'''神農'''(しんのう)、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人とされる。人々に医療と農耕の術を教えたという。(しんのう、上代中国語:*djin nung (ジン・ノン) )、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人とされる。人々に医療と農耕の術を教えたという。'''神農大帝'''と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。'''薬王大帝'''(やくおうたいてい)、'''五穀仙帝'''(ごこくせんてい)とも。'''人身牛首'''の姿をしていた、とされる。
炎帝と神農が習合しているため、炎帝と神農は同一のように語られるが、本サイトでは「別のもの」として取り扱う。
神農とは農耕に関する神であり、起源は「主に農耕・開拓を行う『'''[[養母としての女神]]'''』」と考える。ミャオ族の女神シャンリャン(Xang Liang)、台湾アミ族タバロン社の人類の始祖とされるロチェ女神、台湾パイワン族の軍神女神サラアツなどが重要な神々と考える。いずれも元は「太陽女神」と考える。これらの女神を男性化したものが「神農」といえよう。
「シャンリャン」の名は「グミヤー」に類する名と考える。「シャンリャン」の名は「'''[[グミヤー]]'''」に類する名と考える。台湾タバロン社の伝承で、彼女に相当する女神はロチェと考える。ロチェは「洪水神話」における「人類の始祖」とされる。タバロン社の伝承では、洪水神話の前にロチェの姉・テヤマサンが海の怪物にさらわれて戻ってこなかった、という逸話が挿入されている。亡くなった「[[吊された女神]]」がテヤマサンであり、洪水で生き残ったロチェが「[[養母としての女神]]」であることが、両者を分けることで強調されているように思う。ミャオ族のシャンリャン女神の名前と、大洪水で生き残った女神ロチェから、苦難の末に幸せな結婚を遂げる西欧の「'''シンデレラ'''」が発生したように思う。彼女が「カボチャの馬車」に乗るのは、「'''大洪水を生き延びた子供達がカボチャに乗っていた'''」というミャオ族神話の投影と考える。
ロチェはメソポタミアのニンフルサグに類する名と考える。ロチェはメソポタミアのニンフルサグに類する名と考える。日本の[[乙子狭姫]]も同様であろう。乙姫も名の子音はロチェ女神に準じると考える。中国神話の'''魃女神'''もロチェが起源であろう。魃女神にはやや不吉なイメージがつきまとうが、彼女の神話から、この女神がかつては「天」に属する女神だったことが分かる。元は、彼女は「射日」で射落とされて怪我をし、天に帰れなくなった太陽女神とされていたのではないだろうか。若干変則的ではあるが、ヒッタイトの太陽女神ヘバト、出雲の開拓女神・伊毘志都幣命(いひしつべのみこと)もロチェ女神の名に関する女神と考える。
サラアツ女神は、インド神話のシータ、メソポタミアのスドゥ、カフカスのサタナに類する女神と考える。開拓神というよりは軍神・英雄神としての性質が強いので、男性化した際にもその性質を引き継いでいる。エジプト神話のセトである。ローマ神話のサートゥルヌスは農耕・開拓神としての性質が強いので、サラアツも元は農耕・開拓神としての性質があったと思われる。
これらの女神は、炎帝と神農が習合させられて区別がつきにくくなっているように、「吊された女神」と習合、混在している場合がある。例えばヒッタイトの女神これらの女神は、炎帝と神農が習合させられて区別がつきにくくなっているように、「[[吊された女神]]」と習合、混在している場合がある。例えばヒッタイトの女神[[マリヤ]]は、名前は塗山氏女的だが、性質は農耕・開拓神である。
台湾アミ族の女神に太陽女神と思われるヴァイヴァイという女神がいる。ゲルマン神話のゲフィオンに類似する女神と考える。
また、性質が一致している女神として海部氏の祖神・[[天道日女命]]がいる。
インドネシア・ヴェマーレ族の神話で洪水後に生き残るのはボウアという女神である。彼女はその後、当然「開拓神」になったと思われる。この名はウガリットの太陽女神シャプシュ、ヒッタイトのヘバト、クババ、アナトリアのキュベレーなどに通じる名と思われ、総じて上記に名の上がった女神群は'''「[[養母としての女神]]」であるところの「太陽女神」'''と考える。
日本の[[乙子狭姫]]は殺された[[大宜都比売]]の娘とされる。これは記紀神話において、亡くなった[[伊邪那美命]]と娘の[[天照大御神]]との関係とに相関があると考える。
これらの「太陽女神」でありかつ「軍神」「開拓神」でもある女神群は、日本の[[天照大御神]]の原型としても重要であろう。神農の原型は'''[[天照大御神]]に非常に近い女神'''だったと考えられる。
== 概要 ==
伝説では'''炎帝'''と黄帝は異母兄弟であり、『国語』には、炎帝は少典氏(有熊氏?)が娶った有蟜氏の子で、共に関中を流れる姜水で生まれた炎帝が姜姓を、姫水で生まれた黄帝が姫姓を名乗った<ref> [http://ctext.org/text.pl?node=24719&if=gb 國語]</ref>とある。また『帝王世紀』には、神農は、母が華陽に遊覧の際、'''龍の首'''が現れ、感応して妊娠し姜水で産まれ、'''体は人間だが頭は牛の姿であった'''。火の徳(木の次は火であること、南方に在位すること、夏を治めること)を持っていたので炎帝とも呼ぶ。とある<ref name="teio" > [http://ctext.org/dictionary.pl?if=gb&id=367846 帝王世紀 ] </ref>。
=== 神農の子孫 ===
炎帝神農氏は8代、都を陳(ちん)に置き、530年間(『十八史略』では520年間)続き、炎帝の号を7代にわたって使用したと伝えられている。その後、黄帝の治世がつづいたということになっている。
神話伝説に登場する神のなかにも、炎帝神農氏の子孫・末裔であると語られる存在が多くいる。
* [[祝融]]
* 后土
* [[共工]]
* 瑤姫
* 精衛
* [[蚩尤]]<ref>管理人の考えでは'''炎帝と蚩尤は同一のものを分けたものである'''。</ref>
中国国民党の政治家で中国古代史に深い造詣があった呉国楨(1903 - 1984年)は、その論文の中で炎帝の「炎」と、彼の伝えたと信じられている焼畑農業の炎との関係を論じている<ref> Wu, K. C. (1982). The Chinese Heritage. New York: Crown Publishers. [https://archive.org/stream/chineseheritage00wuku#page/56/mode/2up]</ref>。
== 神農氏 ==
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%BE%B2 神農](最終閲覧日:22-08-26)
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%BE%B2%E6%B0%8F 神農氏](最終閲覧日:22-08-26)
* 創世神話と王権神話、鈴木正宗:[[ミャオ族]]の伝承について。
* 神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p66-70他
== 関連項目 ==