かき消されるB:ヒエログリフ

提供: Bellis Wiki
移動: 案内検索

古代シュメールにはバッバル(babbar)という太陽神が存在する。また太陽神を示す称号にベル(Bel)という言葉があり、この言葉がカナン地方の天候神(すなわち本来は太陽神)バアル(Baal)という言葉に変化していると思われる。またこれらの「太陽を示すB」の子音は英語の「bright(輝く)」や「beauty(美しい)」という単語にも引き継がれているように感じる。しかし、古代エジプトでは「B」という子音で示される太陽神が少ないように感じる。古代エジプトにおいて「B」の子音を持つ有名な神は「地平線の太陽」という意味から「地平線」という意味に変化したゲブであるが「太陽神」としての性質は乏しいのである。
そこで、改めてこの「B」という子音がどのように変遷しているのかを見てみることとしたい。以下に「神の名」に使われる主な「B」の子音のヒエログリフを挙げてみる。

「平たい器」のヒエログリフは、本来「k」あるいは「b」の子音としても使用されるヒエログリフであったと思われるのだが、神名においてはこの一文字で「Neb」と読まれることが多い。「n」の子音はヌン(Nun)神等に代表されるように「月」や「蛇」を示す言葉であるため、本来「n」という子音を示すヒエログリフが別についていたのではないかと思われるのだが、それは省略されて使われているようである。要するに「鴾」を示すヒエログリフが本来「日の出」を示す言葉であったのに「月」という言葉と組み合わされて使わされている内に「鴾」のヒエログリフ自体が「月」としての意味を持つようになったのと同じように、本来「太陽」を示す「平たい器」で示されるヒエログリフは「月」を意味する「n」という子音と組み合わされて使用された結果「月」という意味に変更されるようになったのではないだろうか。
「b」という子音は長く延ばして発音すれば「bu」「bo」とも読みうる。ここから「b」の子音を省略すれば「u」「o」といった子音しか残らない。ここから「v」「w」という子音が派生したとすれば、これらの「月」を意味する子音は本来太陽を意味した「b」という子音の「b」を略したものといえる。このような観点から、改めていくつかの神の名を再考してみたい。

ウアジェト(Wadjet)とアプロディーテー(Aphrodite)について

まず、下エジプトのコブラで示される蛇女神ウアジェットのヒエログリフを見てみることとする。この女神のヒエログリフには「w」の子音を現す言葉が省略されており、おそらく略されているのは「鳩」で示される「w」であろうと推察される。この女神の名はギリシア語でウト(Uto)あるいはブト(Buto)と呼ばれていることから、おそらく「Bu-to」という子音で現されていた神の名に「dj」という「蛇」を示すヒエログリフを挿入して「Bu-dj-t(o)」としたものから更に「b」の子音を略して「Wa-dj-t」としたものと思われる。本来の「ブト(Buto)」という言葉にも「蛇」を示す「t」の子音が付いているが、そこに更に「dj」という子音を付けることで「蛇女神」としての性質を強化しているのだと思われる。そして、ウアジェト神はトート神とも習合している通り「月女神」をも意味する神である。
ウアジェト女神の名を示すヒエログリフから省略されている「w」の子音を現すヒエログリフは、本来「鳩」を示すヒエログリフが一番似つかわしいと感じる。「偉大な」という意味を持つ「wer」という子音を持つこのヒエログリフは下エジプトの太母に相応しいものともいえるからである。そしてこの「w」という子音が「bu」あるいは「bw」という言葉から「b」が省略されたものであるとすると、この「鳩」のヒエログリフは本来「b」とも読み得たということになる。

エジプトの神名における「B」という子音の変遷

「b」という子音は「p」という音にも変化するため、これを「ap(r)」と読んでみることとする。かつウアジェト女神のヒエログリフに「w」のヒエログリフを補うと、一番右の図のようになる。そうすると、このヒエログリフはアプロディーテー(Aphrodite)と読み得ることとなる。アプロディーテーとは地中海を挟んでエジプトの対岸にあるギリシアの地母神のうちの一柱である。豊穣を司る女神であることから、性愛による豊穣、すなわち性愛を司る神でもある。
アプロディーテー女神の聖獣の一つに「鳩」がある。この女神の名の「apr」という部分は、古代エジプトにおける「偉大なる神」を意味する「鳩」に由来すると思われる。そうするとその名は偉大なる「djt」ということになり、これはエジプトにおけるウアジェト女神に相当する神ということになる。また、アプロディーテーは「b」の子音を持つ神々に共通する「ガチョウ」とも関連を持ち、ガチョウに乗った姿で描かれることもあるとのことである。しかし「鳩」を意味する言葉を冠していても、アプロディーテー女神に「犠牲神」としての性質はない。この女神は、年若い恋人を冥界の女神と奪い合って、結果的に恋人を死に至らしめてしまう、という神話を有しており「自らが犠牲となる神」というよりは、むしろ「犠牲を求める神」としての性質がかつては強かったように感じる女神である。「犠牲神ではない」という点ではエジプトのウアジェト女神も同様であって、この女神は王権の保護者とされているため、自らに生贄を捧げられることはあったであろうが、自らが生贄となる立場にはなかったと思われる。
このように見ていくと古代エジプトの神の名における「B」の子音は、本来的には「太陽神」を示すものであったが、それは「w」という子音に変化して

