バルン
バルンは台湾原住民の伝承に登場する女神。ミャオ族神話のバロン、中国神話の女媧に相当すると考える。おそらく両神話の原型といえる伝承であろう。日本のいわゆる「蛇婿譚」とも類似している。
蛇と契ったバルン[編集]
台湾の東ルカ群タロマク社に次のような伝承がある。
昔バルンという娘がいた。ある日家族に「私は今夜結婚するので、灯りをつけてはならない。」と言った。家族はそれを不思議に思い、夜中にふいに灯りをつけたところ、娘の床の上に一匹の大蛇がいた。翌朝バルンは家を出て行ってしまった。家族はその後を追った。バルンはダルバリガンというところに行って池に入ってしまった。しばらくしてバルンは再び水面に現れると、家族に水瓶2個と、首飾り2個を土産に与えた。そして「猟に来るときは、温かい食事を持っていて私に供えるように。」と言った。これが私たちが家に蛇を飾るようになった故事である[1]。
私的解説[編集]
台湾のバルン神話は、三輪山の大物主と倭迹迹日百襲姫の婚姻譚に似る。こちらの場合、家族が娘の姿を見てはならないことになっている。そして、おそらくバルンは夫の後を追って入水したと思われるけれども、その点ははっきりしていない。彼女が「形見の品」として家族に首飾りなどを残すのは、朝鮮の伝承の「龍女」に似る。
そして、彼女に温かい食事を供すると、狩りの獲物が増えるとされている。この部分は、かつてバルンが狩猟民的な民族の「太陽女神」だったことの名残かと思う。温かい食事を求めるのは、温かいものでないと彼女を暑くできない、とされていたからかもしれないと思う。(彼女に対する生け贄を焼いたことの名残かとも考える。)
前半部分は、肥長比売の伝承よりはエンリルとニンリル的な雰囲気が良く出ている、と考える。バルンが湖に飛び込むのは、「大洪水」の暗喩も含まれているかと思う。オーストロネシア語族が中国本土を離れる際には、バロンとダロン、言い換えれば伏羲と女媧は、すでに「蛇形の神」とされていたことが分かる。
タロマク社のバルンと、ミャオ族のバロンは当然同じ起源の神と考える。
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ↑ 神々の物語、台湾原住民文学選5、紙村徹編、草風館、2006、p330-331