椀貸伝説
椀貸伝説(わんかしでんせつ)とは、民話・伝承の類型の一つで、塚や淵、大岩、山陰の洞穴などから膳や椀を借りる話を主題とした言い伝えの総称である[1]。
椀貸伝説の例[編集]
金屋という場所に大きな岩があり、その岩の側で「膳椀を何人分貸してくれ」と叫ぶと、翌朝には希望した数の膳と椀が用意されていた。ある時、不心得者が借りた椀の数をごまかして返したところ、2度と貸してもらえなくなった。(鳥取県八頭郡の伝承、『昔話伝説小事典』みずうみ書房 1987年、p.273)
概要[編集]
近世以前の日本では、家に家族に必要な数以上の食器を持たなかったため、婚礼など人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生した。
椀貸伝説は奥羽から九州まで日本の広い範囲に伝搬しているが、特に中部地方や北関東の山沿いなどに多く伝わっている。概ね上記の例と同じ筋書きだが小異は多く、貸してくれる相手は童子や河童、龍、女神、お地蔵様や、上記の事例のように正体不明であったり様々である。
貸してくれる場所は淵や滝、岩や山陰の洞穴、隠れ里に直接取りに行く場合もあり、やはり様々である。比較すると水に因む場所が多く、水神少童譚や水神信仰との関連が考えられる伝説も多い。物語には既に膳椀を貸してもらえる関係ができている場合や、椀が川の上流から流れてくるなどして異界や隠れ里を発見する場合もある。千葉県印旛郡栄町の龍角寺岩屋古墳や[2]、同県同郡酒々井町のカンカンムロ横穴群[3]など、古墳の横穴式石室や横穴墓が伝説地となっている事例もある。なお酒々井町(カンカンムロ)の事例では、最初に碗貸しを祈願する相手は弁財天だが、実際に碗や膳を貸してくる横穴墓の中にいる存在は正体不明である。
この伝説には、不心得者が返さなかったとされる椀や、反故にした証文などが残っている家や地域がある。それらの品々の中には木地師との関係を伺わせるものがあり、木地師との交易の際に聞いた口上が伝説になったという見方がある[4]。また、膳椀を村の共有財産としている地域では、借りたものを盗むな、壊すなという戒めを含んだ説話であるという見方もある[5]。
私的考察[編集]
椀貸伝説は台湾原住民のバルン神話が変化したものと考える。女神が入水する時に家族に渡した形見の品の中に「水瓶」といった器が見える。形見の品だった「器」が貸し出される椀類に変化したのだろう。「貸し出された椀を返さなかった」というくだりに「禁忌の女神」の性質の片鱗が見えるように思う。「借りたものを返さなければならない(盗んではならない)」というのは禁忌というよりは一般的な常識だと思うが、本伝承では禁忌的な作用をもたらし、禁忌を破ると女神の恩恵は受けられなくなる。
西欧では、異界の住人から得た武器などは、時に呪われていて、持ち主やその一族に不幸をもたらす。日本の「椀貸」は、人々にとって得になることの伝承のように見えるが、結末は結局「何故、今は椀を貸して貰えないのか」という理由付けで終わるものが多い。「異界の住人から、通常ではない状態で受けた恩恵は、時に呪いや祟りの原因となる」という思想は西欧と日本で共通しており、興味深いと感じる。
椀貸伝説を含む伝承[編集]
- 荻野池の機織り姫:池の主の女神が椀貸をしていた、という話(長野県長野市信州新町)
- 宝が池のカッパ:河童が椀貸した、という話(長野県)
- ほらあなの主:主の正体は不明:借りた物を返さずに祟られた話(長野県)
世界の椀貸伝説[編集]
フランスには塚に頼んで鍋を借りる話がある。
外国では、器的なものを「借りる」のではなく、異界で飲み物を振る舞われた際に器を「盗んでくる」、という話もある。
器を盗む話[編集]
- オーゲルブの教会に奉納された杯:杯:トロール(デンマーク)
- スヴェンド・フェリングと女エルフ:杯:妖精(デンマーク):杯を返すのと引き換えに怪力を得る物語。
- フェアリーの宴会:杯:妖精(イングランド)
関連項目[編集]
参考図書[編集]
- Wikipedia:椀貸伝説(最終閲覧日:22-04-02)
- 神野, 清, 印波国造の奥津城, 龍女建立-龍角寺古墳群と龍角寺-, 千葉県立房総のむら, 2009, ncid:BB00830428