本日の日誌

相手方からの準備書面などが届く。で、親がそれを読んで、「こんなこと言った」とか「言ってない」と言って大騒ぎする。しかも、「何がポイントなのか」が良く分かっていないようで、微妙にイラッとするー;。私もけっこう短期だから-;;。


なんというか、ものすごく基本的なことなのだけれども、民事のトラブルは基本的に、当事者同士で対等な立場で話し合って解決するのが、民主主義である。「対等な立場で自由に話し合っていい」のだから、基本的には何を言ったって構わないのが大原則といえる。でも、相手が納得できないことを一方的に勝手に言い張ったりとか、相手を脅したりするのは、「平等」とか「対等」に、かつ「誠実」に話し合ったことにならないから、結果、当事者同士では「解決できない」となる。それを、第三者に判断して貰って解決しよう、というのが裁判であるので。「そもそも裁判を始める前に、当事者同士でちゃんと誠実に話し合ってますか?」ということは、求められるし、まず、そのことを証明しないといけないわけです。だから、具体的なことを言ったのか、言わないのか、ということは、原則としてはあんまり問題にならない、といえる。(言ってないことを言った、と言い張ることは、それが証明できれば、言い張っている人が、裁判官に対して嘘をつく人、という証拠とはなり得るけれども。)「言ったこと」あるいは「言ってないこと」が、「誠実に話し合った」ということに該当するのか否かが問題になるのである。だから、「言った」とするのであれば、「こういう理由で述べて、誠実に協議を行うために言った」という主張をするし、「言ってない」とするのであれば「協議の内容には関係がないので言ってない」とかって言うわけ。例えば、話し合いの際に、どりらかが相手のことを「お前はデブで、ブスで、馬鹿」とかって言ったということであれば、それはちゃんと話し合いをしていないだけではなくて、相手の悪口を言って相手を傷つけてもいることになるから、まあ、「名誉毀損」とか「精神的苦痛」もおまけにつけてもいいかも、という程度であって、だいたい日本の裁判では、おまけ的なことは、割と金銭に換算すると少ない判断しかしないので-;。やっぱり大事なのは、「ちゃんと話し合ったのか否か」ということなわけ。


だから、日頃から、「証拠のないこと、根拠のないこと」は言ってはいけない、って私は口を酸っぱくして言ってるでしょうが、と思うわけですが-;。そういうことを口にすると、「誠実に話し合ったこととみなされない」から、言ってはいけないのである。特に大切な交渉の場面では。だけど、ここのところ身にしみて感じるわけですが、うちは両親揃って、「誠実に話し合う」ということができないのであるー;。父親は父親で、「家を建てるなら土建屋の従兄弟に頼め」って平気で言う。そもそも、土建屋では家を建築する業務を行うことができないわけで、業者を紹介して貰う、とかそういうことはできるかもしれないけれども、頼んだって家は建ててくれない人じゃん、って発覚した時点で、「なにそれ」と思う。あまりにも自信を持って言われるから、私は建設業の許可も持ってるものだと思いこんでましたとも。母親の方は母親で、「私の従兄弟は大工の修行をしていて、今も誰かに使われていて、大工の仕事をしているし、駄目な人間だ。(「駄目な人間」というのは、従兄弟の母親(要するに叔母さん)が、昔そう言っていたらしい。)」とかって言うわけ。ともかく、大工さんの仕事をしているのであれば、お願いしたいことがないわけでもない。だから、どの程度の仕事をしてるのか(どの程度のことまでお願いできるのか)、って聞くと、「人に使われてるだけ」とかって言うわけ。それは、人に使われているから部分的な仕事しかできないということなのか、それとも、一通りの仕事はできるけれども、部分的な仕事しか普段はしてない、ということなのか? って尋ねると、なんだかはっきりしない。で、逆に私が「急いでいる風だ」とかなんとか、私の言動についてとやかく言ってくるわけで。従兄弟の仕事となんの関係があるの、それ? と思う。で、結局調べてみたら、今は大工さんじゃなかった、ということでー;。なんで、何の証拠もないことを、思い込みで次から次へと言うのかね? で、しまいには、私がどうのって、全然関係のないことまで言い出すし、と思う-;。知らないなら知らないで、「知らない」って一言言えばいいのに。「大工の仕事ができる」というから、どの程度の仕事を頼みうる相手かを知りたいから、今どの程度の仕事をしているのか知りたいのである。何ができるのかもろくに知らない相手になんか、親戚であろうがなかろうが、仕事なんて頼めないじゃん、と思う。家族に対して、そういう「不誠実」な態度なのはいいのよ。でも、そうやって、平気で「根拠のないこと」をいかにも当たり前に言う態度は、裁判所では「誠実な人間」とはみなされない可能性が高くなる、ということです。でも、それは裁判所に限らず、社会一般に対して、そういうものだと思う。だから、重大な問題はもちろんのこと、日頃からささいなことでも、出鱈目なことは言わないように生きていかないといけないのよ。でないと、大事な場面で、自分が出鱈目なことを思いつきで言ったばっかりに、自分が悪者にされる、ということになる。


