月夜見尊(海部氏)
日本神話には3柱の「月夜見尊」という男性形の月神がいるように思う。
である。海部氏の月神は、豊受大神との関係が深く、豊受大神が伊勢の外宮に祀られた際にも、外宮の北側に別宮として月夜見宮がもうけられ、月夜見尊(つきよみのみこと)が祭神とされている。月夜見宮(つきよみのみや)と外宮を結ぶ「神路通り(かみじどおり)」の中央は、夜更けに月夜見尊が白馬に姿を変えて外宮へ通う神の道とされ、真ん中を歩くのは避けるのが習わしである。いかにも月夜見尊が豊受大神の夫のように受け取れるが、それを示す神話がない。本項ではこの謎めいた「海部氏の月夜見尊」について述べてみたい。
厳密にいえば、浦嶋子は日下部首の先祖と言われている。しかし、伊勢神宮外宮における月夜見尊と豊受大神の関係からみて、彼らの関係は丹後半島に神々が座していたときから続いているものであり、宇良神社の月讀命と籠神社奥宮・真名井神社の豊受大神との間にも何らかの関係があったと考えるのは自然なのではないだろうか。
一目連
犬神から豚神へ、更に馬神そして龍神へ
伊勢神宮と同じ三重県にある多度大社は、名前からして海部氏の神社であり、海部氏とは台湾原住民アミ族タバロン社と神話的に連続性のある氏族と考える。なぜならタバロン社には海の向こうにある女人島から魚に乗って生還したというチマチウチウという青年の話があり、浦島太郎の物語と良く似ているからである。アミ族と海部氏(あまべ)の名前も似ているし、ヒッタイトにアルマという男性形の月神、古代エジプトにクヌムという男性形の月神がいるので、そもそも「アミ」とか「あま」という言葉が彼らの中では「男性形の月神」を指す言葉だったのではないか、と考える。アミ族の神々にはチマチウチウにあるように名前に「T」音がつく場合が多く、多度大社の名も例に漏れないように思う。
そして、中国語で豚のことを上代語で「トン(およそ***dun**(*tən)に近い音)」と呼んでいたので、チマチマチウがそもそも「豚神」であり「月神」だった可能性があるように思う。またこの名の子音を辿ると海部氏の祖神「倭(やまと)直(倭宿祢命)」に類する名と考えるので、台湾のアミ族の伝承にまでさかのぼると、倭直と浦島太郎は同起源のものだったことが分かる。
河姆渡文化の猪紋黒陶鉢はこれは「月神」のことと考える。中国の「桂男」の伝承は、「呉剛伐桂」といって呉剛という男が妻と浮気した相手を殺して、その罰に月に追放され、月の桂の木を切り倒さなければならなくなった、とされる。これは元は、呉剛という男が妻と間男を殺して、罰として呉剛も殺されたので、殺された妻を桂の木、間男を月神とした、という話と考える。そもそも「二人の夫を持つ女神」の神話は母系社会にさかのぼるものと考えられるので、多夫多妻的な結婚生活が当たり前であって、男が自分以外の男と関係を持ったからといって、嫉妬心から妻と相手の男を殺してしまったら、そちらの方が許されざる事態である。
おそらく、呉剛が月の神とされた二人の後を追いかけて月に昇り、木と化した妻神に暴力を振るい続ける、という神話は中国社会で父系が確立してきた後に付加されたもので、最初から呉剛のエピソードはついておらず、少なくとも河姆渡文化では付加されていなかったと思われる。
河姆渡文化でこの豚型の月神がなんと呼ばれていたのかは定かではないように思うけれども、チマチウチウの名から見て「トン」と呼ばれていたかもしれないと思う。豚神だから、単に「豚」なのである。では、アミとかアマという言葉はどこから来ているのだろうか。それは犬(quǎn)から来ているように思う。台湾の伝承にラオン(おそらく犬の意)という人物が犬獅子に変身して人妻と関係を持ち、その夫に殺されたという伝承がブヌン族にあるので、呉剛の原型は河姆渡文化の近隣の馬家浜文化では既に登場していると考えるが、河姆渡文化の方では異なる神話が語られていたと思われる。だいたい氏族の祖神として扱われるくらいの犬神なのだから「間男」なんてとんでもなく失礼な言い草であろう。
