「月夜見尊(海部氏)」の版間の差分

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一方歌や音曲に特に独特の霊的作用があり、神々や異類に訴えかけたり、交流することができる、とする思想も広く広まっている。男女が歌を交わす歌垣の思想、インドのラーマ王子、民話ウサギ番の若者が笛の名手であったり、その音曲の才能で動物や神々に訴えかけることができるとされたギリシア神話のオルフェウスの思想などである。日本でも古来より「和歌」には特別な霊力があると考えられており、例えば目上の人とか普段本音で話をすることが軽々しくできない立場の人が相手であっても、自らの思いや考えを和歌に託して訴えかけることは許される、と考えられていた。
 
一方歌や音曲に特に独特の霊的作用があり、神々や異類に訴えかけたり、交流することができる、とする思想も広く広まっている。男女が歌を交わす歌垣の思想、インドのラーマ王子、民話ウサギ番の若者が笛の名手であったり、その音曲の才能で動物や神々に訴えかけることができるとされたギリシア神話のオルフェウスの思想などである。日本でも古来より「和歌」には特別な霊力があると考えられており、例えば目上の人とか普段本音で話をすることが軽々しくできない立場の人が相手であっても、自らの思いや考えを和歌に託して訴えかけることは許される、と考えられていた。
  
=== 『続日本紀』 ===
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=== 馬の女神 ===
日本書紀に続く六国史の第二にあたる続日本紀には、光仁天皇の時代に、暴風雨が吹き荒れたのでこれを卜したところ、伊勢の月読神が祟りしたという結果が出たので、毎年九月に荒祭(あらまつり)神にならって''''''を奉るようになったとある<ref>『古代日本の月信仰と再生思想』276頁。</ref><ref group="私注">月読命が馬と関連すると考えられていたのではないだろうか。天候神としての性質もあるとみなされていたようである。</ref>。
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西欧では「植物の母神」というものはあまり例がないように思う。ギリシア神話にアポローンに追いかけられて月桂樹と化してしまうダプネーの神話があるが、類似した名でも豊穣神として名高いのはデーメーテールの方である。デーメーテール女神のトーテムには「馬」があり、馬神としてはポセイドーンと対になる女神である。ただし、ポセイドーンから無理矢理関係を迫られた、と神話にありいわゆる「夫婦仲」は良くない。中国神話風に言えば、夫を気取る呉剛に暴力を振るわれ続ける方の「桂女神」の方がデーメーテールの原型と考える。しかし、ともかくデーメーテール女神の方は植物神ではなく、馬型あるいは人型として動き回る女神である。デーメーテールとポセイドーンの関係はローマ神話ではディアーヌとヒッポリュトスに移行すると思われる。デーメーテールもディアーヌも「女神の聖所とされる''''''の主人」とされる点は、彼女たちが植物神だった名残と考える。ヒッポリュトスは「殺されてしまう神」なので、呉剛ではなく、呉剛に殺されててしまう「間男」の側の神と考える。台湾の伝承で「'''豚を屠殺してはならない'''」とは、この「'''(殺された)月の父神を殺してはならない'''」という意味でもあるし、「'''彼を殺したことで豊穣を得られるという神話を許容してはならない'''」という意味でもあると考える。ということは、呉剛的な「妻に暴力を振るう神」を採用しているギリシア神話や、代が変わるたびに先代のヒッポリュトスの生命を求めるネミの森の祭祀は「間違っている」とも感じられるのだが、ともかく西欧では、古くはヒョウタンだった「月の母神」は権威ある「太母」として馬型で現されることが多いように感じる。夫のトーテムが妻神にも作用して、彼女自身が馬神に変化し、自律した神として動き出すようになったのだ。
  
==== 私的解説 ====
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そして、伊勢神宮の月神、多度大社の神のトーテムが「馬」とされた点は、西欧の神話の影響がもしかしたらあるかもしれないと考える。記紀神話を成立させる際には、各氏族は自らの家伝を調停に提出しなければならなかったし、「何が自分たちの正しい神話なのか」という点を、広く各国の神話を収集して研究したのではないか、と想像する。そこで、日本の伝承の中には、明らかにイラン系であったり、ケルト系であったり、ゲルマン系であったりする伝承が入り交じっているのだ。古代の海部氏は、自分たちの神はいわゆる「デーヴァ」であって、「T」音を多用する神の名を持っている人々は、どんなに遠く離れた場所に住まう人達であっても、遠い「同族」であると割と認識していて、各国の神話の収集を積極的に行っていた時期があるのではないか、と思う。そこで、西欧の「植物神でもあり馬神でもある月の女神」とは「自分たちの瓢女神」だと理解しており、共通性を持たせるために「月神」のトーテムを「馬」と定めたのではないか、と思う。ということで、豊受大神のことを「馬の女神」とは言わないけれども、彼女は「殺されない女神」でもあって、その性質を定める際にはディアーヌ、デーメーテール、そして「馬の母」として有名なエポナなどが大きく参考にされたのではないか、と考える。
月読命が祟りを起こす「怨霊」的な神であったり、生贄として「'''馬'''」を求める神であったことが分かる。馬というのは中国神話では「馬頭娘」や「河馬」「龍」に関係するトーテムであって、[[伏羲]]を指すことが多いと考える。月読命が「[[伏羲型神]]」を生贄に求める神であるならば、[[伏羲]]を頂点とする父系的な神話と'''対立する'''神の名残である可能性があるように思う。
 