まあ、だから、「妙な儀式で掘るのをやめろ」って言ったってね、まあ、どっちも「言った」って言ってるわけだから、「言った」ことなわけですが。「言った」からには、それが「ちゃんと証拠もあることであって、誠実な話し合いをした、ということ」になるのかどうかが問題となるわけ。まあまあまあまあ、それを問題にした場合に、有利になるのかどちらなのか、ということです。裁判とは、そういうものなわけ。



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本日の日誌

ええと、ええと、やっぱり民法は苦手だ、と思うわけで。


でも、建築士と口裏を合わせるのは良いのだけれども、それをやり出すと、結局は「共同不法行為」から抜け出せなくなるよ? と思うわけで。だって、「口裏を合わせて嘘をついている」ということは「共犯」を否定できなくなるからです。


なんか、工務店の社長が、自分で書面を書いた方が、もっとうまく書いたであろう気がするわけですが、まあまあまあ、実際に「真の意味」で、誰が何を書いているのだか、という気がするわけで。そもそも「儀式で妙なことをするのをやめろ」って制止したのを認めてしまっていいのか、という問題があるわけですが、駄目出しに認めるとは思わなかったし、それ、と思うわけで-;。(まあまあまあ、実際に言ったかどうかは、言った当人が「言った」ってわざわざ言ってるんだから、言ったんだよねえ? ということでー;。)これで負けるようなら、裁判官はよっぽど悪いか、私がよっぽど間抜けな気がするわけで。まあまあまあまあ、先のことはなんとも言えないわけですがー;。(正月明けに出さなきゃいけない書面についても、安達守からいろいろと発注が来るわけで。お正月の間も忙しいのーーー、と思うのでした。)



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本日の日誌

ええと、相手方の、反訴状の答弁書と、準備書面が来たわけですが。なんか、微妙に、一言言ってやった方がいいようなことが書いてある気がする。というか、兄さん達に「悪魔のように罵れ」とか言われる気がするわけで-;。しかも、そこに7番目の兄さんが「猫なで声で」って付け加えるわけで-;。みんな、私に何を期待してるのですかね? というか、


契約書を偽造した


って書いてあるような気がするんだけど?? と思うわけで-;。でも、そんなんだけど、工務店の社長が証人として出るって書いてあるわけで。どうやって突っ込み倒すか、今から考えるべき? と思うわけですが-;。(音楽家の兄さんには、「その程度のこと簡単に蹴散らせるでしょ」と言われる気がするわけで。まあ、やってできないことはないかと思うわけですが-;。)



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本日の日誌

ええと、最後に「おまけ的」に、私が工務店を訴えた奴の送達が、年内ギリギリに間に合ったとみえて、期日請書が裁判所から送られてきました。次回期日と同じ日だから、これも併合されると思う。


で、今日の午前中も雪が少し舞っていたので、結局書類書きで終わってしまうー;。でも、だいたい必要な書類は揃ったかな、と思う。


でお昼に昨日の金スマを見る。滝沢君の特集であって。子供の頃のたいへんだったお話とか見るわけで。でも、要はKinKi-Kidsを見て、ジャニーズに応募したわけだし、最初についたのもKinKi-Kidsのバックだし、7番目の兄さんと「目の力」での意思疎通が良くできる存在として、最初から選ばれてるんだよねえ? と思う。で、その後90年代のJr.全盛の時代をリーダーとして活躍したわけだけれども、そのJr.全盛の時代、というのは、結局6番目の子と、4番目の子のためのものでしょ? と思う。だから、最初から、6番目の子と7番目の兄さんとのパイプ役、婿の兄さん達と事務所とのパイプ役、という立場で動いてる滝沢君だよねえ? と思う。最初から、パイプ役、調整役としての才能が優れているから、それが期待されてた人なのだなあ、と思うわけですが。