ともかく、アミ族の中では、彼らの先祖が中国大陸にいた時、河姆渡文化を形成していた時に、「月神」はすでに犬神から豚神に変更されていたと考える。台湾の伝承でもそこで止まってしまっているのだろう。ところで、台湾原住民の先祖が上海付近から海を越えて台湾に去った後、中国では遼河文明で「龍」という存在が誕生した。初期の竜神は「猪龍」といわれるくらい豚や猪に関連した顔をしていた。そして馬のたてがみを持っていたりしたから、「龍」というのは人工的に合成した「架空の動物神」で、主に豚神、馬神、蛇神を一つにまとめて「みな同じ機能を持つ神」としてものと考える。
伊勢神宮の外宮の月神は「白馬」をトーテムに持つが、もちろん日本で神社等の制度が確立して定まってきたのは古墳時代以降と思われるので、世界全体から見れば比較的新しい信仰体系といえる。そして「龍神」というものが発生した以降の神なので、この「馬神」は「豚神」でも「龍神」でも「同じ意味を持つ」といえるように思う。
多度大社がある「多度山」は、古くから神が鎮まる地とされており、その神の使いである「白馬」が人々に願いを届け、幸せを運ぶという「白馬伝説」が伝えられている。こちらの「白馬」も伊勢神宮の「白馬神」と根本的には「同じもの」で、元は豚神でもあり、龍神であっても「同じ意味」を持つ。すなわち、多度大社で「一目連」と呼ばれ、片目が潰れてしまった龍神とされる神が「白馬神」でもあると考える。なぜ彼が「片目」なのかといえば、河姆渡文化の猪紋黒陶鉢の豚神が「片目」だから、と述べるしかない。豚神の体に描かれた「目」は「桂の木」の目であって、豚神の「目」ではないのだろう。だから、「浮気をした」として殺された女神とその夫は、月で一体となって、彼らの「2つの目」のうち、一つは男神の目、一つは女神の目とされたのだと考える。
ただし、一目連をそのまま「月神」として良いかというとそうではない。この神は「天候(風)を司る神」とされて風神あるいは天候神の性質が強いからである。
実は雷神
一目連には「風神」としての性質が強いように思うけれども、伊勢には他に「伊勢津彦」という風神と思われる神の伝承があるので、一目連はむしろ本来の姿は「雷神」であって、その起源が「片目の月神」にあるので、片目なのだと考える。伊勢神宮の白馬が「月神」なら、多度大社の白馬は伊勢の月神から枝分かれした「雷神」ということである。アミ族タバロン社の伝承は、インド神話の神々とかなり近い相関があり、イラン・インド系の神話に「ヴァルナ対デーヴァ」の神話があるように台湾には「プユマ族対タバロン社」の戦いの神話がある。かつて「月神」が犬神であり月神であった時代に、そのまま月神として伝播したのがヒッタイトの月神アルマやエジプトの月神クヌムであると考える。ではインド神話ではどうなのかというと、アルマに相当する神は「インドラ」と考える。インドラは雷神としての性質が強い神である。またアルマ的な神の名は、ハヌマーン、ヘルメース、ヘミッツとなって各地に伝播し、神から人間の氏族・部族の族長まで多彩な姿で現されるようになったと考える。台湾の伝承ではプユマ族と戦った英雄の名としてテオイツとアラモルグッドという名が見える。またアタヤル族には「ブタ」という英雄の名が見えるので、彼らはそのままインド神話の「ティワズ(シヴァ)」「インドラ」「ヴァーユ」へと変化したと考える。テオイツやアラモルグッドは「空を飛ぶ英雄」とされており、その原型は「月神」でも良いし「風神」でもよいし「雷神」でも良いと考える。河姆渡文化の時代に月神そのものは「アルマ(犬)神」から「トン(豚)神」に変更されてしまったが、元の犬神は「人間の英雄」、「半神半人の英雄先祖」に姿を変えて生き残り、その性質がいくつかに分化して印欧語族の多彩な多神教の男神に変化していったと思われる。
だから日本の海部氏の「月神」は伊勢神宮の「白馬」という姿で残ったものと、もっと性質が変化して天候神のような「一目連(白馬神)」に枝分かれしていったものとに分けられると考える。おそらく、当初多度大社を祀った人達は、一目連と伊勢神宮の「月神」とは起源が同じ神だと知っていたのかもしれない。天から舞い降りてきて人々に幸せを持ってきてくれる、それが海部氏の「月神」だったのではないだろうか。