  
=== 『風土記』 ===
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{{デフォルトソート:つくよみあまへし}}
==== 山城国風土記 ====
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[[Category:日本神話]]
逸文だが「桂里」でも、「月読尊」が[[天照大御神|天照大神]]の勅を受けて、豊葦原の中つ国に下り、[[保食神]]のもとに至ったとき、湯津桂に寄って立ったという伝説があり、そこから「桂里」という地名が起こったと伝えている。月と'''桂'''を結びつける伝承はインドから古代中国を経て日本に伝えられたと考えられており<ref>村上健司編著, 村上健司, 日本妖怪大事典, 角川書店, Kwai books, 2005-07, page95, isbn:978-4-04-883926-6</ref>、万葉集にも月人と桂を結びつけた歌がある(「'''[[桂男]]'''」、「[[月読神社 (京都市)]]」参照のこと)。また、日本神話において桂と関わる神は複数おり、例えば古事記からは、天神から[[アメノワカヒコ|天若日子]]のもとに使わされた雉の[[鳴女]]や、兄の鉤をなくして海神の宮に至った[[山幸彦と海幸彦|山幸彦]]が挙げられる。
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[[Category:月神]]
 
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[[Category:医薬神]]
==== 出雲国風土記 ====
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[[Category:樹木神]]
: 千酌(ちくみ)の驛家(うまや)郡家(こおりのみやけ)の東北のかた一十七里一百八十歩なり。伊佐奈枳命(いざなきのみこと)の御子、「'''都久豆美命'''(つくつみのみこと)」、此處に坐す。然れば則ち、都久豆美と謂ふべきを、今の人猶千酌と號くるのみ。
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[[Category:桂]]
 
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[[Category:天候神]]
ただし、都久豆美命は渡津の守護の月神で、古くから千酌を守る土着神だったが、朝廷の支配が強まったため土地の人々が伊佐奈枳の子としたのであり、月読命とは関係ないとする説がある<ref>武光誠, 出雲王国の正体 - 日本最古の神政国家, PHP研究所, 2013-04, isbn:978-4-569-81218-2, pages29,32 </ref>。
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[[Category:馬]]
 
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[[Category:]]
=== 『万葉集』 ===
 
万葉集の歌の中では、「ツキヨミ」或いは「ツキヨミオトコ(月読壮士)」という表現で現れてくる。これは単なる月の比喩(擬人化)としてのものと、神格としてのものと二種の性格が読みとれる。また「ヲチミヅ([[変若水]])」=ヲツ即ち'''若返りの水の管掌者'''として現れ、「月と不死」の信仰として沖縄における「スデミヅ」との類似性がネフスキーや折口信夫、石田英一郎によって指摘されている<ref group="私注">中国神話では「不老不死の薬」は[[西王母]]の持ち物である。[[嫦娥]]はこれを盗んで月に逃げ、月の女神になった、とされる。中国神話では、月の[[不老不死の薬]]は兎が'''桂の木の葉を杵でついて'''作る、とされており、「月の不死の桂の木」と月読命との関連性が示唆される。</ref>。
 
 
 
なお、万葉集の歌には月を擬人化した例として、他に「月人」や「ささらえ壮士」などの表現が見られる。
 
 
 
=== 『その他の文献』 ===
 
==== 皇太神宮儀式帳 ====
 
: 月讀命。御形ハ'''馬ニ乘ル男ノ形'''。紫ノ御衣ヲ着、金作ノ太刀ヲ佩キタマフ。
 
と記しており、記紀神話では性別に関する記述の一切無い月読命が、'''太刀を佩いた騎馬の男'''の姿とされている。
 
 
 
==== 花喜山城光寺縁起・慈住寺縁起 ====
 
[[天照大御神|天照大神]]が八上行幸の際、行宮にふさわしい地を探したところ、一匹の白兎が現れた。白兎は[[天照大御神|天照大神]]の御装束を銜えて、霊石山頂付近の平地、現在の伊勢ヶ平まで案内し、そこで姿を消した。'''白兎は月読尊のご神体'''で、その後これを道祖白兎大明神と呼び、中山の尾続きの四ケ村の氏神として崇めたという<ref>月読命には兎のトーテムがあるようである。また、道祖神的な機能もあるようである。</ref>。
 
