深淵之水夜礼花神

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深淵之水夜礼花神(フカフチノミズヤレハナ/フカブチノミズヤレハナ、歴史的仮名遣:フカフチノミヅヤレハナ/フカブチノミヅヤレハナ)は、日本神話に登場する神。

概要[編集]

『古事記』にのみ登場する神で、名称や系譜以外特に事績に関する記述はない。十七世神(とおまりななよのかみ)の一柱である国津神。

名義は字面や親類の淤迦美神・日河比売・淤美豆奴神とのつながりから、水に縁のある神であると考えられるが、詳細は未詳である[1]

「深淵」は水が淀んで深い淵をなしているところの意味であり、「夜礼」を四段活用の「遣る」に対する受け身形で下二段活用の連用形とし、深い淵の水が目に見えない力によって送り出され流れてゆく、その始め(ハナ=端)と解し、「深い淵の水が遣やれ始めること」の意として水の運行の神格化と考えられる[2]。また、「深淵」、「水」が淤迦美神・日河比売から、「花」は木花知流比売からの即興的連想で、深い意味はないとする説もある[1]

系譜[編集]

布波能母遅久奴須奴神が日河比売を娶って生んだ神で、天之都度閇知泥神を娶り淤美豆奴神を生んでいる。

祀る神社[編集]

  • 深淵神社(高知県香南市野市町西野):祭神:深淵水夜禮花命。式内社。物部川のほとりにある。創立年代詳かならず、古老の博説に拠るに、孝安天皇三十一年、神勅ありて曰く我此地に居ること久し、我は 深淵の水夜禮花命なりと言畢りて御身を隠くされたるにより、萬民深淵の神なりと崇め奉斎したるなり[3]。近くに天石門別神を祀る大谷神社がある。
  • 唐﨑神社(石川県七尾市小島町):祭神:息長足姫命、市杵嶋姫命、深淵水夜禮花命。唐崎大神は養老2年、能登置国にある志賀唐崎大神を勧請した[4]
  • 白藤神社(兵庫県豊岡市大谷):主祭神:深淵之水夜礼花神、彦狭知命。初め楯縫神社、また藤森神社。「伝え云う天武天皇白鳳12年秋9月楯縫連須賀雄の創立にかかり、初め楯縫神社と称す。(兵庫県神社庁)」。天武天皇白凰12年(672)夏閏4月 物部韓国連久々比は勅を奉じ、兵馬・器械を具え、陣法博士大生部了を招き、子弟豪族を集め、武事を講習す。かつ兵庫を赤石原に設け、以て兵器を蔵む。(元田鶴野村、今の豊岡市赤石)楯縫連須賀雄を召し、奈佐村に置き、部属を率いて、楯・甲冑を作らしむ。楯縫連須賀雄はその祖彦狭知命を藤森に祀り、楯縫神社と称す。また藤森神社と云う。(『国司文書 但馬故事記』(第四巻・城崎郡故事記))。近傍に楯縫連の祖である彦狭知命を祀る赤藤神社がある(豊岡市庄字谷口)[5]
  • 美濃夜神社(三重県津市芸濃町雲林院):主祭神:淤美豆奴神。配祀:深淵之水夜礼花神、火産迦具都智神、波迩夜須毘売神。式内社。伊勢国安濃郡。江戸時代は「溝淵大明神」と称し、水神を祀っていた。安濃川の上流にあって、川が錫杖ケ岳と摺鉢山との狭谷から平野部に出ようとするところの南岸山腹に鎭座している。景行天皇3年初めてこの地に金山彦命を祀ったと「伊勢惣国風土記」と「槁本家文書」には記されている。「延喜式神名帳考証」には美濃夜は「水之祖」みのおやの意であるとして祭神に彌都波能賣神をあげている。また本社を溝渕大明神と称えていたことから、雲林院家の御祖氏神を祀ったものとする説もあるが御祭神の中に子の神の御名は見えない。康和5年(1103)忍田地頭宗重の棟札が残されていることから雲林院氏抬頭以前、平氏の時代から衆人の崇敬が厚かったことが伺える[6]。雲林院氏は藤原南家工藤氏流で工藤祐経の三男祐長が、長野の地頭職となり安濃・奄芸二郡を給わった後、子孫が長野市氏を名乗り、更に伊勢に下向した子孫が興した家である[7]
  • 一御田神社(三重県津市一身田町):主祭神:高皇産霊神、神皇産霊神、合祀:大山祇神、大山津見神、配祀:大日霊貴神、猿田毘古大神、波迩夜須毘売神、金山毘古神、深淵之水夜礼花神、天宇受売命、火産霊神、豊宇気比売命、菅原道真公、宇迦之御魂神。御田植祭は当社が神宮御共米供進なる由緒に因み、往古より行われている祭祀で、現在は拝殿前に砂で田の形を造り当該年度当番町の奉仕により各総代数名御田植え神歌を神職の奉唱に復唱して稚子(女)6名の奉仕により松葉数本を一歩づつ後退して植える。神社の創立年月日は不詳であるが、棟札に嘉吉元年(1441)のものがあるので、これ以前と思われる。寛文8年(1668)に往古は天ツ宮と称してきた社号を高野山沙門春深により梵天宮と改称されたが、明治に至り往古の地名により一御田神社と改称した[8]。この神社は.原始時代に農業集落であった頃からの鎮守で、農耕と水の神を主神とし、右側の社殿には天満宮をお祀りしている[9]
  • 瀧川神社(静岡県富士市原田):主祭神:木花之佐久夜毘賣命、配祀:深淵之水夜禮花命。由緒:創建年月不詳。六所浅聞神社の新宮にして浅間神社と称し、後地名に依りて瀧川神社と改称せしという。同郡伝法村六所浅間神社の摂社と称した。依て本社領朱印高の内配当を受けた。叉神階帳には正三位十八所浅間御子明神の内なる所なるべしと言ふ。明治8年2月郷社に列し、同40年4月12日神饌幣帛料供進社に指定された。(静岡懸神社志原文)[10]
    富士山大噴火の際、「浅間大神」を祀り山霊を鎮めたのが始まりとされている。境内内はかぐや姫生誕の地と伝わる。周辺には「かぐや姫伝説」がみられる[11]
  • 富知六所浅間神社(静岡県富士市浅間本町):主祭神:大山祇命。相殿神:木花之佐久夜毘売命、深淵之水夜礼花神(当社では大山祇命の子孫とされるようである。)、阿波乃咩神、大山咋神、高龗神(「龗」は、雨の下に龍)。伝承では孝昭天皇2年6月10日、富士山山腹に創建と伝えられる。その後噴火のため延暦4年(785年)に現在の地に遷座したとされる。崇神天皇により四道将軍として派遣された建沼河別命は当社を厚く崇敬し、勅幣を奉った[12]