6番目の子が暗い顔をしていると、「申し訳ないなあ」と思う-;。7番目の兄さんは、それに対して「「婿」の人達はみんな同じ立場なんだから、「不幸そうな顔をしている奴が、より不幸そうに見えるだけ」」って、冷たいことを言うわけで-;。滝沢君の何が偉いって、その二人の間に入って、パイプ役をやるなんて、私でも嫌というか、無理と思うわけで-;。我が強くて、個性の強い人が多いから、優れている人でも、個性を前面に出すのではなくて、パイプ役、調整役が得意という人は貴重な人材だーー、と思ったのでした。



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本日の日誌

本日は、ちょっと時間的に余裕が出たので、外仕事をしようと思ったら雪でしたー;。なので、ちょっとだけやって終わりにして-;。


ここのところ、スキンケアにはまっているのです。基礎化粧品は何種類もあるわけですが、唇のケアは、ハチミツにワセリンを重ねて塗るのが、一番調子が良くて。市販のリップクリームをつけた方が、微妙に荒れる気がするのです。簡単な化粧品の手作りにはまりそうかも。


昨日、「堂本兄弟」を見て。7番目の兄さんに、「やっぱり、あれだけの書類を読むのは大変だった。」って言われる気がするわけで。でも、なんだか兄さんが嬉しそうで、こちらもほっとするわけで。いろんな人に、「7番目の兄さんに気にいられたよね。」と言われる気がするわけで。兄さんは、建築士の従兄弟に私が猫なで声を出しているのを聞いて、大ウケしたらしいです。建築士の従兄弟のことは、いろんな人から「お○○建築士(名字)」じゃなくて、「おぞい建築士」だ、って言われる気がするわけでー;。まあ、その通りだと思うわけですが。なんとなく、最近分かってきた気がするわけですが。たぶん、7番目の兄さんは将来的には「家の中」のことでは、絶対的な発言権を持つようになるのだという気がするわけで。兄さんからは、6番目の子のことは「小間使いにでもしとけばいい」とかって言われる気がするわけで@@。同族外の人からは、7番目の兄さんは、家の中では強力に6番目の子のことを押さえ込んで「飼い殺し」にするつもりだ、と言われる気がするわけでー;。私に何をどうしろと?? と思うわけですが。7番目の兄さんがいなければ、とてもここまではやってこれなかったわけで。兄さんには頭が上がらないし、上がらない方がいいと思うわけですが。


で、ここのところ、WOWOWで安室ちゃんのライブとかX JAPANのライブとか見ていて。安室ちゃんは、まあ、「同族」ではないので、あんまりうるさいことは直接は言わない人です。彼女は、彼女の曲の中では、一番に私に「Don't wanna cry」を送りたいのだと思う。この曲は、1996年3月に発売された曲で、丁度私が大学を卒業した頃の曲なのですが。歌詞は、「嫌なことや辛いことは止めてしまえばいい。急がなきゃいけない。」という意味と、「自分には会いたい人がいて、いつかそこにたどり着いてみせる」という2つの意味が強調されている気がするわけで。医学部を辞める時に、この曲が潜在的に与えた影響はとても大きいと思う。あの頃は、いつもどこかでこの曲が心の中で流れていた気がするわけで。だから、「自分の運命を変えてくれた曲」とまでは思わないけれども、「自分の運命を決めてくれた曲」ではあると思う。でも、それが音楽家の兄さんの「お歌」で、「会いたい人」というのが、自分のことだとはつい最近まで気がつかなかったわけで。不思議なご縁を結んでくれた歌であるなあ、と思う。彼女にとっても、私にとっても忘れがたい曲であると思うわけです。