  
 
== ツクヨミの表記 ==
 
== ツクヨミの表記 ==

2026年2月9日 (月) 11:51時点における版

日本神話には3柱の「月夜見尊」という男性形の月神がいるように思う。

  • 記紀神話の月読命
  • 賀茂系の神と思われる天月神命
  • 丹後半島海部氏の伝承的人物「浦嶋子」の祖神とされる月讀命(宇良神社の表記による)

である。海部氏の月神は、豊受大神との関係が深く、豊受大神が伊勢の外宮に祀られた際にも、外宮の北側に別宮として月夜見宮がもうけられ、月夜見尊(つきよみのみこと)が祭神とされている。月夜見宮(つきよみのみや)と外宮を結ぶ「神路通り(かみじどおり)」の中央は、夜更けに月夜見尊が白馬に姿を変えて外宮へ通う神の道とされ、真ん中を歩くのは避けるのが習わしである。いかにも月夜見尊が豊受大神の夫のように受け取れるが、それを示す神話がない。本項ではこの謎めいた「海部氏の月夜見尊」について述べてみたい。

厳密にいえば、浦嶋子は日下部首の先祖と言われている。しかし、伊勢神宮外宮における月夜見尊と豊受大神の関係からみて、彼らの関係は丹後半島に神々が座していたときから続いているものであり、宇良神社の月讀命と籠神社奥宮・真名井神社の豊受大神との間にも何らかの関係があったと考えるのは自然なのではないだろうか。

一目連

猪紋黒陶鉢
新石器時代(河姆渡文化)、1977年浙江省余姚河姆渡文化遺跡出、陶器、高さ11.7cm、口径21.7cm、底径17.5cm、浙江省博物館所蔵[1]
図1、馬のたてがみを持つ玉竜。紅山文化の出土品。

犬神から豚神へ、更に馬神そして龍神へ

伊勢神宮と同じ三重県にある多度大社は、名前からして海部氏の神社であり、海部氏とは台湾原住民アミ族タバロン社と神話的に連続性のある氏族と考える。なぜならタバロン社には海の向こうにある女人島から魚に乗って生還したというチマチウチウという青年の話があり、浦島太郎の物語と良く似ているからである。アミ族と海部氏(あまべ)の名前も似ているし、ヒッタイトにアルマという男性形の月神、古代エジプトにクヌムという男性形の月神がいるので、そもそも「アミ」とか「あま」という言葉が彼らの中では「男性形の月神」を指す言葉だったのではないか、と考える。アミ族の神々にはチマチウチウにあるように名前に「T」音がつく場合が多く、多度大社の名も例に漏れないように思う。

そして、中国語で豚のことを上代語で「トン(およそ***dun**(*tən)に近い音)」と呼んでいたので、チマチマチウがそもそも「豚神」であり「月神」だった可能性があるように思う。またこの名の子音を辿ると海部氏の祖神「倭(やまと)直」に類する名と考えるので、台湾のアミ族の伝承にまでさかのぼると、倭直と浦島太郎は同起源のものだったことが分かる。

河姆渡文化の猪紋黒陶鉢はこれは「月神」のことと考える。中国の「桂男」の伝承は、「呉剛伐桂」といって呉剛という男が妻と浮気した相手を殺して、その罰に月に追放され、月の桂の木を切り倒さなければならなくなった、とされる。これは元は、呉剛という男が妻と間男を殺して、罰として呉剛も殺されたので、殺された妻を桂の木、間男を月神とした、という話と考える。そもそも「二人の夫を持つ女神」の神話は母系社会にさかのぼるものと考えられるので、多夫多妻的な結婚生活が当たり前であって、男が自分以外の男と関係を持ったからといって、嫉妬心から妻と相手の男を殺してしまったら、そちらの方が許されざる事態である。

おそらく、呉剛が月の神とされた二人の後を追いかけて月に昇り、木と化した妻神に暴力を振るい続ける、という神話は中国社会で父系が確立してきた後に付加されたもので、最初から呉剛のエピソードはついておらず、少なくとも河姆渡文化では付加されていなかったと思われる。

