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ミャオ族の[[伏羲]]・[[女媧]]神話に登場する男神。中国神話の[[伏羲]]に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた<ref>村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁</ref>。妻であり、妹である[[バロン]]がいる。父の名は[[アペ・コペン]]という。ダロンは雷神を助けて神にかわいがられる。文化英雄的なダロンは、[[祝融型神]]のうち、伏羲型神である。 | ミャオ族の[[伏羲]]・[[女媧]]神話に登場する男神。中国神話の[[伏羲]]に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた<ref>村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁</ref>。妻であり、妹である[[バロン]]がいる。父の名は[[アペ・コペン]]という。ダロンは雷神を助けて神にかわいがられる。文化英雄的なダロンは、[[祝融型神]]のうち、伏羲型神である。 | ||
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ダロンは元々、洪水神話に「後付」された神と考える。たとえば、インドネシア、ヴェマーレ族の洪水神話は、「父親が起こした大洪水を娘が母親の形見のふんどしを身につけて生き残った。」という内容で、息子は登場しない。そして、娘が両親、特に母親の「跡継ぎ」であることが示唆されている。 | ダロンは元々、洪水神話に「後付」された神と考える。たとえば、インドネシア、ヴェマーレ族の洪水神話は、「父親が起こした大洪水を娘が母親の形見のふんどしを身につけて生き残った。」という内容で、息子は登場しない。そして、娘が両親、特に母親の「跡継ぎ」であることが示唆されている。 | ||
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ダロンが後付で登場するようになった理由は、[[バロン]]ではなく男子の[[ダロン]]が「親の跡継ぎである」という口実を作るためだったのではないだろうか。母系社会では男子に相続権がないので、父系への移行期に付け加えたものと考える。 | ダロンが後付で登場するようになった理由は、[[バロン]]ではなく男子の[[ダロン]]が「親の跡継ぎである」という口実を作るためだったのではないだろうか。母系社会では男子に相続権がないので、父系への移行期に付け加えたものと考える。 | ||
2026年1月22日 (木) 05:58時点における版
太陽神石刻。1999年湖北省秭帰県東門頭遺跡出土。高さ105cm、幅20cm,厚さ12cm。湖北文物考古研究所蔵。[1]。紀元前6000年頃?(石刻の右側の絵文字のようなものの詳細は不明)
ミャオ族の伏羲・女媧神話に登場する男神。中国神話の伏羲に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた[2]。妻であり、妹であるバロンがいる。父の名はアペ・コペンという。ダロンは雷神を助けて神にかわいがられる。文化英雄的なダロンは、祝融型神のうち、伏羲型神である。
ミャオ族伝承
- バロンの項を参照のこと。
私的解説
ダロンは元々、洪水神話に「後付」された神と考える。たとえば、インドネシア、ヴェマーレ族の洪水神話は、「父親が起こした大洪水を娘が母親の形見のふんどしを身につけて生き残った。」という内容で、息子は登場しない。そして、娘が両親、特に母親の「跡継ぎ」であることが示唆されている。
ダロンの起源は、紀元前6000年頃に遡る城背渓文化のあたりと考える。
ダロンが後付で登場するようになった理由は、バロンではなく男子のダロンが「親の跡継ぎである」という口実を作るためだったのではないだろうか。母系社会では男子に相続権がないので、父系への移行期に付け加えたものと考える。
関連項目
脚注
- ↑ 考古学用語、太陽神石刻
- ↑ 村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