で、X Japanの方は、9月の時の、台風で中止になった「無観客ライブ」の時のを見たわけで。この時は、あーやちゃんとか光ちゃんも、ライブとか舞台が中止なったわけで、全国的に大きな影響を与えた台風だったのですが。X Japanは、危険と言うことでお客さんは帰したけれども、ライブは敢行して、ファンクラブか何かで中継したんだよね??? と思う。でも、X Japanはプレミアムチケットとかあって、ホテル代込みとかのお高いチケットがあったようで、そういうのも含めて、チケット代は全て返却、とかってことで、けっこうな赤字だったという話なわけで。なんで、そんな中でライブを敢行したのですかね? と思ったら、利兄さんから「だって、お客の余計な目が入ってない形で、こんなに長時間妻神と結縁できる機会は滅多にないでしょ。」と言われる気がするわけで@@。12月にWOWOWで放送すれば、12月だけは私が見ることも、全部計算してやったんだ? と思ったわけですが。でも、いつ見ても思うことがあるわけで。X Japanの表向きのリーダーはYOSHIKIだし、彼の趣味が全面に出ているバンドみたいに一応は見える。でも、実際にその集団を仕切って、いつ誰が何をするのかを決めているのかは利兄さんですよねえ? と思う。音楽家の兄さんが、「自分のお歌」を安室ちゃんにわざわざ歌って貰わなければならないのは、それだけ自分の「本業」では言いたいことが言えないからではないの??? と思う。利兄さんの方が、音楽家の兄さんよりも「目の力」が強いし、頭もよっぽどいい人でしょ、という気がするわけで。7番目の兄さんには、利兄さんは、「全体としては4番目の子よりも頭がいいけれども、自分と同じで独学で知識を身につけた人は,得意分野が偏る傾向がある。」と言われる気がするわけで。いったい、なんで利兄さんが裁判とかが得意分野なの?? と思ったわけですが。なんとなく、兄さんの経歴を見ていたら、某洗脳集団を抜ける際に、いくつかゴタゴタとした訴訟に巻き込まれているわけで。それで、裁判の実地で独学で知識を身につけたんだ?? と思ったわけですがー;。「賢い人はいろいろと応用がきくし、あなたも2回目の裁判でずいぶん手慣れてきてるでしょ。」と言われる気がするわけでー;。独学と、経験で知識を身につけてきたところは、私と同じなんだなー、と思う。だいたい、民事訴訟のゴタゴタは契約にまつわることが多いので、基本的には大原則である民法の契約の概念を知っていれば、他を知らなくても、それほど的外れな主張はしないもの、と言われる気がするわけで。でも、今回は建築に関する不法行為で全面的に争っているので、その点に関しては深く突っ込んで最高裁の判例まで勉強させられたわけで。結論からいくと、建築請負契約における「不法行為」に関しては、契約の当事者だけでなく、目的の建物に住む人にも当事者適格がある、わけです。これが、普通の「契約」とは異なる概念で、最高裁の判例によるものなわけ。要するに、目的となる「建物」に問題があったときに、そこに住む人に、修理を請求する権利がなかったりすると、非常に困ることになるから、ということなわけで。たとえばマンションみたいに、建築主と住む人が全然異なる場合に、住む人になんの権利もないと住む人が困るからなわけですが。だから、私自身に「当事者適格」があるのか否か、という時に、これがけっこう重要になるわけで。私自身が「住人」であることを盾にとって、当事者適格を主張すると一番話の流れが確実になる、ということらしくて。


まあ、でも、訴訟の大原則的には、私の行動を相手方が問題にしているので、その点で私には当事者適格があるのですよ。裁判官が認めるか否かは別として。しかも、同居の家族だし、家に関しては利害も親と一致しているから、当事者適格はあっても当然というか、そんな気がするわけで。でも、それが認められなければ、「債権者代位」的な立場で訴訟を起こすことが可能だと思う。その場合は、本来の債権者である親が訴訟をおこしている分には、訴訟を提起できない、という条件がつくわけですが。だから、親が請求していない、今年3月からの「管理費」を、「第三者損害」として計上して請求するなんて、非常に「お作法」にかなった請求といえる気がするわけで。