河姆渡文化でこの豚型の月神がなんと呼ばれていたのかは定かではないように思うけれども、チマチウチウの名から見て「トン」と呼ばれていたかもしれないと思う。豚神だから、単に「豚」なのである。では、アミとかアマという言葉はどこから来ているのだろうか。それは犬(quǎn)から来ているように思う。台湾の伝承にラオン(おそらく犬の意)という人物が犬獅子に変身して人妻と関係を持ち、その夫に殺されたという伝承がブヌン族にあるので、呉剛の原型は河姆渡文化の近隣の馬家浜文化では既に登場していると考えるが、河姆渡文化の方では異なる神話が語られていたと思われる。だいたい氏族の祖神として扱われるくらいの犬神なのだから「間男」なんてとんでもなく失礼な言い草であろう。

ともかく、アミ族の中では、彼らの先祖が中国大陸にいた時、河姆渡文化を形成していた時に、「月神」はすでに犬神から豚神に変更されていたと考える。台湾の伝承でもそこで止まってしまっているのだろう。ところで、台湾原住民の先祖が上海付近から海を越えて台湾に去った後、中国では遼河文明で「龍」という存在が誕生した。初期の竜神は「猪龍」といわれるくらい豚や猪に関連した顔をしていた。そして馬のたてがみを持っていたりしたから、「龍」というのは人工的に合成した「架空の動物神」で、主に豚神、馬神、蛇神を一つにまとめて「みな同じ機能を持つ神」としてものと考える。

伊勢神宮の外宮の月神は「白馬」をトーテムに持つが、もちろん日本で神社等の制度が確立して定まってきたのは古墳時代以降と思われるので、世界全体から見れば比較的新しい信仰体系といえる。そして「龍神」というものが発生した以降の神なので、この「馬神」は「豚神」でも「龍神」でも「同じ意味を持つ」といえるように思う。

多度大社がある「多度山」は、古くから神が鎮まる地とされており、その神の使いである「白馬」が人々に願いを届け、幸せを運ぶという「白馬伝説」が伝えられている。こちらの「白馬」も伊勢神宮の「白馬神」と根本的には「同じもの」で、元は豚神でもあり、龍神であっても「同じ意味」を持つ。すなわち、多度大社で「一目連」と呼ばれ、片目が潰れてしまった龍神とされる神が「白馬神」でもあると考える。なぜ彼が「片目」なのかといえば、河姆渡文化の猪紋黒陶鉢の豚神が「片目」だから、と述べるしかない。豚神の体に描かれた「目」は「桂の木」の目であって、豚神の「目」ではないのだろう。だから、「浮気をした」として殺された女神とその夫は、月で一体となって、彼らの「2つの目」のうち、一つは男神の目、一つは女神の目とされたのだと考える。

ただし、一目連をそのまま「月神」として良いかというとそうではない。この神は「天候(風)を司る神」とされて風神あるいは天候神の性質が強いからである。

実は雷神

一目連には「風神」としての性質が強いように思うけれども、伊勢には他に「伊勢津彦」という風神と思われる神の伝承があるので、一目連はむしろ本来の姿は「雷神」であって、その起源が「片目の月神」にあるので、片目なのだと考える。伊勢神宮の白馬が「月神」なら、多度大社の白馬は伊勢の月神から枝分かれした「雷神」ということである。アミ族タバロン社の伝承は、インド神話の神々とかなり近い相関があり、イラン・インド系の神話に「ヴァルナ対デーヴァ」の神話があるように台湾には「プユマ族対タバロン社」の戦いの神話がある。かつて「月神」が犬神であり月神であった時代に、そのまま月神として伝播したのがヒッタイトの月神アルマやエジプトの月神クヌムであると考える。ではインド神話ではどうなのかというと、アルマに相当する神は「インドラ」と考える。インドラは雷神としての性質が強い神である。またアルマ的な神の名は、ハヌマーン、ヘルメース、ヘミッツとなって各地に伝播し、神から人間の氏族・部族の族長まで多彩な姿で現されるようになったと考える。台湾の伝承ではプユマ族と戦った英雄の名としてテオイツとアラモルグッドという名が見える。またアタヤル族には「ブタ」という英雄の名が見えるので、彼らはそのままインド神話の「ティワズ(シヴァ)」「インドラ」「ヴァーユ」へと変化したと考える。テオイツやアラモルグッドは「空を飛ぶ英雄」とされており、その原型は「月神」でも良いし「風神」でもよいし「雷神」でも良いと考える。河姆渡文化の時代に月神そのものは「アルマ(犬)神」から「トン(豚)神」に変更されてしまったが、元の犬神は「人間の英雄」、「半神半人の英雄先祖」に姿を変えて生き残り、その性質がいくつかに分化して印欧語族の多彩な多神教の男神に変化していったと思われる。

