伊邪那美命
伊邪那美命(いざなみのみこと、伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)は、日本神話の女神で神世七代の7代目(妹)。伊邪那岐命(伊邪那岐神、伊耶那岐命・いざなぎ)の妻。別名 黄泉津大神、道敷大神。神話においては皇室の先祖とされている。
神話のエピソード[編集]
天地開闢において神世七代の最後に伊邪那岐命とともに生まれた。伊邪那岐命とは夫婦となり[1]、オノゴロ島におりたち、国産み・神産みにおいて伊邪那岐命との間に日本国土を形づくる多数の子をもうける。その中には淡路島・隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更に山・海など森羅万象の神々を生んだ。
火之迦具土神(ひのかぐつち)(迦具土神)を産んだために陰部に火傷を負って病に臥し、亡くなるが、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生んだ。そして、火之迦具土神は伊邪那岐命に殺された。
亡骸は、『古事記』によれば出雲と伯伎(伯耆)の境の比婆山(現在の中国地方にある島根県安来市伯太町[2])に、『日本書紀』の一書によれば紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社[3])に葬られたという。
死後、伊邪那美命は自分に逢いに黄泉国までやってきた伊邪那岐命に腐敗した死体(自分)を見られたことに恥をかかされたと大いに怒り、恐怖で逃げる伊邪那岐命を1500の黄泉軍らに追わせ、最後は自ら追いかける。しかし、黄泉国と葦原中津国(地上)の間の黄泉路において葦原中国とつながっている黄泉比良坂(よもつひらさか)で、伊邪那美命に対して伊邪那岐命が1000人引きの大岩で道を塞ぎ会えなくしてしまう。伊邪那美命は閉ざされた大岩の向こうの夫にむかって「愛しい人よ、こんなひどいことをするなら私は1日に1000の人間を殺すでしょう」と叫ぶ[4]。伊邪那岐命は「愛しい人よ、それなら私は産屋を建てて1日に1500の子どもを産ませよう」と返した。そして伊邪那美命と伊邪那岐命は離縁した。
この後、伊邪那美命は黄泉の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神と呼ばれるようになった。
愛宕権現[編集]
神仏習合した愛宕権現信仰では、伊邪那美命を垂迹神として地蔵菩薩を本地仏とする[私注 1]。
名前の由来[編集]
「イザナ」は「誘う」の語幹、「ミ」は女性を表す語とする説[5]、また名前の「ナ」は助詞とする説[6]がある。
別名の黄泉津大神(よもつおおかみ)は黄泉国の主宰神の意、道敷大神(ちしきのおおかみ)は(黄泉比良坂で伊邪那岐命に)追いついた神という意味である[7]。 このように伊邪那美命の神名からは多様な性格が読み取れる。また、比較神話学の見地から見ると伊邪那美命・伊邪那岐命神話は各地の様々な神話を組み合わせて形成されたと考えられている[8]。
神陵・神社など[編集]
安来市の隣、松江市の揖夜神社付近には伊邪那美命と伊邪那岐命とが永遠の離別をした黄泉平坂の神蹟がある[9]。
伊邪那美命は創造神[3]として信仰されている。上記の神陵のほか、
- 比婆山久米神社(島根県安来市)[3] - 安来市の比婆山(331m)の麓にある神社。山頂には奥宮がある。
- 熊野神社(広島県庄原市) -広島県庄原市から島根県仁多郡奥出雲町にまたがる比婆山(1264m)の広島県側山麓にある遥拝神社。山頂には「比婆山御陵」がある。旧「比婆大社」。
- 熊野速玉大社(和歌山県新宮市)
- 熊野神社(東京都新宿区)
- 熊野神社(佐賀県武雄市)
- 熊野大社(島根県松江市)[10]
- 揖屋神社(島根県八束郡)[3]
- 花窟神社(三重県熊野市)[3]
- 神魂神社(島根県松江市)[11]
- 伊弉諾神宮(兵庫県淡路市)[3]
- 皇大神宮別宮の伊佐奈弥宮(三重県伊勢市)[6]
- 三峰神社(埼玉県秩父市)[3]
- 多賀大社(滋賀県犬上郡多賀町)[3]
- 筑波山神社(茨城県つくば市)[3]
- 闘鶏神社(鬪雞神社)(和歌山県田辺市)
- 熊野神社(千葉県四街道市)[12]
- 飯盛神社(福岡県福岡市)[13]
- 佐太神社(島根県松江市)[3]
- 二宮神社(静岡県掛川市)
- 伊射奈岐神社 (吹田市山田東)
- 伊射奈美神社 (美馬町・穴吹町 論社)(式内小社)
