22年10月29日

 本日は静岡は久能山東照宮、草薙神社、首塚稲荷、浅間・神部・大歳御親周辺、東雲神社、若宮八幡宮を参拝する。高速のサービスエリアでどうみてもジャパニーズ・ヤクザなお人がこれみよがしにうろついていたり、交差点でくっきーみたな怖そうな人ににらまれたり、「アンタッチャブル」な感じがまだまだ続く旅・・・-;。

で、大歳御親・・・稲荷っていったら秦氏? となる。神紋が松尾大社のに似た左右対称の「双葉葵」であって。個人的にそういうのを「葵十字」って呼んでいるあたくしである。「バテレンだ、カトリックだーー。火にくべても本当に燃えないかどうか、そいつらこそを火に放り込んでみるべき。」って、思わず「いつの時代の暴君なのか?」ということを思ってしまうあたくしである-;。

というか、三河からこっち駿河まで。大国主命に雷神系の祟り神の性質を持たせて、事実上「須佐之男命と同じ神」として扱ってますよねえ? と思う。大歳御親は昔、奈吾屋(なごや)大明神と呼ばれていたそうで、これは「柳」のことであると思う。柳の枝を祭祀に使うそうだし。カモカモさん達の祖神の柳花夫人でも良いのだけれども、この場合は「相柳」の方だと思う。由緒正しい「破壊神」である。つまり

大歳御親=相柳=九頭竜=此花昨夜姫

と「同じ神」としてつながっていくのであり、特に「富士山と火山の女神」を割り振られているのが此花昨夜姫なのだと思う。起こって爆発したら破壊性は抜群である。で、こういう日本における「とんでも女神群」の創造に「葵十字」の秦氏が大きく関わっているのではないか、と思う。で、旦那の方は

須佐之男命=共工=ニニギ

となる。静岡市は登呂遺跡があって、弥生の人々は洪水と戦いながら田を維持していた。田を破壊する洪水を起こす破壊性の高い水神が共工と相柳である。彼らは明確に人身御供を求める。『カモカモカモ強盗団の先祖の黄帝というのが、治水のために炎帝を人身御供に捧げて治水を成功させた』、とそういうことになっているからである。日本の人身御供譚にはだいたい共通点があって、人身御供には「旅人」を用いる。だけど、現代と違って縄文や弥生の人々がそんな安易に旅行なんてする? と思う。庶民があちこち動き回るようになるのは鎌倉時代以降である。では、古代における「旅人」とは何か? 「旅人」というのが「よそ者」という意味でもあるのであれば、答えは一つしかない。先住民の縄文系の人々を人身御供に使ったのである。そうして、恐怖と人口抑制で支配して反抗できないようにする。薩摩が江戸時代に琉球を支配したのと同じことをやったろう? と思う。殺して安倍川に流してしまえば遺跡から人身御供の形跡なんか出てくるもんか、と思う。

ということで、こういうろくでもない祭祀の神々がゴロゴロしていて、その「象徴」が富士山である。「山が怒って爆発しないため」と称してどういう殺戮をやってたのかね? ん? と思う。

で、若宮八幡宮。昔は、大国主とワカヒルメを祀っていたらしい。だからこの場合の「若宮」は須佐之男命の子神である大国主のことであって、須佐之男命のことも同然である。ワカヒルメは「太陽女神」でもあるけれども須佐之男命に殺される織女のことでもある。彼らを祀っていたのは浅間の神職であって磯城氏らしい。わざわざ「殺される織女」を(おそらく)祖神に持ってくるところに人間性の「センス」が現れるわけで。同じく織女を祖神にしていても、「殺されていない織女」を祖神にしている尾張真清田の人々と比べれば、根性の悪さがよくよくでているように思う-;。

磯城氏とは何者? と思うけれども、資料があまりなくて正体不明らしい。欠史八代に多くの妃を出している、とされている家系のようだけれども、欠史八代がそもそも実在性の薄い天皇群である。ただ、欠史八代は母方に賀茂系の氏族を持つことが強調されている。で、この人々は純潔主義であって、同族以外と結婚するのを嫌う傾向があるので、磯城氏も賀茂の関係者? と思う。

で、調べてみると、大阪に志貴県主神社という神社があって、祭神は先祖?の神八井耳命らしい。・・・神八井耳命? それは金刺とか阿蘇とか、カモカモさん達の中でも「最上位」に来るエリート祭祀集団の先祖ですぞ? と思う。ということは、磯城氏も祭祀階級のエリート賀茂の一派なのではないの? と思う。

ということで、旅はまだまだ続けなければなりません。