だから日本の海部氏の「月神」は伊勢神宮の「白馬」という姿で残ったものと、もっと性質が変化して天候神のような「一目連(白馬神)」に枝分かれしていったものとに分けられると考える。おそらく、当初多度大社を祀った人達は、一目連と伊勢神宮の「月神」とは起源が同じ神だと知っていたのかもしれない。天から舞い降りてきて人々に幸せを持ってきてくれる、それが海部氏の「月神」だったのではないだろうか。

多度大社の名前から見れば、一目連とは「ティワズ」系の神であって、元々のトーテムは豚神だったと考える。伊勢神宮の月神に合わせて、トーテムを白馬に変更したのではないだろうか。

女神像の変遷

それは「桂」で良いのだろうか

河姆渡文化の「月神」は体内に植物の葉が描かれており、これは後の中国神話でいうところの「月の桂の木」の原型と考える。では、河姆渡文化でも「桂の木」と扱って良いのか、ということになる。

実はヒョウタン

台湾の伝承に、穀物の起源として以下のような話がある。

昔、二人の兄弟がいて、豚と瓢を所有していた。兄弟が畑仕事をしている間に、父親が豚を殺して食べようとしたが、他人から「それは不吉なことだ。もし無理矢理屠殺するのならば、私がおまえを殺そう。」と脅されて豚を殺すのを止めた。父が瓢に歌うと、瓢から粟・稗などの種が出た。これを子供達に与えて畑に撒かせた。これが粟・稗・豚の起源である[2]

これは形が崩れているけれども、月に対して穀物の豊穣を願った祭祀の起源譚と考える。豚は月神であり、瓢神は後の中国神話で述べるところの「桂の木」であろう。豚神と瓢神は夫婦神であり、二柱揃って「月神」なのだ。人々が神々に穀物の豊穣を願う際に、神に見立てた動物を殺すのではなく、歌や音曲で神々を慰撫すると、月神たちの子供ともいうべき種類を与えてもらえる、という思想のように思う。種だけでなく、穀物がうまく育つように良天候まで求めるようになれば、彼らは単なる「月」を神格化したものではなく、天候神としての性質も併せ持つようになったであろう。

中国神話で「ヒョウタン」といったら伏羲・女媧神話で子供達がその中に潜って大洪水を逃れた、というアイテムである。子供達がそこから出てくる様は、「母の胎内から子供が生まれ出る図」でもある。「ヒョウタンの女神」が「月に生えている桂の木」の原型だとして、彼女は「人類の母神」というだけでなく、穀類を生み出してくれる母神でもあるし、穀類の生育にまで関わる神でもあったと思われる。そうすると夫神と同様「単なる月の神格化」ではなく天更神としての性質も帯びてくる。ヒョウタンとは「水をくむひしゃく」のことでもあり、これが「天水」をもたらしてくれる「ひしゃく」のことでもあれば、「北斗のひしゃく」の名の通り、彼女は月神としてだけでなく「北斗の女神」としての性質も持っていたと考えられる。そして、水神でもあるので、例えば火事などで「火の神」が暴走した時には、それを沈静化させる能力もあるとみなされたと考える。

こうして河姆渡文化の「豚と瓢」の一対の月神は単なる「神格化された月」にとどまらずその機能が拡張されていき、印欧語族を中心とした様々な多神教の父神・母神としての性質を獲得していったと思われる。穀物の豊穣をもたらしてくれる「豊受大神」とは、河姆渡文化における「月の瓢女神」であり、伏羲・女媧神話の「瓢女神」と根本的には「同じ女神」だったと考える。そして歌いかければ穀物を生み出してくれる「母神」なのだから、ハイヌウェレ型神話にみられる「バラバラにされて食物を生み出す母神」とは異なる性質の女神、と述べるしかない。ココヤシの女神ハイヌゥエレがバラバラにされるのは、呉剛が月で桂の木を際限なくバラバラにし続けている神話と関連すると思われ、呉剛神話の方が、妻をばらして穀物を得る記紀神話の須佐之男・月読命につながると考える。呉剛が妻を惨殺し続けるから人類は穀物を得ることができる、というおぞましい神話である。

一方歌や音曲に特に独特の霊的作用があり、神々や異類に訴えかけたり、交流することができる、とする思想も広く広まっている。男女が歌を交わす歌垣の思想、インドのラーマ王子、民話ウサギ番の若者が笛の名手であったり、その音曲の才能で動物や神々に訴えかけることができるとされたギリシア神話のオルフェウスの思想などである。日本でも古来より「和歌」には特別な霊力があると考えられており、例えば目上の人とか普段本音で話をすることが軽々しくできない立場の人が相手であっても、自らの思いや考えを和歌に託して訴えかけることは許される、と考えられていた。

