太陽と月の神話
主に日本神話に関係する太陽と月の神話・伝承の変遷と類型を考察する。日本神話の一番近い直の原型の起源は、山東省における泰山信仰とそれに関する神話群と考える。
良渚文化後、古代中国では龍山文化(紀元前3000年頃-紀元前2000年頃)が発生し、これは大きく中原龍山文化と山東龍山文化に分かれる。黒陶に代表される文化で、社会は父系化・階層化が進み、墳墓の副葬品に個人差、男女差が認められる。中原龍山文化は仰韶文化、山東龍山文化は大汶口文化に続くとされているが、2つの「龍山文化」は交流があり、類似した神話・類似した宗教観がそれぞれ存在していたと考える。そして、特に山東龍山文化は「泰山信仰」、「八神」、「神仙思想」といった山東半島を中心にして発達した古代中国の宗教観・神話観の起源と考える。
そして、その宗教文化的起源は更に大汶口文化、その前身の良渚文化、その前身の崧沢文化、その前身の馬家浜文化、更にその場を長江中流域に移動させて大渓文化(紀元前5000年頃 - 紀元前3000年頃)、その前身の城背渓文化にまでさかのぼる可能性があるように思う。古代中国の「父系社会」と「階級社会」は関連性が強く連動して考えられがちだが、「階級制」の思想の方が早くに登場し、大渓文化で初期の「階級意識」というものは確立されつつあったように思う。
中国では文化・文明の中心が黄河文明側に移り、父系文化が発展して王権と社会の階層化が顕著になり、現在語られているような「中原の神話」が確立していったと考える。一方、中原の専制君主的、中央集権的な文化・文明の成立に参加せず、沿海部では広く良渚文明を起源とする古い文化が、古い神話思想と共に存続しており、それは次第に山東省に大きな拠点を持つようになって、泰山と八神の宗教文化へと発展していくが、その神話の基盤となる古い祖神神話は広くインド、東南アジア、ベトナム、極東、朝鮮、日本といった広範囲に展開しており、起源前500年頃よりは、古い氏族神(祖神)信仰と泰山信仰が入り交じったような神話が各地で語られていたように思う。オーストロネシア語族、印欧語族、「東夷」と呼ばれた漢族に近い部族、朝鮮・日本など、広く国境や民族・氏族を超えた「沿海部神話群」と呼ぶべきものが存在したと考える。
階級社会の神話・凡神の定義[編集]
泰山信仰は、紀元前200年前後より、「封禅」に代表される「王権を保護する神」と、「氏族・部族に関係なく広く庶民全体を保護したり、願いを叶えたりする神」という凡神性を伴う二極化した性質が顕著になり、これが道教として発展していくように思う。尚、本HPで述べる「凡神」とは、「祖神というよりは、誰でも信仰可能な凡用性の高い神」という意味で使用する。現代社会では「信仰する者の入信を誰でも(あるいは一定の基準を満たせば)許す」というタイプの凡神的な神や宗教の方が多いのではないだろうか。
ただし、日本のオリジナルの神々では中庸的な神が多い。例えば、日本人が神社に参拝に行く際に、祀られている祭神はどこかの氏族の「祖神」である場合が多い。しかし、人々はそれが「自分の祖神」であるかどうかいちいち考えずに、個人に関わる幸運や自分が属する何らかのコミュニティの御利益というものを求めて参拝するし、神の方もそれに答えてくれると考えられている。日本の神々の多くは、祖神でもあり凡神でもあるのである。
「祖神」ではなく「汎神」
- 太陽女神が隠れる。
- 自ら(あるいはさらわれる等で)隠れる。 →誰かに助けられて自ら現れる。 →世界は元に戻る。
- 誰かに倒される。主に射られる。 →羿神話
- 太陽女神は月女神他に変化する。 →多くの神話の太女神たち。水神、地神にもなりえる。
- 月女神が天狗に食べられ死ぬ。 →食べた天狗は月の不老不死を受け継ぎ月神になる。
- 月女神は植物に変化する。 →芋など。ハイヌウェレ神話。
- 太陽女神は月女神他に変化する。 →多くの神話の太女神たち。水神、地神にもなりえる。
結果、月女神は月男神に変更される。太陽女神が「死ぬ」のではなく「隠れて」かつ、再び元の姿で現れる場合のみ「燃やされた女神」といえる。それ以外のパターンはほぼ「吊された女神」といえよう。
バリエーション[編集]
上記の流れのバリエーションとして、太陽を食べた天狗が、直接男性形の太陽神になる、というパターンがある。その場合、火神になることもある。また、天狗系太陽神は男性であることが多いが、男性と女性が入れ替わっている場合もある。
天狗の方は犬、人間、首だけの怪物、神、星などのバリエーションがある。
月女神は「不老不死の薬」「アムリタ」「餅」など高価な薬や食物として表彰されることがある。