さて

追加と言うことで、福山君の「わたしは風になる」のビデオと「笑っていいとも」の3/26日の回の分のビデオを見てみました(福山君がゲストのやつですね)。
「いいとも」が入るとは全然思ってなかった人が約1名、「大英断」だと思ってる一部の人々と、そんな感じでしょうか。ま、でもタモリさんのお歌も1曲くらいあっても良いと思いますし、そういえば春分のMステ以来、割と普通にテレビに出てる兄さんを見たのは初めてな気がしますので。
まあ、やっぱり明るく笑ってる福山君を見るのは良いものだと思います。暗い顔をして「milk tea」を歌ってる兄さんとかばっかりを見るのは、やはりこちらもあまり良い気持ちにもなれませんので。
この直後に5大ドームツアーが始まりますので、まあ、その先は白鳥兄さん大活躍ですのでね。春分の放送も終わった後ですし、明るいお顔が見れて良かったです。
で、何故これを見てはいけないかというと、煙草のネタと、「胃カメラと内視鏡」の辺りだと思いますが。「胃カメラと内視鏡」って聞いた瞬間に、ニヤリと笑ってしまう私がどうしてもいるわけですが(苦笑)。でも、それ自分でやったことはないんで、どっちにしてもあんまり自分的には「振り返る後ろ」っていう感じでもないわけですが。まあ、感想としてはそんなところでしょうか。

微調整とすり合わせ

毎日、毎日、こればっかり、というわけで、どうやら本日の課題は、掟破りのビデオ鑑賞で「限界点」がどの辺りにあるのかの調査と、あとはまあ「女癖」周りの問題解消?というか、そんな感じだったと思うわけですが。
それで、またいくつかビデオを探して見てみたわけです。春分の日のMステの「家族になろうよ」が入ってる完全版と、いくつかのライブビデオを見てみました。
で、まず「MUSIC MONSTER」の「暁」についてのMCから。これを見ると、どうもね、「ニヤリ」としてしまうわけで、ええと何というか「手を放しちゃうんだ」とか言ってるあたり? 「ニヤリ」としてしまうあたりで、「Sめ!」っていう突っ込みが来るわけで、じゃあ、なんでしょうかね? 他にどういうリアクションをして欲しいのか、お好みのがあったら逆に言ってくださいな? みたいな(苦笑)。
で、次はMステ完全版。確かにこの日は、福山君緊張してましたし、少なくとも楽しそうではなかったと思うわけですが、「家族になろうよ」とか見ていると、なんとなく「もしかしたら、この人は最初からこの歌を『自分の歌』として贈りたかったのかな。」と思うわけです。まあ、あくまでも本音としてはね。本音は誰でもある意味、自分勝手なことしか思わないものだと思いますけれども、正直な人はそれがどうしても表情に出ちゃうところはあるような気ましますから。
で、あとはいくつかライブビデオを見たわけですが、「はつ恋」のビデオを見た時点で、歌ってる兄さんの目を見て、歌詞を見ていると、まるで地獄の底で苦悶にのたうち回るドゥムジを見てせせら笑うイナンナ女神の如くに、笑ってしまう自分がどうにもいるわけで。まあ、これがどうにも「限界点」かな、と思うわけですが(苦笑)。

「Beautiful Life」の歌詞ではありませんが、「諦めることと諦めないことの狭間で苦しむ」と言いましても、今回の件に関しては、誰もが同じように苦しんでいるわけではないと思います。まあ、結局たとえ話みたいになってしまいますけれども、人にはいろいろと夢見る理想の世界があって、黄河文明と長江文明の争いの歴史を、黄河の男神と長江の女神の和合で解消する新しい神話を構築して、かつての大中国、唐のように最先端の文化と知識と法整備と正義ある高邁な精神を、周辺諸国全てから尊敬されていたような、そのような理想を再び夢見る人々がいたとしても、その実現にはいろいろな問題があって(というか、これが事実上最大の問題点なのですかねえーー;)、特に、一妻多夫の文化を持つ羌族の側には、どのような事情があっても、黄河の男神を第三夫としてしか認められない、という譲れない思いがあり、その事情が分かっていても、そのバランスを崩しかねないほど率直で強い力を持っている黄河の男神の力を恐れる思いと、何とか纏めて欲しいという思いと、そういうものがいろいろとあると思うわけですが。
まあ、でも本音というものは誰でも自分勝手なものだと思いますのでね。彼の本音がどこにあろうと、春分の日に、やるべきであること以上のことは、彼はいくら不本意であろうと行わなかったし、その誠実さを結局は誰もが信じるべきである、と思いますけれどもね。そして、結局持てる力からいけば、彼は本当は「第三夫」なんていう地位に甘んじてはおれない力を持っているわけですから、それを敢えて受け入れると言うことは、結局いくら誰もが「諦めることと諦めないことの狭間で苦しむ」といっても、一番諦めなければならないことが多いのは彼自身であるので、そこをあまり懸念して攻めるべきではないと思う。
しかし、昨今の長江の女神は「蛙の女神である」という伝統文化なんか蹴飛ばして、どうにもどこでもすぐ「恐るべき蛇の太母・イナンナ」になっちゃう気がしますのでね。そういうところをちゃんと理解して、「金○を喰わせるくらいなら、自分が喰われた方がマシ」って言ってくれるドゥムジがいてくれるなら、どっちかというと、それはそれでありがたく感謝すべき状況だと思うわけですが(苦笑)。こういう気性を受け止めてくれることがきっと一番上手いのも彼なのではないのかな、と思います。

っていうか、遂に「はつ恋」を見てせせら笑うようになっちゃったよーー;。っていうのが、むしろ自分でも笑うしかない、というか。それに2006年のMステスペも見たはずなのですけれども、福山君のステージはまったくきれいさっぱり記憶に残ってないですし。申し訳ないですねえ、こんな状況で、って、もうどうにもそういう以外に言える言葉はないわけですが<(_ _)>。

真打ちネタ登場?