馬の女神

西欧では「植物の母神」というものはあまり例がないように思う。ギリシア神話にアポローンに追いかけられて月桂樹と化してしまうダプネーの神話があるが、類似した名でも豊穣神として名高いのはデーメーテールの方である。デーメーテール女神のトーテムには「馬」があり、馬神としてはポセイドーンと対になる女神である。ただし、ポセイドーンから無理矢理関係を迫られた、と神話にありいわゆる「夫婦仲」は良くない。中国神話風に言えば、夫を気取る呉剛に暴力を振るわれ続ける方の「桂女神」の方がデーメーテールの原型と考える。しかし、ともかくデーメーテール女神の方は植物神ではなく、馬型あるいは人型として動き回る女神である。デーメーテールとポセイドーンの関係はローマ神話ではディアーヌとヒッポリュトスに移行すると思われる。デーメーテールもディアーヌも「女神の聖所とされるの主人」とされる点は、彼女たちが植物神だった名残と考える。ヒッポリュトスは「殺されてしまう神」なので、呉剛ではなく、呉剛に殺されててしまう「間男」の側の神と考える。台湾の伝承で「豚を屠殺してはならない」とは、この「(殺された)月の父神を殺してはならない」という意味でもあるし、「彼を殺したことで豊穣を得られるという神話を許容してはならない」という意味でもあると考える。ということは、呉剛的な「妻に暴力を振るう神」を採用しているギリシア神話や、代が変わるたびに先代のヒッポリュトスの生命を求めるネミの森の祭祀は「間違っている」とも感じられるのだが、ともかく西欧では、古くはヒョウタンだった「月の母神」は権威ある「太母」として馬型で現されることが多いように感じる。夫のトーテムが妻神にも作用して、彼女自身が馬神に変化し、自律した神として動き出すようになったのだ。

そして、伊勢神宮の月神、多度大社の神のトーテムが「馬」とされた点は、西欧の神話の影響がもしかしたらあるかもしれないと考える。記紀神話を成立させる際には、各氏族は自らの家伝を調停に提出しなければならなかったし、「何が自分たちの正しい神話なのか」という点を、広く各国の神話を収集して研究したのではないか、と想像する。そこで、日本の伝承の中には、明らかにイラン系であったり、ケルト系であったり、ゲルマン系であったりする伝承が入り交じっているのだ。古代の海部氏は、自分たちの神はいわゆる「デーヴァ」であって、「T」音を多用する神の名を持っている人々は、どんなに遠く離れた場所に住まう人達であっても、遠い「同族」であると割と認識していて、各国の神話の収集を積極的に行っていた時期があるのではないか、と思う。そこで、西欧の「植物神でもあり馬神でもある月の女神」とは「自分たちの瓢女神」だと理解しており、共通性を持たせるために「月神」のトーテムを「馬」と定めたのではないか、と思う。ということで、豊受大神のことを「馬の女神」とは言わないけれども、彼女は「殺されない女神」でもあって、その性質を定める際にはディアーヌ、デーメーテール、そして「馬の母」として有名なエポナなどが大きく参考にされたのではないか、と考える。

ツクヨミの表記

一般的にはツクヨミと言われるが、月読を祀る神社はツキヨミと表記している。 古事記では「月讀命」のみであるが、日本書紀・第五段の本文には、「月神【一書云、月弓尊、月夜見尊、月讀尊】」と複数の表記がなされている。万葉集では、月を指して「月讀壮士(ツキヨミオトコ)」、「月人壮士(ツキヒトオトコ)」「月夜見」などとも詠まれている。逸文ではあるが山城国風土記には「月讀尊」とある。

なお、「ツクヨミ」の上代特殊仮名遣を表記ごとにまとめると、以下のようになっている。

『古事記』
  • 月読 ヨ乙・ミ甲
『日本書紀』
  • 月読 ヨ乙・ミ甲 .月弓 ユ―・ミ甲 .月夜見 ヨ甲・ミ甲
『万葉集』
  • 月読 ヨ乙・ミ甲 .月夜見 ヨ甲・ミ甲 .月余美 ヨ乙・ミ甲

以上のように、『記紀万葉』においてツクヨミの「ミ」はいずれも甲類で一致しているが、ヨの甲乙は両方にまたがり、「ユ」の例すらある。

ヨ、ユ音に着目して表記例をまとめると、

  • ヨ乙 月読、月余美 .ヨ甲 月夜見 .ユ 月弓

に分かれる。

ツクヨミの名義

ツクヨミの神名については、複数の由来説が成り立つ。

まず、最も有力な説として、「月を読む」ことから暦と結びつける由来説がある[3]。上代特殊仮名遣では、「暦や月齢を数える」ことを意味する「読み」の訓字例「余美・餘美」がいずれもヨ乙類・ミ甲類で「月読」と一致していることから、ツクヨミの原義は、日月を数える「読み」から来たものと考えられる。例えば暦=コヨミは、「日を読む」すなわち「日数み(カヨミ)」である[4]のに対して、ツキヨミもまた月を読むことにつながる。