だいたい、裁判を向こうからおこすなんて、「余計なお金を使わせてやる」とか、そういういやがらせでもあると思う。だって、弁護士を雇えば弁護士代、登記に関して司法書士を雇えば司法書士代、税金に関して税理士に相談すれば税理士代がいるわけで。1つにつき、10万円はくだらないとなれば、100万円くらい、あっという間に吹き飛ぶんじゃん? と思う。そういう費用は極力抑えております。でも、プリンターを3台新調したし、と思う。というか、そうしてる時点で、「当事者訴訟をする気満々」って意思表示なんじゃないの? と思うわけですが-;。どこの世界に、何もないのにビジネス用のプリンター(FAX機能付き)をわざわざ新調する人がいるのですかね、と思う。訴訟の準備書面はFAXで送るから、わざわざFAX機能付きのものを買ったのに-;。というわけで、工務店の社長は、「自分が供託した400万をどうしてくれる」って感じで怒っているらしいですー;。「おぞい建築士」になんとかして貰えば? と思う。でなければ、1億円の仕事を請けおった土建屋の従兄弟になんとかして貰うとか-;。あたくし達がどうのこうのする問題じゃないでしょ、それ、と思う。


で、どっかの総本家に関して、母親が「昔から支配者が人々を搾取するのは当たり前のことだけれども、身内を大切にしないのはよろしくない」とか言うわけで-;。それが、間違い、というか、そもそもあなたの身内だって、身内を大事にする人なんかいないでしょ。ここ何ヶ月か、母方の従兄弟と接触する機会があったけれども、どいつもこいつも、身内を食い物にする気満々な従兄弟ばっかりで、呆れてるのに、と思う。彼らが、父方の身内ほどたいしたことができないのは、父方の身内ほど「悪賢い方面」に関して能力がないから、というだけであって、能力があればおんなじ事をやると思う。母方の身内が、父方の身内ほどのことができないのは、決して彼らが優しいからではなくて、「やる能力がない」からだし、そもそもそういう能力が遠く離れた同族にあったら、それこそ総本家が生かしておかないでしょ、と思う-;。そういうどうしようもない「能力」は、総本家が独占しようとするでしょ。どういう自分勝手な悪賢い能力なのかは、彼らが一番良く分かっているから、と思う。


だいたい、「昔から支配者が人々を搾取するのは当たり前」だと思っている概念そのものが間違っているのです。猫が鼠を捕まえるように、動物の世界は弱肉強食ではあるけれども、「必要以上に取る」ということは滅多にない。「搾取」というのは、自分が食べる以上、自分が真に必要としている以上に他人の財産とかを奪うことであって。そういうことをするのは人間しかいない、ともいえる。要するに、それは「人間が考え出した行動」であって、動物界全体が「当たり前」としている行動ではないわけ。だから、人間といえども、誰かがそういうことを「考え出す」以前は、そういうことは行われていなかった。誰かが、「搾取する」ということを始めて、どこでもそういうことをするようになったから、今ではそれが「当たり前」に見えるかもしれないけれども、それは、「動物としては当たり前の行動ではない」のだから、「人為的」なものであって、「当たり前」のことじゃないわけ。


じゃあなんで、「昔から支配者が人々を搾取するのは当たり前」だと思うの? ということになる。それを「洗脳」というわけです。まあ、洗脳を解くには、スズメでも見て勉強するしかない。彼らも、強いものが一番最初に良い餌を得るかもしれない。でも、自分が食べる以上に、仲間の餌を奪って、弱いものを面白半分に殺したりするようなことはない。動物の行いを見て、彼らの「当たり前」が、動物が本来生きるための「当たり前」だって悟らないと、人間が人為的に作り出したものの何が「当たり前」じゃないのかが、動物の行動学的、本能学的に分からないわけです。