多度大社の名前から見れば、一目連とは「ティワズ」系の神であって、元々のトーテムは豚神だったと考える。伊勢神宮の月神に合わせて、トーテムを白馬に変更したのではないだろうか。
女神像の変遷
それは「桂」で良いのだろうか
河姆渡文化の「月神」は体内に植物の葉が描かれており、これは後の中国神話でいうところの「月の桂の木」の原型と考える。では、河姆渡文化でも「桂の木」と扱って良いのか、ということになる。
実はヒョウタン
台湾の伝承に、穀物の起源として以下のような話がある。
昔、二人の兄弟がいて、豚と瓢を所有していた。兄弟が畑仕事をしている間に、父親が豚を殺して食べようとしたが、他人から「それは不吉なことだ。もし無理矢理屠殺するのならば、私がおまえを殺そう。」と脅されて豚を殺すのを止めた。父が瓢に歌うと、瓢から粟・稗などの種が出た。これを子供達に与えて畑に撒かせた。これが粟・稗・豚の起源である[2]。
これは形が崩れているけれども、月に対して穀物の豊穣を願った祭祀の起源譚と考える。豚は月神であり、瓢神は後の中国神話で述べるところの「桂の木」であろう。豚神と瓢神は夫婦神であり、二柱揃って「月神」なのだ。人々が神々に穀物の豊穣を願う際に、神に見立てた動物を殺すのではなく、歌や音曲で神々を慰撫すると、月神たちの子供ともいうべき種類を与えてもらえる、という思想のように思う。種だけでなく、穀物がうまく育つように良天候まで求めるようになれば、彼らは単なる「月」を神格化したものではなく、天候神としての性質も併せ持つようになったであろう。
中国神話で「ヒョウタン」といったら伏羲・女媧神話で子供達がその中に潜って大洪水を逃れた、というアイテムである。子供達がそこから出てくる様は、「母の胎内から子供が生まれ出る図」でもある。「ヒョウタンの女神」が「月に生えている桂の木」の原型だとして、彼女は「人類の母神」というだけでなく、穀類を生み出してくれる母神でもあるし、穀類の生育にまで関わる神でもあったと思われる。そうすると夫神と同様「単なる月の神格化」ではなく天更神としての性質も帯びてくる。ヒョウタンとは「水をくむひしゃく」のことでもあり、これが「天水」をもたらしてくれる「ひしゃく」のことでもあれば、「北斗のひしゃく」の名の通り、彼女は月神としてだけでなく「北斗の女神」としての性質も持っていたと考えられる。そして、水神でもあるので、例えば火事などで「火の神」が暴走した時には、それを沈静化させる能力もあるとみなされたと考える。
こうして河姆渡文化の「豚と瓢」の一対の月神は単なる「神格化された月」にとどまらずその機能が拡張されていき、印欧語族を中心とした様々な多神教の父神・母神としての性質を獲得していったと思われる。穀物の豊穣をもたらしてくれる「豊受大神」とは、河姆渡文化における「月の瓢女神」であり、伏羲・女媧神話の「瓢女神」と根本的には「同じ女神」だったと考える。そして歌いかければ穀物を生み出してくれる「母神」なのだから、ハイヌウェレ型神話にみられる「バラバラにされて食物を生み出す母神」とは異なる性質の女神、と述べるしかない。ココヤシの女神ハイヌゥエレがバラバラにされるのは、呉剛が月で桂の木を際限なくバラバラにし続けている神話と関連すると思われ、呉剛神話の方が、妻をばらして穀物を得る記紀神話の須佐之男・月読命につながると考える。呉剛が妻を惨殺し続けるから人類は穀物を得ることができる、というおぞましい神話である。
一方歌や音曲に特に独特の霊的作用があり、神々や異類に訴えかけたり、交流することができる、とする思想も広く広まっている。男女が歌を交わす歌垣の思想、インドのラーマ王子、民話ウサギ番の若者が笛の名手であったり、その音曲の才能で動物や神々に訴えかけることができるとされたギリシア神話のオルフェウスの思想などである。日本でも古来より「和歌」には特別な霊力があると考えられており、例えば目上の人とか普段本音で話をすることが軽々しくできない立場の人が相手であっても、自らの思いや考えを和歌に託して訴えかけることは許される、と考えられていた。
馬の女神
