本日の日誌

まだまだ、「契約締結上の過失」を読んでいます。だんだん、銀行がどうとか、融資がどうとか、自分の件とはあんまり関係がないし、いろんな用語の意味も良く分からないところにかかってきているわけで。「金利スワップ」とかって何?? と思う。融資したり、されたりなんて、自分には一生縁がない気がするわけで。だって、こういう用語って、個人のローンとかそういうレベルではなくて、貸す方も借りる方も法人で商売人、みたなそういう世界の話だよね? と思う。でも、自分に役に立ちそうな文章はちょこちょことチェックして。でも、結局は、公序良俗違反も、信義則違反も、いつ誰がどこで何を言ったか、どういう合意があったかなかったか、ってそういうことを書けってことなんだよねえ? と思う。


で、動機について、特に「確執」的なことについても書けるだけ書け、と言われる気がするわけでー;。これを書くと一番、摩訶不思議というか、「尋常じゃないところ」に突き当たるのよ。昭和62年に土地を買った。昭和64年に、それまで親戚づきあいしていなかった遠縁が、急に「付き合ってくれ」って行ってやってきた。それで仲良くすることにして、平成3年に家の建築を任せたら、不法投棄でゴミ三昧にしてくれた、という案件であるので。直近に確執の原因がないので、原因はそれ以前に求めるしかない。でも、それ以前に求めたら、遠縁が我が家に近づいてきたのは、「(古い角質が原因で)不法投棄するのが目的」とするしかない。古い時代の確執っていったら、昭和・大正・明治までって話になるかも? とか思うわけで-;。清張のミステリーみたいな話になりますよ。私生児がまともな親戚を妬んで、殺人と財産の乗っ取りを企んだ、とかって書いてみる? とかって思うわけで(苦笑)。


よくよく、忌々しい限りだ。ゴミを埋めるために、うちに近づいてきただけじゃん、と思う。というわけで、少なくとも、思い出せる限り「なんと言われたのか」を書いて出せ、と言われる気がするわけで。思い出しております。でも、まず本を読まないと、と思う。


だけど、私と、そっちの方の、もっと本質的な「確執」の出発点はどこにあるのだろう? と思う。忘れもしないけれども、小学校6年生の時に、友達(それも本なんか読みそうもない友達)から、「アンネの日記」が面白いから読んで見るように、と勧められたことがあって。買って読んでみた。そうして「ホロコーストとは酷いものだ」と思った。私が、ホロコーストに対して「是」と言わなかったことが、そもそもの「確執」の出発点であって、以後、あらゆるいやがらせと脅迫と恐喝が繰り返されてきた、というべき、と思う。だけど、なんで私がホロコーストに対して「是」と言わねばならないのですかね? そんな義理すらもどこにもないし?? と思う。しかも、日本軍だってさんざん悪いことしてるのに、なんでドイツの話をわざわざ持ってくるのか?? とも思う。そうしたら、「アドルフ・ヒトラーは、「自分は平清盛の生まれ変わりだ」と信じていた。自分はアドルフ・ヒトラーの生まれ変わりだと信じていた人が身近にいたでしょ?」と言われる気がするわけでー;。要するに、私がヒトラーを嫌うと、「自分が嫌われた」と思って、私を憎んでいた人間が身近にいたわけだー;。その人とは、子供の頃は、割と仲良かったというか、一緒に遊んだ覚えとかあるわけですが。中学は違うクラスになって接触はほとんどなく。高校は、同じクラスになったけれども、その人とか、その周囲の取り巻きとかはけっこう私に対して、露骨に敵意を示してた気がするわけで。子供の頃のような仲の良さはなかった。その原因は、「私がホロコーストを否定したから」ですか? そうですか?? と思うわけで-;。これだから、人と人の「確執」の原因なんて、どこに転がってるのか分からないんだってば、と思うわけで-;。まあ、頑張れるだけは頑張りたいと思います。



Posted by bellis 00:11 | 日記 | comments (x) | trackback (x)