私的考察[編集]

水神として[編集]

この女神に関する系譜には「水」を示す神が多く、「淵」という言葉がつく名前からも「水神女神」であることが示唆される。いわゆる「出雲」の神々の系譜に名が見える女神だが、出雲(島根県)にはこの女神を祀る神社はないようである。高知県香南市には物部川など、物部氏に由来すると思われる地名があることから、むしろ物部氏ゆかりの女神と考える。また、阿波忌部氏には「八倉比売」という「太陽女神(天照大御神)が死んで水神女神に変化した」という伝承を持つ女神がいる。この神話は苗族を起点とした「太陽女神信仰の神話」としてはむしろグローバルに普遍的な神話だ、と管理人は考えるのだが、日本の記紀神話的から見ればやや奇異に感じられるかもしれない。しかし「物部氏系の氏族の神話」として見た場合には、海部氏の神話に天道日女命がその子の天香山命と共に丹後の開拓に関わったり、地上で余生を送った、という伝承があり、古くから太陽女神がその子神と共に地上に降臨し、開拓などを行った、という伝承があったものと思われる。

ただ、台湾のバルン神話や朝鮮の龍女のように、若い女性が入水して池の主になる、という伝承も同時に存在したと思われる。おそらく、開拓神話と入水神話の中庸的に、太陽女神であった始祖女神が入水などで死んで水神になった、という神話も元はもっと明確にあったのだろう。古代エジプトでは太陽女神であった獅子女神が失踪し、戻ってきて水神(河馬)の女神になり、それがラーや人々の守護神になる、という太陽女神から守護的な水神までの連続した神話と、合成獣神の概念がある。これが何かの都合で作り替えられて、開拓女神である岩見の乙子狭姫になったり、もっと普遍的に物部氏系氏族の水神女神、例えば石上神宮の布留御魂大神、広瀬大社の若宇加能売命、紀伊の丹生都比売神などに変化し、物部氏や物部氏から派生した忌部氏の移動と共に各地に拡がったものと見られる。おそらく出雲の秋鹿女神も同様の水神女神と思われる。

豊穣の女神として[編集]

深淵之水夜礼花神には、水神に加えて豊受大神のような「豊穣の女神」としての性質もあると考える。広瀬大社では、松苗という松の葉を使った神物が「田の守り神(厄払いの神)」の具現のようにされているが、一御田神社では若い女性が稲の苗に変えて、祭祀で松葉を植えており、常緑樹の松葉が若い女神の豊穣性と関連性があるとされていることが分かる。物部氏系の思想がそのようなものなのだろう。常緑樹の「松」の化身ともいえる女神は、豊穣をもたらす女神であり、水神であるのだろう。女神の名前は少しずつ、あるいは大きく変化して各地に存在しているが、名前よりも性質に注目して、どのような氏族の女神なのかを考えるべきと考える。

富士信仰の女神として[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. 以下の位置に戻る: 1.0 1.1 國學院大学 古事記学センター 深淵之水夜礼花神
  2. 新潮日本古典集成 古事記
  3. 深淵神社、玄松子(最終閲覧日:25-02-18)
  4. 唐﨑神社、石川県神社庁(最終閲覧日:25-02-18)
  5. 村社白藤神社、神社拾遺(最終閲覧日:25-02-20)
  6. 美濃夜神社、延喜式神社の調査(最終閲覧日:25-02-20)
  7. 雲林院氏、武家家伝(最終閲覧日:25-02-20)
  8. 一御田神社、神社検索、県神社庁(最終閲覧日:25-02-20)
  9. 一御田神社、津市の文化財(最終閲覧日:25-02-20)
  10. 郷社 瀧川神社、お祭り三昧(最終閲覧日:25-02-18)
  11. 静岡県富士市瀧川神社の御朱印と竹採公園、風薫る御朱印巡り2、そらいろ(最終閲覧日:25-02-18)
  12. Wikipedia:富知六所浅間神社(最終閲覧日:25-02-19)