「読む」は、『万葉集』にも「月日を読みて」「月読めば」など時間(日月)を数える意味で使われている例があり、また暦の歴史を見ると、月の満ち欠けや運行が暦の基準として用いられており、世界的に太陰暦が太陽暦に先行して発生した。「一月二月」という日の数え方にもその名残があるように、月と暦は非常に関係が深いつまり、ツクヨミは日月を数えることから、暦を司る神格であろうと解釈されている[3]

その他にも、海神のワタツミ、山神のオオヤマツミと同じく、「ツクヨのミ」(「ツクヨ」が月で「ミ」は神霊の意)から「月の神」の意とする説がある[5]

このようにはっきりと甲乙の異なる「ヨ」や、発音の異なる「ユ」の表記が並行して用いられていること、そして『記紀万葉』のみならず『延喜式』などやや後世の文献でも数通りの呼称があり、表記がどれかに収束することなく、ヨの甲乙が異なる「月読」と「月夜見」表記が並行して用いられている。

『万葉集』におけるツクヨミを詠んだ歌

  • 巻四・六七〇 月讀の 光に来ませ 足疾(あしひき)の 山寸(やまき)隔(へ)なりて 遠からなくに
  • 巻四・六七一 月讀の光は清く 照らせれど 惑へるこころ 思ひあへなくに
  • 巻六・九八五 天に座す 月讀壮士 幣(まひ)はせむ 今夜の長さ 五百夜継ぎこそ
  • 巻七・一〇七五 海原の 道遠みかも 月讀の 明(ひかり)少なき 夜は更けにつつ
  • 巻七・一三七二 み空ゆく 月讀壮士 夕去らず 目には見れども 因るよしもなし
  • 巻十三・三二四五 天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てる越水(をちみづ) い取り来て 公(きみ)に奉りて をち得てしかも
  • 巻十五・三五九九 月余美の 光を清み 神嶋の 磯海の浦ゆ 船出すわれは
  • 巻十五・三六二二 月余美の 光を清み 夕凪に 水手(かこ)の声呼び 浦海漕ぐかも

ツクヨミを祭神とする神社

皇大神宮の別宮・月讀宮や[6]、豊受大神宮別宮・月夜見宮に祀られる[7]。また、京都の月読神社[注釈 1]は壱岐市の月讀神社から勧請を受けたものである[8]。日本百名山や出羽三山で知られる月山(ガッサン,1984m,山形県)の名称は、山頂に鎮座する神社(月山神社,旧社格:官幣大社)の祭神である月読之命に因んだものとされる。

月讀神社・鹿児島市

鹿児島市桜島横山町にある神社。祭神は月読命(ツキヨミノミコト)、邇邇芸命(ニニギノミコト)、彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)、鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)、豊玉彦命(トヨタマヒコノミコト)、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト) 。

創建年代は不詳であるが、和銅年間とも伝えられる。安永八年九月岳上に三体の月が現れ、翌二十九日の夜明け頃から噴火がおこり、被害が甚大であったので、その後毎年日を決めて御祭神の嫌い事を住民が行わないように努め、神楽を奏して神慮を慰めていた、とのこと[9]

私的解説

月の神は、単なる天体の神ではなく、暦や時間とも関連する。そのため年神とも関連するように思う。また桜島に関する月讀神社の例にあるように「火山の神」としての性質があるように思う。そこから発展して「火の神」「竈神」「火から作りだす器の神」とも関連があるように思う。おそらく古代の人は流星を「月の欠片が流れている」と感じていたし、それが隕石となって地上に到達したときにもたらされる衝撃と、火山活動を関連づけて考えていたのだろう。火山の神が穏やかで鎮まり、暦による季節の変化にも問題がなければ、農作物の収穫の安定が得られる。山から降りてきて、山に戻っていく「田の神」信仰にも月神の存在が感じられる。

月神とは、どこかから「降りてくる」もので、祭祀も含め正しく扱えば人間の役に立ってくれるが、正しく扱わなければ災厄を起こすものであり、かつ人身御供を求める神だったと思われる。中国の竈神は、年末に天に戻り、新年にまた戻ってくる。彼の機嫌をとらないと、災いを持ってくるようである。