  1. 食料的な「犠牲神」へと移行したもの
  2. 「蛇」や「月」を意味する子音と習合して「偉大なる(太陽神)」という意味となり「蛇」や「月」の神に「太陽神」としての性質も付加する役割を果たすもの

の2極に分かれたように思われる。古代エジプトにおけるウアジェト女神に太陽神としての性質は乏しいと思われるが、太陽神であるホルスの目とされる「青い目」は別名「ウアジェトの目」とも呼ばれており、かつてはこの女神が太陽神としてもみなされていた名残であろうと思われる。そして、この「青」を示すラピスラズリはギリシア方面に移動すると、アフロディーテー女神に関連して「恋愛成就の石」ともされているのである。この点からも、ウアジェト女神とアフロディーテー女神の性質の連続性が覗える。
また、メソポタミア方面へ移動すると、メソポタミア文明の最古層に位置するシュメール神話において、太陽神はウトゥ(Uto)という名を持っており、この名はウアジェト女神のギリシア名と連続性のある名である。おそらくこの神の名にもかつては「B」という子音が付加されていたのであろうが、それが省略されてウトゥだけで「太陽神」を指すようになったものと思われる。このような変化がシュメールと古代エジプトの双方でみられ、特にシュメールにおいては「文明」と呼ばれるものが誕生していた時期に、すでにその変化は完成していたのであるから、シュメールの都市文化が開始されたウルク期(紀元前3500年-紀元前3100年)よりも前の時代に、すでに「太陽神」から「B」という子音が失われ、「蛇」を示す子音を主体とした「蛇の太陽神」が確立していたことが覗えるのである。そして、このような点からもウアジェト女神がかつて「太陽神」としてもみなされていたことが示唆される。
その一方、シュメールにおいては太陽神の名として「バッバル(Babbar)」という「b」の子音が強調された太陽神がウトゥと同時並行して存在しており、メソポタミアを中心にして発展した「B」という子音を有する太陽神は、こちらが起源ともいえると感じる。ただし、メソポタミアでは「神」を意味する言葉そのものが「D」という「蛇」を意味する子音で現されるため、どのような神であろうとも「神」である限り「蛇神」であるという特性を有することとなっているため「バッバル」から派生した神々も結果的に「蛇神」ということになってしまうのである。

食い合う蛇の太陽神

同じ「太陽神」を示す神々でありながら、一方が食料としての犠牲神に変化し、もう一方が「偉大なる(太陽)神」に変化するのはどういうことなのであろうか、ということになる。
これを読み解くために、一番参考になるのはギリシア神話における「ゼウスとプロメーテウス(Prometheus)」の神話であると思われる。

ギリシア神話においては神々の世代が複数に分かれ、一番若い世代が「オリンポスの神々」と呼ばれ、その頂点に君臨するのが雷神ゼウスである。雷神であるということはいわゆる「天候神」であり、その起源は「太陽神」ということになる。

それに対して、プロメーテウスは一つ古い世代の神々に当り、それを「ティーターン神族」と呼ぶ。ゼウスはティターン神族と戦って神々の首位に就いたが、プロメーテウスは先見の明がある「知恵の神」であって、ゼウスとは戦わなかったため、ゼウスが神々の頂点に立った後も自由に行動することを許されていた。
時代が下るとゼウスは、神々を敬わず傲慢になった人類を大洪水を起こして滅ぼそうと考えるようになった。ゼウスの考えを知ったプロメーテウスは子供達に警告を与えたため、彼らは方舟を作って大洪水を生き延び、そうして人類は滅ぼされずに済んだのである。

ゼウスは更に人類から火を取り上げ、暖をとることも、調理をすることも禁じたが、それを気の毒に思ったプロメーテウスはこっそり「火」を盗み出すとそれを人類に与えたのである。おかげで人類は再び「火」を手に入れ、そのおかげで様々な文明が発展することになったのであった。

この神話は、メソポタミアのエンリル神とエンキ神の神話に類似しており、起源はそちらにあるのではないかと思われる。怒れるエンリルが人類を大洪水で滅ぼそうとすれば、「知恵の神」エンキ神が人類を助けてくれるのである。このような神話は各地に存在し、インドの神話にもヴィシュヌという人類を助けてくれる神が登場する。
また、旧約聖書にも「ノアの方舟」というエピソードがある。旧約の神の場合は一神教とされているため、人類を滅ぼすのも、助け出して生存させるための「ノア」を選び出すのも「同じ神」とされているが、より古い時代の神話では、滅ぼそうとする神と助けようとする神は「別の神」であったのである。そして、このように神から助けられた「人」が新たな人類の先祖となった、というのがこれらの神話の特徴である。
このようにして「人類が滅びずに済んで良かった」で神話的エピソードは終わり、非常に古い時代の神話において、少なくとも神話世界においてはエンキ神の地位は揺るがない。そしてこのように「人類を助けてくれる神」としての性質は後の時代の旧約聖書にも引き継がれていくのである。
その一方、ギリシア神話では非常に残酷な結末が用意されており、これが「大きな特徴」といえると感じるのである。それは、

