわけで。できることと、できないことの違いが何かと言われても、それも自分では良く分からないわけですが。でも、私の分身の蛙の子は、「みんなが揉めないように、不満ができるだけ出ないように言葉を使うのはとても大切で大変なこと。」って言うわけでですねえ。で、蛙の子も、私自身もそうですけれども、そういう言葉の使い方、というのはけっこう特殊であって、そういうことができる才能みたいなものは割と「自分にしかできないもの」みたいな気持ちがどこかにあるわけで。古代ギリシャにおけるアテナイの「弁論術」というのは、古代の民主主義と大きな関係があって、「いかに聴衆(他人)を納得させるか」ということが大切なわけです。(「いかに他人に真実を伝えるのか」っていうことじゃないところが、ギリシャ的って言われそうな気もするわけですが。)で、「弁論」というものが伝統的に大切にされる西洋では、アリストテレスの著作である「弁論術」は、知識階級の一般教養的な書物に入るものらしいのですが。私自身はギリシャ哲学なんかには全く興味がないので、そういうものには触ったことがないわけで。でも、生きている間、戦乱があまり起きなかったのに、死後国が乱れた、という女王卑弥呼の「目の力」がいかなるものだったのか? って聞かれる気がするわけで。どうにも、私の蛙の子の方が、「前世」とやらは私よりも良く覚えているようですので、ご当人が言うように「みんなが揉めないように、不満ができるだけ出ないように言葉を使う。」ということだったのでしょうねえ?? と思うわけで。アリストテレスが纏めた「弁論術」の思想は、女王卑弥呼の中に受け継がれて、「争い事を起こさないように」という点に重点が置かれて使われていた気がするわけですが、どうにも私レベルまでくると、その思想が「ファンクラブをいかに揉めさせないか」という点に横滑りしてる気がするんですけれども? と思うわけで@@。そういう世界から「足を洗ったつもり」って言うのは伊達ではないねえ? って言われる気がするわけで@@。他人を言葉面で騙して、自分だけいい思いをすればいいや、っていうイエス・キリストみたいにならなくて良かったですよねえ? と思うわけで。

で、女王卑弥呼は、夫を持たず、弟王が補佐をしていた、とのことなわけですが、だいたい古代世界の、特に王族階級の異性の姉弟というのは、日本の慣習からいえば暗に「夫婦」を指しているのも同然なわけで。で、卑弥呼は宮殿の奥深くに閉じこもるようにして暮らしていた、ということで、「ただ一人の男子だけが飲食を給仕するとともに、彼女のもとに出入りをしていた」って魏志倭人伝にあるらしくてですねえ? 実際には、それほどでもなくて侍女とかもいたでしょうねえ? と思うわけですが。ともかく、そういう記述があることに、今日ふと気が付いたわけで。今なら、誰が卑弥呼の生まれ代わりで、誰が弟王の生まれ代わりで、誰が「身の周りの世話をしていた男子」の生まれ代わりなのか言える気がするのですけれども? と思うわけですが。それで4番目の子も割と特別な立ち位置にいるのですねえ? と思ったわけですが。魏志倭人伝に登場して、国際的な文書で、その存在がなんとか確認できる最初の3人の日本人ですねえ? と思うわけで。まあ、それ以上のことは何とも言いようがないわけですが。

でもって、例によって「女性セブン」なわけで。買ってしまったから、まあ、名前出してもよろしいでしょう、ということで。だいたい、2,3日前から、「気に障ったらごめん」って言われていた気がするわけで-;。しかも、みなさまの気遣いが激しい上に、今夜のMステでは関ジャニ∞が「言ったじゃないか」をご披露、ということで、どうにも気になることが書いてあるんだろうな、という予感はしていたわけでーー;。で、まあ、午前中からネット上でもほぼ全文は読めたので、なんとなく内容は分かっていたわけですが。実際に読んでみた限りでは、確かになんとコメントしたらよいやら? みたいな感じであって-;。

なんというか、大まかにいうと、「3部」に別れている内容であって。まず、冒頭部分が、ネット上で、結婚後もフッキーに対する福山君のファンの風当たりが止まない、というような内容であって。まあ、一部引用すると、「ツーショットはみたくない」とか、そういう書き込みが拡散していて、「どれも吹石さんを誹謗中傷するような、根も葉もない噂話ばかり(by 芸能関係者)」というようなことが、女性セブンに書いてあったわけで。別に「(結婚相手との)ツーショットはみたくない」って言われるのは福山君だけではないような? というか、それは「誹謗中傷」ではないでしょうが、ということは突っ込めるわけで-;。普通に誰かの熱心なファンならそういう反応を示すでしょ、石井が再婚した時もそういうこと言ってる人はいっぱいいたよ? と思うわけで-;。で、まあ、あとはフッキーのことを「許せない」とかって言っている人もいる、ということのようで。でも、まあ、フッキーのファンなら逆に福山君のことを「許せない」って思う人もいるかもしれないし? ということで、これも「誹謗中傷」ではないでそ、むしろ「誹謗中傷」というのは特定の個人を「動物」とか「食物」に例えるとか、そういうこと? とかそういう突っ込みができる気がするわけですが、まあ、そちらにも深入りはしたくないわけで-;。で、なんで、ネタの出所を「芸能関係者」ってぼかすのさ? 同じ小学館から発売されている「週間ポスト」では名前が出てた気がするのですけれども、その人、と思うわけで-;。