西欧では「植物の母神」というものはあまり例がないように思う。ギリシア神話にアポローンに追いかけられて月桂樹と化してしまうダプネーの神話があるが、類似した名でも豊穣神として名高いのはデーメーテールの方である。デーメーテール女神のトーテムには「馬」があり、馬神としてはポセイドーンと対になる女神である。ただし、ポセイドーンから無理矢理関係を迫られた、と神話にありいわゆる「夫婦仲」は良くない。中国神話風に言えば、夫を気取る呉剛に暴力を振るわれ続ける方の「桂女神」の方がデーメーテールの原型と考える。しかし、ともかくデーメーテール女神の方は植物神ではなく、馬型あるいは人型として動き回る女神である。デーメーテールとポセイドーンの関係はローマ神話ではディアーヌとヒッポリュトスに移行すると思われる。デーメーテールもディアーヌも「女神の聖所とされる森の主人」とされる点は、彼女たちが植物神だった名残と考える。ヒッポリュトスは「殺されてしまう神」なので、呉剛ではなく、呉剛に殺されててしまう「間男」の側の神と考える。台湾の伝承でいう「豚を屠殺してはならない」とは、この「(殺された)月の父神を殺してはならない」という意味でもあるし、「彼を殺したことで豊穣を得られるという神話を許容してはならない」という意味でもあると考える。そして、これは広く「人身御供」の禁止にも通じる。ということは、呉剛的な「妻に暴力を振るう神」を採用しているギリシア神話や、代が変わるたびに先代のヒッポリュトスの生命を求めるネミの森の祭祀は「間違っている」とも感じられるのだが、ともかく西欧では、古くはヒョウタンだった「月の母神」は権威ある「太母」として馬型で現されることが多いように感じる。夫のトーテムがまず豚神から馬神に変更され、それが妻神にも作用して、彼女自身が馬神に変化し、自律した神として動き出すようになったのだ。
そして、伊勢神宮の月神、多度大社の神のトーテムが「馬」とされた点は、西欧の神話の影響がもしかしたらあるかもしれないと考える。記紀神話を成立させる際には、各氏族は自らの家伝を朝廷に提出しなければならなかったし、「何が自分たちの正しい神話なのか」という点を、広く各国の神話を収集して研究したのではないか、と想像する。そこで、日本の伝承の中には、明らかにイラン系であったり、ケルト系であったり、ゲルマン系であったりする伝承が入り交じっているのだ。古代の海部氏は、自分たちの神はいわゆる「デーヴァ」であって、「T」音を多用する神の名を持っている人々は、どんなに遠く離れた場所に住まう人達であっても、遠い「同族」であると割と認識していて、各国の神話の収集を積極的に行っていた時期があるのではないか、と思う。そこで、西欧の「植物神でもあり馬神でもある月の女神」とは「自分たちの瓢女神」だと理解しており、共通性を持たせるために「月神」のトーテムを「馬」と定めたのではないか、と思う。ということで、豊受大神のことを「馬の女神」とは言わないけれども、彼女は「殺されない女神」でもあって、その性質を定める際にはディアーヌ、デーメーテール、そして「馬の母」として有名なエポナなどが大きく参考にされたのではないか、と考える。
消された系図
月夜見尊と豊受大神が海部氏の祖神であれば、系図はどのようになるのだろうか。右図のように再現し、記紀神話等と比較してみた。海部氏の祖神とされる天火明命は社会の父系化に合わせて男神化したもので、元は天道日女命から分かれたものと考える。母系社会的に見れば、天道日女命が祖神なのであって、彼女が「太陽女神」であり、その両親とされるのが月夜見尊と豊受大神と考える。天道日女命は開拓神でもあり「養母としての女神」である。一方の豊受大神は本質的には「燃やされた女神」で植物神なのだけれども、西方の太母女神たちに合わせて、不死化させたものと考える。だから、天火明命は太陽女神を男性化した男性の太陽神でも良いし、父神と性質をそろえて月神でも良いし、むしろどちらともとれるような神に整えられている感がする。