- 左右神社(千葉県香取郡東庄町)
- 波上宮(沖縄県那覇市)
- 山家神社(長野県上田市)
などで祀られている。
また、白山信仰において白山比咩命と同一視され、しばしば白山神社の主祭神または相殿神として祀られる。白山信仰の拠点とされた越前・加賀・美濃の”三馬場”と呼ばれる聖地のうち、越前馬場に相当する平泉寺白山神社では白山大権現を伊弉冊命とする(美濃馬場の長滝神社では主祭神である菊理姫命と伊弉諾命・伊弉冉命の両神を合祀する)。
墓所[編集]
伊邪那美命の墓所の伝承地は、日本神話に記される比婆山[14]や熊野市有馬のほか、雲伯国境を中心として日本各地にある[15]。宮内省は八雲村(現 松江市)の神納山を比定地の中で最も有力として「陵墓参考地」に認定し[16]、内務省は船通山の北にある御墓山を「伊弉冉尊御陵流伝地」に指定していた。
しかし、近世以降、古事記解読に初めて成功した本居宣長の古事記伝の話と、鉄製品を作る最良の砂鉄の産地は雲伯国境地帯であることから、島根県安来市伯太町のもの(比婆山久米神社)が支持されていた歴史があり、江戸時代、母里藩の古地図にも峯山大権現と記されているのが確認されている[17]。
さらには当地に伝承されてきた、たたら製鉄でつくり出される玉鋼は日本人の魂の象徴とされる日本刀の創始(安綱)ともかかわりが深く、最近では安本美典がこれら諸説を文献学的に比較し、島根/鳥取県境に最も近い安来のものを比定している[18]。
私的解説[編集]
伊邪那美命は日本では代表的な国土の創造神であるので、女媧型女神であるといえる。ただ、創造したのは国土であって、人の直接の創造神としての性質はほとんどない。これは元々伊邪那美命を奉じていた人々が渡来人あるいは渡来系の弥生人であったために、日本の国土に対する権利を主張することに神話の重点を置いており、特に先住の縄文系の人々の「創造」を自らの神の仕業として先住民を同列に置く意図がなかったからではないか、と管理人は考える。この点に、古代社会の平等というよりは、差別主義的な思想を既に感じる。
伊邪那美命は火之迦具土神を生んで亡くなるが、その後の神話の展開に「見るな」の禁忌が出てくることもあり、いわゆる「逃走女神」譚の一種となっていると考える。出産と火が夫との決別の起点となるところは豊玉毘売とも似ている。豊玉毘売も出産と「見るな」の禁忌が破られたことによって夫のもとを離れ、異界に去る。「逃走女神」の起源は中国神話の嫦娥と考える。嫦娥は不老不死の薬を持って、夫の羿の元から月へと出奔し、「月の女神」となる。伊邪那美命は黄泉の国へと出向き、最終的に「黄泉の女神」となる。日本神話では「月の神」は「月読命」とされて、男神と考えられている。月読命は「若返りの水の管掌者」と考えられており、「不老不死の薬」を所有していた嫦娥の性質を受け継いでいる。おそらく、弥生人の先祖は彼らが日本にやってくる以前に、「月の女神」としての嫦娥の神話を持っていたが、日本に到達する前に、「母神」かつ「冥界神」である伊邪那美命と、「月の神」の2つに分けられ、かつ「月の神」は啓思想1型の変換により、男神に変えられてしまったのであろう。そのため、伊邪那美命は「月の神」としての性質を失ってしまったものと思われる。
女性形の冥界神としては、メソポタミア神話のエレシュキガル、北欧神話のヘルがいる。これらの女神は最初から冥界神として存在していたように描かれているが、神話的起源は伊邪那美命と同じ可能性があると考える。
雷神の母、としての伊邪那美命であるが、「イザナミ」という名前の「イザ」は「イズ」、「イズチ」と同じ意味であって、「雷」を現す音と考える。「イザナミ」とは「雷のミ(女)」という意味ではなかろうか。管理人は「伊豆能売(イズノメ)」に近い名前と考える。伊邪那美命自身は雷神としての性質は現されていないが、名前からはかつては雷神であり、天候神としての性質を持った女神であることが窺える。その点に天候神であった西王母の性質がかすかに窺える。
全体から見れば、伊邪那美命は中国神話の嫦娥に近い女神で、創造神であり、かつ兄妹婚を行った女媧にも近い女媧型女神であるが、わずかに西王母型女神の片鱗が含まれた女神であると言える。
- 稚日女尊#私的解説・殺される女神:日本神話における「殺される女神」の考察
関連項目[編集]
- 神産巣日神:「母神」として伊邪那美命とほぼ同じ位置づけの神。
- 天照大御神:高御産巣日神らに仕える、とされている太陽女神。
- 月読命
- 逃走女神