そこで、「3人兄弟」の民話を学ばなければならない。それは、結局部族同士の身分秩序を描いた民話であって、「長男」と「次男」と「三男」の契約を結んだ、父系の人々がかつていたわけです。要するに、彼らから見れば、世界は、「3人兄弟」とそれ以外の人しかいない。「3人兄弟」しか「人間」でないのであれば、それ以外は、「悪魔」でも「鬼」でも「奴隷」でもなんでも良くて、「人間じゃない」わけです。だから、桃太郎の民話よろしく、「鬼を退治して、お宝を得ることが正義」ということになる。要するに、「桃太郎が鬼を退治して、お宝を得ることが正義である」ということと、「支配者が人々を搾取するのは当たり前である」ということは、「全く同じ事」を言ってるわけ。で、「桃太郎」に関していえば、そもそも「人間」であるのは、長男に相当する桃太郎だけであって、後は犬とか猿とか雉とか、味方であっても人間扱いすらされない。そうやって、人間扱いもされない「味方」がちょっとした餌につられて桃太郎の味方をして、罪もない人達の財産を奪う手助けをする、というのが、ありがたい「桃太郎」という民話なわけー;。まあ、どっかの総本家の理念としてはこんなもの、というか、だいたいうちの父親がこういうことが好きそうじゃない? と思う。自分以外は家族であろうがなんであろうが、ちょっとした餌で釣って、言うことをきかせればいいや、ってそれだけのものでしょ、と思う-;。で、父方の身内はみんなそんな気性だから、「身内を大切にする」もなにもないでしょ。「身内を大切にするのは、自分のために利用するため」って理由がなければ、身内でも何でも、大事にするような性格じゃないでしょ、どいつもこいつも、と思う-;。


ということで、今からたぶん、1万年くらい前に、「3人兄弟」の契約を結んで、世界を征服しようとした父系の文化の人々がいたわけ。「長男」はやがて姿をくらまして、歴史の表舞台には出てこなくなった。「次男」はそれほどではないけれども、自ら世界を征服しようとするほど、表に出たりはしない。結局、一番身分の低い「三男」が世界を征服するために、実働部隊として世に放たれているわけ。で、その「三男」の名前を「印欧語族」と言うわけだ-;。世に放たれた「三男」は、ヨーロッパを征服し、アフリカを略奪し、南北アメリカを掌中に収めて、今も「長男」のために働こうとしている。でも、長男は長男で、「桃太郎」みたいに、自分だけが人間だと思ってる種類の存在だから-;。「三男」の一部は、世界に展開して、契約外の部族と婚姻関係を結ぶこともあるし、そうして契約外の新たな概念を身につける集団も出てくる、ということで。だから、誰が「支配者が人々を搾取するのは当たり前」な世界にしたのかを、誰が「支配者が人々を搾取するのは当たり前」な「ことにしたい」のかを考えなければいけない。「長男が人々を搾取するのは当たり前」である限り、「桃太郎が鬼を退治して搾取するのが当たり前」である限り、「桃太郎」は「英雄」でいられるわけです。「支配者が人々を搾取するのは当たり前ではない」ということになると、「桃太郎が鬼を退治して搾取することは当たり前ではない」ことになって、「桃太郎」の本性は「大江山の酒呑童子」が相当の盗賊野郎、ということになって、化けの皮が剥がれちゃう。誰が、自分を洗脳して、「支配者が人々を搾取するのは当たり前だ」と思わせてきたのか、思わせようとしてるのか、ということを、まず知らねば、相手の化けの皮も剥がせないわけです。


だから、外部の部族と習合混血して「支配者が人々を搾取するのは当たり前ではない」という概念を身につけた「三男」は、「長男」に対して、新たな概念、新たな契約を求める、ということになる。実のところ、ここ3000年くらいから、こういう動きが起きてきたから、「長男」は、関わらないふりをしてどこかに隠れているのだけれども、実際にいろいろな騒動の糸を裏で引いているのは「長男」ということで。まあまあ、「おぞい建築士」ならぬ、「おぞい桃太郎」なわけなのだけれどもー;。外部とのもめ事になると、自分だけ隠れちゃうのは、うちの父親も同じなのでー;。どいつもこいつも「同じ性格だー」と思うわけですが-;。保護者付きなら、なんとか外に出ようとしてみようとする私の方が、まあよっぽどマシだよ、とは思うー;。だから、我が家は、というか我が家こそが、「支配者が人々を搾取するのは当たり前だ」なんて言ってはいけないのですよ。勝っても、負けても、私達は「搾取する側」の人間だし、世の中はそういう風にできているわけだから。望んでも、望まなくても、そういう8000年も続いた制度からは逃げられない。紛争地帯に住んでいて、上の勝手で戦争に巻き込まれて、財産どころか明日の命も定かでない人達、そういう人達を搾取して結局は私達は生きてる。その結果が、自分の財産に属するものであっても、なくても、そういうことなわけです。例え、自分の財産と関係がなくても、この国が安定して治安の良い国であれば、その恩恵は結局受けることになる。でも、そういう繁栄と恩恵は、誰かの犠牲の上に成り立っているものでもある。だから、自分で稼いだお金であろうがなかろうが、困っている人のために支払えるお金があるのであれば、1年に1度くらいは、10円でも良いから支払うように。そうして、誰かが自分に対して犠牲を払ってくれていることに対して、感謝の気持ちを持つことを忘れないように、というのが富の王家の流儀でもある。そうしてれば、相手も私達のことを忘れないでいてくれているであろう、と思う。私達が支払いきれない分は、兄さん達の誰かが支払ってくれるであろうと思うけれども、自らが「支払う」という気持ちも忘れてはいけないと思うわけです。