一方、記紀神話では太陽女神の両親は伊邪那岐命・伊邪那美命である。伊邪那美命が豊受大神とほぼ同じ女神と考える。ただし、生まれたばかりの息子神を惨殺したり、妻を冥界に捨てて自分だけよみがえる伊邪那岐命は月夜見尊とは異なる神だし、月神ともされていない。伊邪那岐命は中国神話における「呉剛」に相当する神であって、中国では後に「黄帝」と呼ばれる神になるように思う。そして伊邪那岐命の息子神とされる須佐之男は、中国神話の少昊に相当する。中国神話における少昊は古代の帝王の一人とはされているけれども、父・黄帝の方が炎帝との戦い、蚩尤との戦いを勝ち抜いた強力な英雄とされているように思う。一方日本神話では、須佐之男は地上に追放されたとはいえ、現在でも八坂・津島を始めとして各地で祀られているし、父伊邪那岐命よりも強力な神とされているように思う。
ともかく、単純に言うと「親神」として見たときに、海部氏の父親神は「間男」とされてしまった「伯陵」なのであり、台湾の伝承で「人妻と関係した豚神」として殺されてしまった神なのである。一方、記紀神話の父親神・伊邪那岐命は暴力的で妻神に対して薄情なところがあり、こちらの原型は「間男と妻を惨殺した呉剛」と考えられる。賀茂氏系の神話と比較すると、伊邪那岐命と須佐之男の関係は、賀茂建角身命と別雷神に相当すると考える。賀茂氏の伝承では別雷神の父として他氏族の者と思われる「火雷神」が設定されているが、これが「伯陵」のことを指すのだろう。別雷神の母とされる玉依姫は別名を「葛媛」といったとも考えられ、太陽女神ではなく最初から月女神だったと考える。賀茂氏系の氏族と、海部氏ではいわゆる「祖母女神」はどちらも共通した同じ女神なのだけれども、台湾の伝承に「豚(呉剛)と犬(伯陵)の夫を持つ女神」があるように、子孫は互いに近縁であるにもかかわらず、どちらを父にする神話を持つかで非常に争いせめぎ合っていたのだ。それは「祭祀における人身御供を許容するか否か」において争うのと同じことになっていたから、単純に生物学的な父の争いにとどまらず、宗教的な思想と信念をかけた対立ともいえた。
そこで、記紀神話は対立する賀茂系氏族の神話と海部氏系氏族の神話の折衷をとり、太陽女神が広く信仰されていたことから、直接の皇祖神としては天照大御神(太陽女神)を採用したけれども、その両親神については、賀茂系の神話を採用し呉剛的な神を「伊邪那岐命」として定めたものと考える。賀茂氏系は「母神」であり「月女神」であった「葛媛」を「玉依姫」と改め、「月の女神が直接の祖神である。」という神話を放棄したものと思われる。一方の海部氏も「月女神」であった豊受大神を豊穣神に改め、結果として「月の神」は「男性形の月読命とする」と纏めたのだと考える。天照大御神を「総母神」とする代わりに、どちらの側も「月女神」を放棄したのだろう。ただし、賀茂氏系の側で「月神」を呉剛的な神に寄せようと画策する動きがあったので、その点でまた対立が生じることを恐れて、記紀神話における「月読命」はうっすらと須佐之男的な神話があるだけの名のみの神に留められることになったのだろう。そして、記紀神話に定められた以外の「月神」は男神も女神もおおむね各氏族の系図から削除されてしまったと思われるが、伊勢においては正史として書かれた言葉ではなく、神社の配置と口伝に本来の海部氏の伝承を残したものと考える。だから、記紀神話の月読命は、似てはいるのだけれども、海部氏の月夜見尊とは異なる神なのである。
そして、伊勢神宮とは内宮に娘・天照大御神、外宮に母・豊受大神と父・月夜見尊を祀った、まさに「海部氏的」な世界観で神々が配置された記紀神話とは異なる神社といえると考える。
参考文献
- 神の通うみち「神路通 (かみじどおり)」を歩いてみる、伊勢町づくり株式会社(最終閲覧日:26-02-09)
- 【桑名市多度】「午年」の2026年は「多度大社」へ!白馬伝説が伝わる多度大社の「馬」を徹底紹介!、観光三重(最終閲覧日:26-02-09)
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- 大林太良, 日本神話の起源
関連項目
起源
- 嫦娥;不老不死の薬を持って逃げた月の女神である。
注釈
私的注釈