- 豊玉毘売:出産と禁忌による離婚が共通している。
- 女媧
- 嫦娥:逃走女神である。
- 西王母
- 禁忌:「見るな」の禁忌あり。
- 愛宕権現
- サラマー:インド神話で日月の母となった女神。この日月は冥界神ヤマに仕える、とされている。高御産巣日神に仕える、とされている日本の日月と性質が一致している。ヤマはギリシア神話のラダマンティスと子音が一致し、死して冥界神の補佐役とされたミャオ族の饕餮と同じ神と思われる。
関連する女神[編集]
- 伊豆能売:邪気を払う女神。伊邪那美命の生き返り、という位置づけの女神かと。
外部リンク[編集]
- イザナギ・イザナミについて知りたい。 - レファレンス協同データベース
私的注釈[編集]
- ↑ 管理人は伊邪那美命が本来有していた「火」や「日」に関する神である性質、軍神としての性質が愛宕権現に変化した可能性はあるかもしれないと考える。
参照[編集]
- ↑ http://yasugi-kankou.com/index.php?view=5735, 国産みの女神・伊邪那美命(イザナミノミコト) : ようこそ安来へ, 安来市観光協会公式サイト, 2019-11-28
- ↑ http://www.jalan.net/kankou/320000/320100/spt_32322ag2130157250/, 比婆山久米神社 スポット詳細 じゃらん観光ガイド, リクルート, 日本語, 2012年1月7日
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 3.7 3.8 3.9 戸部民夫 『八百万の神々 日本の神霊たちのプロフィール』 新紀元社、78,83頁。
- ↑ 伊邪那岐命が単独で天照大御神(日の神)を生む前の発言としては明らかに不合理である。神産みの4番目に大戸日別神が生まれたが、一般的には家宅六神の一神とされる。『日本書紀』本文は伊邪那岐命と伊邪那美命が共に日と月の神を生み、日と月は天で並んでいたと記すが、一書では日と月が仲違いして昼と夜に分かれたと記している。
- ↑ 新潮社古典集成 古事記
- ↑ 6.0 6.1 薗田稔、茂木栄 『日本の神々の事典 神道祭祀と八百万の神々』 学研
- ↑ 島崎晋]『イラスト版 読み出したら止まらない古事記』 PHP研究所
- ↑ 少年社、後藤然、渡辺裕之、羽上田昌彦 『神道の本 八百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界』 学研
- ↑ http://www.shimane-shinwa.jp/data/?id=10, 揖夜神社 しまね神話データフォルダ 神々の国しまね~古事記1300年~スペシャルサイト, 島根県, 日本語, 2012年1月8日
- ↑ http://www.kumanotaisha.or.jp/main.htm, メインページ, 熊野大社, 日本語, 2012年1月8日
- ↑ http://www.rurubu.com/sight/detail.aspx?BookID=A4303510, 神魂神社 松江市の観光スポット:るるぶ.com, JTBパブリッシング, 日本語, 2012年1月8日
- ↑ http://www.city.yotsukaido.chiba.jp/miryoku/smile/kanko/matsuri_geinou/ysangyokamezakibaya.html, 亀崎ばやし 四街道市, 四街道市, 日本語, 2012年1月8日
- ↑ http://www.iimorijinja.jp/yuisyo.files/h02enkaku.htm, 飯盛神社 由緒沿革, 飯盛神社, 日本語, 2012年1月8日
- ↑ これも、中国地方の島根県安来市伯太町、広島県庄原市ほか比定地が複数ある。
- ↑ 高平鳴海、女神探究会 『女神』 新紀元社
- ↑ http://furusato.sanin.jp/p/mysterious/matsue/9/, 岩坂陵墓参考地(いわさかりょうぼさんこうち), 中海・宍道湖・大山圏域観光連携事業推進協議会, 日本語, 2012年1月9日
- ↑ http://www.shimane-shinwa.jp/data/?id=8, 比婆山 しまね神話データフォルダ 神々の国しまね~古事記1300年~スペシャルサイト, 島根県, 日本語, 2012年1月8日
- ↑ 安本美典著『邪馬台国と出雲神話』。