で、冒頭部分が、こんな感じであって、肝心の主要な部分は、「最近」、「怪文書」が出回っているということで。まあ、たいていは「福山君とつきあっていた」とかそういう内容らしいのですが。そういうものの実例が「3通」ある、ということで。で、こういう怪文書が「ワイドショー関係者や事務所などに届いている」というようなことらしいのですが。でもって、どこから突っ込むべきか大きく悩むわけですが、セブンは以前に福山君の女性関係のネタの報道に関して、事務所からけっこうな抗議を受けていたことがあるらしいので、まあ、事務所からのリークはないでしょ、というか、たいして誰の中傷にもならないような「恋愛妄想的ファンレター」を事務所関係者がいちいち外部のメディアに漏らすようでは、むしろ「個人情報の取り扱い」で、了承もなく漏らすべきところでもないところに漏らした、ということで問題になる気がするのですけれども?? と、それはまあ普通にそう思うわけで。まあ、結論からいえば、「ワイドショー関係者」に届いた「お手紙」でそ? と思うわけで。それが、事実であるか否かを調べて報道するのが、メディアの仕事では? と思うわけで。別に福山君のことにかかわらず、ガセネタを仕込んで話題になろうとする人なんてけっこういるんじゃないの? としか言いようがないわけですが-;。

でもって、結論の部には、「福山さんも(こういう)自体を重く見て頭を抱えているようです。(by 芸能関係者)」とあるわけで。何故、自分の名前を伏せるの、この人? とかいうことは置いておいても、普通に考えて頭が痛くなるのは、こんな芸能レポーターなんかに、妙な手紙を送りつけられること、ではないのか? という気がするわけですが-;。後はまあ、フッキーは、こういうヘンな手紙を送りつけてくるファンが怖い? らしい? のですが。まあ、そんなに恐がりさんなら、10代のうちから男にしなだれかかっている写真を雑誌に掲載させたりしないでそ、そういう方面に関してはどんな反感をどっから喰らおうが、何とも思わないタイプと思われ、って言ってもいい? ということで(苦笑)。(私が高校生の時なんて、同じクラスの男子と話すのも気後れするような感じだったのに、というか、女子が全体の1/3しかいないようなほぼ男子校に行っていて、そんな状態だった私も何だったのかしら? とは思うわけですが。っていうか、俳優さんとか女優さんはラブシーンとかも平気でやらなきゃいけないわけで、そういう時にいちいち相手のファンの反応で右往左往しているようでは、そんな仕事できないでしょ? って思うわけで。そんな点は割り切って、神経太くなるのがむしろ当然かと思うわけですが。)

ともかく、「言葉」というものに対して、独特な感性を持つあたくしとしましては、わざわざ怪文書が「最近」出回っている、と「最近」という2文字がつけられている点に愕然とするわけで。「最近」でなく、古くからのものについては「怪文書」の範疇に入らない、という暗な行間の含みと、「ファンなら妙な迷惑な文書は書くな」という露骨で、福山君とはやや離れた立ち位置から発せられている風を装っている表現とが感じられる部分については、むしろ「ぞっ」とするばかりという以外に言いようがないわけで。

この記事が出た直後に関ジャニ∞だし。しかも、セブンの別のページの嵐の記事に、全然違うネタで、嵐の松本君がV6のコンサートに出演する際に「頭を抱えた」とか言う記事があって。今週号では、頭を抱えている人が二人いますねえ? と思うわけで-;。しかも、福山君は12月23日に、「福の音」というタイトルのベストアルバムを出すらしくてですねえ。これについては、すぐに気が付かなかったわけですが、某悪口掲示板にヒントが書いてあって、「福音」というのは、「イエス=キリストによってもたらされた人類の救いと神の国に関する喜ばしい知らせ。」ということであって、しかも発売日はサートゥルヌスの祭祀の日だし、ということで。12月23日に世に出る「福音」は、どの「イエス・キリスト」の誕生を世に伝えるためのものなのですか? というか、丸っきりこんなネタばっかり、という点に愕然とするわけで@@。もちろん「破暁」が入ってるから、通常版を買いますけれども? と思うわけで。で、いろいろと思うのは、某悪口掲示板で、結婚を見越してライブを連発した、とかそんな感じの書き込みなどにたいしてであって。なんというか、芸能人のお仕事というのは、打ち合わせとかリハーサルとか、表に出てくる以前の仕事もものすごく多いわけで、しょっちゅう表の世界で見かける人というのは、見えないところでも相当働いているわけで。それだけ働いても、表での露出を増やしたい、というのは、そこでしか結縁できない人と結縁し続けるため、というのはものすごくある気がするわけです。かつての石井も、ここ1年くらいの福山君と、それこそ「同様」なくらいに働いていたわけで。そうして露出と話題を作り続けなければ、「結縁できない存在」というものはこの世にある気がするわけで。しかも、ライブは来ちゃだめ、有料の映像媒体もほぼ厳禁、っていうと福山君の方がそれでも不利なんだよね、と思うわけで。いろんなことが計算と意図の上で動いているとしても、それは単純な「個人の結婚」という点を主軸にして動いているのではない気がするわけで。(そして、全然余談ですが、右手の人差し指で「天を指す」ポーズというのは「唯我独尊」のポーズだと思うわけですが。まあ、「No.1じゃなくて、オンリーワン」でしょ。ということで。)