というか、もっと計算高くいえば、政治家ではないけれども、「搾取される側」の人達は、そうやって取り付ける必要がある、自分が勝ち残るために、とも言う-;。とにかく、「おぞい桃太郎」=「おぞい支配者」みたいなのをみんな嫌がって困ってるわけだから、自分もそういう「おぞい連中」と一緒になって、「支配者が人々を搾取するのは当たり前だ」なんて言っちゃいけないわけー;。だったら、「そう言ってる自分も搾取されて、殺されて当たり前の存在ってことじゃん」ってなるだけなんだーー。だって、「支配者が人々を搾取するのは当たり前だ」っていう「支配者」というのは、「支配者」=「桃太郎」=「総本家の当主」ってことであって、あとはみんな「人間」でもなんでもないので。我が家で言えば、「支配者が人々を搾取するのは当たり前だ」ということは、「うちの父親が家族を搾取するのは当たり前だ」って言ってるのと同じってことです。「うちの父親が家族を搾取するのは当たり前だ」っていうことが、よくよく馬鹿馬鹿しいことだと知ってるのなら、「支配者が人々を搾取するのは当たり前だ」ってことも同じくらい馬鹿馬鹿しい話だと悟らなければならない。なぜなら、どっちも言ってることは「同じこと」だからなわけですー;。


だから、最初の方に話は戻るわけですが、ケルトの兄さん達に、私が「夫」に対して「愛と信頼と礼を尽くせるのか」ということは、いつも特別に問題視される気がするわけで。その人達は、「三人兄弟」の契約外の人達なわけ。だから、「三人兄弟」の中から見ると、「人間ですらない」ということになる。でも、新しい秩序を求める人々から見れば、「同族外の人間であっても、人間扱いするかどうか」と、私自身が問われることになるし、口でしのごの言わずに、態度で示せ、と言われるだけであってー;。でも、やり過ぎると、「同族」の婿の兄さん達からは、当然「やり過ぎ」と苦情が来るわけでー;。世の中っていうのは、そういう奇妙なところなのだ、ということが、この年になって、私にもやっとなんだか分かってきた気がするわけで。


で、現在のところ、敵の側の「三人兄弟」というと、それぞれの筆頭は「長男」=「どっかの総本家」、「次男」=「中○共産党」、「三男」=「ばっちい人々」と言われる気がするわけで-;。それに対して、味方は「長姉」=「私」、「次男」=「正ちゃん」、「三男」=「富の王家」という構図を作って、そこに同族外の人達も取り込んでいきたい、と思っているらしくて。大抵の人には、「人は自分の役割を果たして生きていくもの」と言われる気がするわけで。まあ、私も自分に期待されることをしていくしかない、というか他に選択の余地なんてないじゃん?? ただでさえ、殺意の強い中で生きてるのに?? と思うわけです-;。


で、X Japanのライブを見て、お昼寝をしたら、夢を見て。なんだか、家族でキャンプ場みたいなところを経営していて。そこにいろんな人が泊まりにきていて。で、その中に利兄さんがいて、なんだかよろしくなさそうな連中と盛り上がっているので、「そういう人達と付き合ってるのは良くない」みたいな、お説教を自分がする夢で。目が覚めて、ふっと兄さんに、私のおかげで「いやな連中のところから抜け出すことができた」って言われた気がして。そうなのかな、結果としてそういうことなのかも?? とは思う。でも、私のせいで、そういういやな連中と付き合う羽目にもなったんじゃないの? と思うわけですが。大抵の兄さん達から、「契約とはそういうもの」と言われる気がするわけで。そういうことは、私にもまだ良く分からないわけですが。頑張って、いろんな話を進めなきゃ、と思うわけです。



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