また年末・正月行事として「除夜除夕)」という概念がある。中国では大晦日に「夕」という人身御供を求める化け物がでるので、これを除く習俗が必要とされる。「夕」とは「月の出の時間」のことも意味し、大晦日には疫神である月神の「夕」が地上に餌を求め降りてくる、という概念があったかもしれないと思う。降りてきたものは天に返さねばならない、ということで火を燃やしたり、大きな音を鳴らした、とのことで、日本ではこれが「除夜の鐘」となったと考える。韓国の正月行事には「タルチッテウギ」(「月の家を燃やす」)という、月の出に火を燃やす行事がある。これも元は除夕の行事であって、月神を天に戻すことに関する祭祀だったのではないだろうか。

月読命と須佐之男命について

月読命と須佐之男命は「同じ神」と考える。そもそも日本の年神とは須佐之男命の別形態といえるのだが、暦に関する神でもあるとすれば、月読命の別形態ともいえる。また、月読命も須佐之男命も「妻殺し」の神で性質が一致している。

月読命と天目一箇神について

天目一箇神の別名を天御影大神という。産業に関する火の神ともいえ、月読命の別名と考える。

月読命と月の女神について

「火山の神」が「月神」を兼ねるのであれば、女神に関してもそのように述べることができるのではないか、と考える。鹿児島市の月讀神社には木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)が祀られており、この女神は富士山の女神として有名である。そして富士山も火山である。これを「桜島の女神」として捉えた場合、神阿多都比売とした方が相応しいと考える。木花咲耶姫命、神阿多都比売は「月の女神」としての性質が強い女神かと考える。

籠神社では豊受大神が月の女神にもなる、としており、保食神豊受大神と同一視されるのであれば、豊受大神と似た性質の女神達にも「月女神」としての要素が含まれると考える。月読命は保食神を殺すのだから、月の女神は、月の男神に倒される存在といえる。そして、火山の女神とした場合には、「疫神」としての性質もあるように思う。女神を「月の女神(火山の女神)」としてしまうと、時に彼女は倒されなければならない存在になってしまうし、夫の「月神」に倒される、ということになってしまうようである。

参考文献

  • Wikipedia:ツクヨミ(最終閲覧日:22-10-10)
    • 大林太良、吉田敦彦監修, 青木周平ほか, 日本神話事典, 大和書房, 1997-06, isbn:978-4-479-84043-5
    • 大林太良, 日本神話の起源
      • 角川書店〈角川新書 151〉、1965年7月。全国書誌番号:61010386、NCID:BN03329074。
    • 学研編集部, 神道の本 - 八百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界, NEW SIGHT MOOK ブックス・エソテリカ2, 学研マーケティング, 1992-02, isbn:978-4-05-106024-4
    • 桂令夫ほか, 山北篤監修, 東洋神名事典, 新紀元社, Truth In Fantasy事典シリーズ 7, 2002-12, isbn:978-4-7753-0123-4
    • 河合隼雄, 中空構造日本の深層, 中央公論社
      • 中央公論社〈中公叢書〉、1982年1月。ISBN 978-4-12-001090-3。
    • 戸部民夫, 八百万の神々 - 日本の神霊たちのプロフィール, 新紀元社, Truth In Fantasy 31, 1997-12, isbn:978-4-88317-299-3
    • 戸部民夫, 日本神話 - 神々の壮麗なるドラマ, 新紀元社, Truth In Fantasy 63, 2003-10, isbn:978-4-7753-0203-3
    • 新村出, 広辞苑 第五版, 岩波書店, 1998-11, isbn:4-00-080111-2
    • 三浦茂久, 古代日本の月信仰と再生思想, 作品社, 2008-10, isbn:978-4-86182-205-6

関連項目

  • 天月神命:賀茂氏系の月の男神と考える。
  • 細烏女:本来は賀茂系葛城氏の女神葛姫を「月神」として祀っていたのではないだろうか。その起源がこの女神と考える。
  • 祝融型神
  • 桂男:月にある桂の木を切り続ける男のこと

起源

  • 嫦娥;不老不死の薬を持って逃げた月の女神である。

注釈

  1. 松尾大社(京都府京都市西京区)摂社

私的注釈


参照

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  1. 猪紋黒陶鉢、考古用語辞典、07-07-09
  2. 粟・稗の創造、ルカイ族、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p231
  3. 3.0 3.1 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「八百万の神々」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  4. 『神道の本 - 八百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界』53頁。
  5. 『広辞苑』1779頁。
  6. http://www.isejingu.or.jp/about/naiku/tsukiyomi.html, 月読宮, 神宮司庁, 日本語, 2017年6月25日
  7. http://www.isejingu.or.jp/about/geku/tsukiyomi.html, 月夜見宮, 神宮司庁, 日本語, 2017年6月25日
  8. 笠井倭人 「葛野坐月読神社」『式内社調査報告 第1巻』 式内社研究会編、皇學館大学出版部、1979年。
  9. 月讀神社、鹿児島県神社庁(最終閲覧日:24-12-22)