プロメーテウスの行動を怒ったゼウスは、プロメーテウスを捕らえてカフカスの山頂に貼り付けにし、彼の肝臓をカフカスのハゲタカに食わせた、というのである。プロメーテウスは神であるため死ぬことができず、肝臓は毎日再生するため、彼は毎日ハゲタカに肝臓を生きながらにして食われなければならない、という罰を受けることになった。

というものである。この神話の意味であるが「プロメーテウス(Prometheus)」という名には、「b」という子音から発生したと思われる「p」という子音がみられる。また「月」を意味する「m」や「t」という子音もその中に含まれるため、彼はかつては地中海周辺地域に多くみられる

  • 「月」や「蛇」の名が付加された「太陽神」

であったことが示唆される。名前の成立からみれば、アフロディーテー女神と近い神といえよう。この神が属する「ティーターン神族」がゼウスとの戦いに敗れたということは、「蛇の太陽神」を要する氏族が、別の「蛇の太陽神」を要する氏族に征服されたことを意味するといえる。ゼウス(Dios)の名にも「蛇」を意味する「d」という子音が含まれるからである。こうして征服された古い氏族の神は毎日自らの肝臓を食われることとなったわけだが、この肝臓とそれを食べるハゲワシが何を象徴しているのか、ということになる。
古代の地中海周辺地域では、生贄の動物の内臓を見て占いを行うという風習があった。そこで重要視されたのは「肝臓」なのである。また「毎日再生する」という表現から「肝臓」は「毎日再生するもの」、すなわち動物の体内における「太陽」の象徴とみなされていたようである。[1]すなわち、太陽神である「プロメーテウスの肝臓」とは、プロメーテウスそのものでもあるということになる。
一方、それを食べる「ハゲワシ」とは猛禽類であり、かつこのコーカサスのハゲワシの母親は蛇の女神であったと言われている。良くも悪くも地中海周辺地域における「猛禽類」が「太陽の象徴」とされ、それが「王権の保護者」としての性質へと変化して後の時代にまで影響を与えたことは事実である。このような「猛禽類」が「太陽の象徴」であるということは、ゼウスの送り込んだ「蛇の性質を含むカフカスのハゲワシ」が「太陽神であるゼウスの化身」であることは明かである。要するに、ゼウスは「勝者の権利」として前世代の太陽神を毎日食料として食べることを当然としている神といえる。
このような場合、前世代の神の方が「良い神」であり、ゼウスの方が「人類を滅ぼそうとする恐ろしい神」であることは考慮されていない。要するに「良い神となること」が「良いこと」なのではなくて、「その性質にかかわらず勝者となること」こそが「良いこと」であるという思想がそこには覗えるのである。勝者となってさえしまえば、真に良き神でも「悪神」として退治して当然ということであろう。そして、そのような思想の発生源が「カフカス」であると、この神話は語っているのである。

このように「勝者となった者」こそが「何を行っても絶対的に正しい」のだという思想が広まると、誰もが「勝者」になりたがって、必要以上に戦乱が多い世の中になることは当然だと思われるが、それはともかくとして、

  • 前世代の神を食料とすること = 征服した前世代の民族を奴隷として酷使し「食い物」にすること

ということになれば、古代エジプトにおいて「鳩」に象徴される「B」の神は「蛇を神として有する民族」よりも以前にそこに存在し、征服された人々の神ということになろう。征服した人々は彼らの神を流用して、自らの蛇神と習合させ、王権の強化や先住民の奴隷化の根拠として使用したのだと思われる。すなわち、先住民が

  • 奴隷とされることも、搾取されることも「B」のつく神が決めたこと、すなわち「先住民自身の神が決めたこと」

とするためなのである。そうすれば、彼らがどれほど搾取され、酷使されても、それは「b」の神が保護する王が行う「当然の権利」ということになるからである。そのために、本来蛇ではなかった先住民の神が強引に「蛇神と同じもの」として習合されるようになり、本来蛇神でないものに、蛇神を意味する子音がいくつもとってつけられることとなったのであろう。そして何層にも渡る征服と隷属の歴史が繰り返される内に、最終的には、一番古い層にある先住民の神の象徴であった「b」という子音までもが消される方向に意図的に神名が動かされることとなっていったのであろう。

関連項目

参照

  1. そのため、ヒッタイトの太陽女神ヘバト(Hebat)の名は、現在では肝臓(Hepat)という意味に使用されているのである。

参考リンク

Wikipedia

Wikipedia以外

ページ