ええと、朝方ふと目が覚めて、「ASKA容疑者の裁判」は、「女癖の悪い芸能人の旦那には愛想をつかせ」っていう、なんというかそういう「意図」のものなんだ? と気が付いたわけです。確か奥さんは、ASKAさんが逮捕された時には「支える」とかって言っていたけど、彼の女性関係が明らかになるにつれて愛想を尽かし、裁判には出廷しなかったとか。なんだかね、これ変なニュースな気はしていたわけです。ASKAさんも奥さんももうけっこう「いい年」なわけですし、最初からある程度浮気していたことは分かっているわけですから、そういうことを乗り越えて「大人の判断」で奥さんが「夫を支える」と決めたのであれば、他に100人くらい愛人がいても、そんなことちょっとは予想がつくことだし、それをも込みで「支える」って決めたんでないの? と思うわけで。一人の愛人が二人とか三人に増えたからショック、っていうのは、なんだか「変」と思ったわけです。

で、なんでしたっけ? 「女癖の悪い芸能人」でしたっけ? 誰のこと言ってるの? っていうか、私がまだ何が起きているのかも良く判断できてない内から、こんな攻撃ネタを仕込まれても、それこそ「何を言ったらいいのやら?@@」という感じなわけですが。

まあ、これに関しては、いろいろな面があるわけですが、例えばなんというか、相当変則的な縁談話?(っていうか「縁談」に関するネタなんだよね? これ? ってそこのところがどうにもまだ半信半疑なわけですが 苦笑)であっても、周りの人たちの気持ちというものもけっこう伝わってくるわけで、福山君という人は知らず知らずの内に、周りの人を巻き込んでしまうくらい強い力を持っているし、その気持ちに個人的に共鳴して、役割分担の域を踏み出して応援したいと思うほどに、好かれているし愛されている人だと思う。
例えば、個人的にプロモーションに来てくれた亀梨君とか、7月から8月にかけて心配そうな顔をしながらMステの司会をしていたタモリさんとか、彼らは役割がどうのというのとは別に友人として、福山君の幸福を心から願っている人たちなのだと思う。でも、その気持ちがどうしても前面に出てしまうから、その代償に失ってしまったものも他の人たちよりも多いという気がします。タモリさんは「笑っていいとも」という大きな仕事を失ってしまったし、KAT-TUNはグループとしては何度も存続の危機を迎えるような、大きな波に翻弄されながら頑張って踏ん張ってる。彼らは、そういうことの責任が「誰かにある」なんてけっして言わないで、自分のこととしてそれ以上のことなんか表に出さないだろうけれども、そうやって大きなものを失ってしまってもなお、「友人の幸福はここにある」と示してくれている人たちの気持ちが見えないほど、私は子供じゃないと思うわけですが。
こうやって、いろんな人たちの期待と願いがかかっていることは、私からは壊せない。壊す権利があるのは兄さんだけで、彼はその気になれば、どんな女性でも落とせるし、そうやって自堕落に生きてもそれを周りを巻き込んで納得させて自分の味方にさせてしまうだけの「力」は持ってるし、「禁忌」というものを超えて踏み出してしまった時に持っている耐性も、きっと私同様けっこう強い人だと思うので、そうしたければいくらでもそうできるだけの力は持ってる。彼は自分が思っているほど弱い人間ではないです。その力は私が知っている誰よりも突出しているから、その点でバランスを取るのに油断がならないと思うほどだから。

だから、この件に関しては、まあ、他にも理由はいくらもあるわけですけれども、亀梨君がこの件に関して心をどれだけ砕いて頑張ってくれたか、ということに感謝の気持ちを示したいですし、誰をどのように信じるのかといえば、亀梨君の一途に頑張ってくれた姿を私は一番に信じてる、とそういうことにしたいと思います。
(あとは、「金爆を喰うよりも、福山雅治を喰ったほうがよっぽどマシ」って、言えってリクエストが某所よりある気がするので、書いときますけどもね(苦笑)。まあ、これもちょっと福山君に対してヒドイ言いぐさなわけですが、この手の毒は一部で受けがいい気もしますので。妙な攻撃ネタは、なんでその方が「マシ」なのか、よく勉強して理解してから出直してきて頂ければ、それが一番かと。)

 

 

<追記>あとは、「パフォーマーもお客さんも、両方とも楽しんでいるような、福山君のそういうライブを見るのが好き」って書きましたら、芸能チームに喜んで頂けたようで<(_ _)>。でも、ライブってそういうものなのではないですかねえ、やっている方が「やらなければならないからやってるだけ」のライブなんて、見ている方が辛くなるだけなのが当たり前な気がするわけなのですが。(まあ、でもそういう私だったら見たくないようなライブを見て、残酷に喜ぶ人もいるのかも知れませんが。そういや、ライブではありませんが、一年ちょっと前くらいにどこぞの病院でそんなような講演を見た気もしないわけでもないですが。客がいっぱい入っているからって、何でも必ずしも良いことなわけではないわけだーー;。)