日
日(日本語:ヒ、ニチ、ニッ、韓国語:일 (イル)、中国語:rì(リー)(意味としては号 (hào/ハオ))、上代中国語:/*nit/・ニット)。ベトナム語で太陽のことをmặt trời(マットゥロイ)という。
「日」を日本語で「ニチ」と呼ぶ読み方は、上代中国語に近いことが分かる。また韓国語のイル、中国語のリー、ハオは神話的な意味としては「カエル」という意味なのではないだろうか。また甲骨文字の「日」は「四角(天の象徴)に口」であって、天を巨大な人とした場合、その頭部が「日」なのであり、大抵はこれは「方」で示されていたことが漢字の由来なのではないかと考える。
また「ニチ」と呼ぶ場合には、塗山氏女の名・女嬌(Nǚjiāo (ヌゥー・ジャオ) )に類する名と考える。
目次
私的解説[編集]
女媧が「天の神」であるのなら、「日」はまさに彼女の頭部といえないだろうか。「日」に関すると思われる神話をいくつか挙げたい。
グミヤーの世界創造1[編集]
グミヤーとは中国のプーラン族の神である。
グミヤーは、「リ」という名の巨大な獣(サイに似ている)を見つけると、殺して、まず皮をはいで天を創った。続いて肉で大地を、また「リ」の各部を使って万物の物を創り出した。最後に脳を使って人間を創った。このままでは世界は不安定なので、「リ」の4本の脚を東西南北に立てて、天を支える柱にした。
グミヤーは、大きな亀を捕らえて大地を支えさせようとした。ところが亀が嫌がって逃げようとするので、その動きによって大地が揺れた。そのため金鶏を亀の見張りにつけた。亀が逃げようとすると金鶏が眼をつついて止めるのだ。ところが金鶏が眠くなると、その隙に亀が動くので地震が発生する。人々は米粒を蒔いて金鶏を起こさなければいけない。
私的解説[編集]
グミヤーとは「イグニス」に近い名で、いわゆるインド神話のアグニのことと考える。彼は「太陽」と思われるものを殺して世界を創造したとされる。これは台湾の巨人が母親を殺した話、マルドゥクがティアマトを殺した話の類話であろう。「リ」をグミヤーの母親とすれば、日本神話の伊邪那美命が軻遇突智に焼き殺された神話にも相当する。こうして「母女神」は殺されて世界の基礎にされてしまったが、これを少女などに変えて「穀物や芋の母」として特化したものがいわゆる「ハイヌウェレ型神話」と考える。
グミヤーの世界創造2[編集]
グミヤーは、大きな亀を捕らえて大地を支えさせようとした。ところが亀が嫌がって逃げようとするので、その動きによって大地が揺れた。そのため金鶏を亀の見張りにつけた。亀が逃げようとすると金鶏が眼をつついて止めるのだ。ところが金鶏が眠くなると、その隙に亀が動くので地震が発生する。人々は米粒を蒔いて金鶏を起こさなければいけない。
私的解説[編集]
グミヤーが捕らえた亀は、彼から逃げようとするので、神話的にはこれは女神で、かつグミヤーの妻であることが分かる。この部分はいわゆる兄妹始祖婚の「物めぐり婚」が崩れた話である。水生動物である亀は「女神が死んで生まれ変わった姿」ともいえるので、これは「リ」ではなく、グミヤーが殺したもう一人の女神のことを指すと考える。中国神話で述べるところの「女媧」女神である。また、「殺した妻神」を再生させた上、拘束して利用し、それが嫌がられて暴れる図というのは、富山県で行われている「築山」の祭祀に類似していると考える。この祭祀では女神を降ろした築山を壊してしまわないと「女神が暴れる」とされている。いわゆる「築山」が「亀」に相当し、これを誰かに見張らせるどころか、更に殺しておとなしくさせよう、というのが築山の思想といえようか。
太陽を射落とす話[編集]
グミヤーが創った世界を滅ぼそうと、元々グミヤーと仲の悪かった太陽9姉妹と月10兄弟が一斉に現れた。大地は乾いてひび割れ、植物は枯れ果て、岩石まで溶け出した。この時に焼き落とされたのが、蟹の頭、魚の舌、蛇の脚、鮭の尾であったという。
グミヤーは地上で最も高い山へ登り、弓矢で太陽と月を射落としていった。最後に1つずつ太陽と月が残った。月は、グミヤーの矢が体を掠めた恐怖のあまり、体が冷たくなった。それまでの月は太陽のように熱を発していたが、このことが原因で熱を出さなくなったのだ。
最後の太陽と月は洞窟に逃げ込んで地上に出てこなくなった。そのため地上が暗く冷たくなった。グミヤーとたくさんの獣と鳥が、太陽と月の隠れた洞窟に行って説得したが、太陽も月も出てこなかった。すると雄鶏が美しい声で語りかけると、ようやく太陽たちが返事をしたが、出てこなかった。そこで雄鶏は、自分が呼んだときだけ出てくれば大丈夫だと約束した。また、太陽と月が交互に出るように頼んだ。太陽が出てくると、地上がふたたび明るく暖かくなったという。
治療する犬神[編集]
苗族の神話史詩「金銀歌」は次のように言う。英雄昌札が日月を射た時、最後に残った一対の日月を傷つけた。人々は天狗に日月を治療するように頼み、天狗に五十斤の米を与えることを約束した。しかし天狗が日月を治療したあとも人間はその約束を果たさなかったので、腹が減ると日月を食べるようになった。それが日月食である[2]。
私的解説[編集]
グミヤーは最後に残った日月を射落とそうとして月のみ傷つけたという。でも、苗族の伝承では日月とも傷つけられた、という。炎黄闘争の神話では、太陽女神と思われる魃女神は蚩尤の毒気に傷ついて天に戻れなくなった、とされる。
要するに、「日」という文字の真ん中に横線が入っているのは、「射日神話」で太陽が傷つけられた、とされていることから、その傷跡を示しているのではないか、と個人的に思う。「天」という時を現すとき、本物の太陽に傷はついていないが、射日で傷つけられた太陽には傷がついているのだろう。
解説[編集]
「日」という文字は太陽の形に似せている。「囗」との混同を避けるため、「日」の中に点が入れられている。本来の意味は太陽です。
また、甲骨文字では「日」は「夕」と対になり、昼間を表す。例えば、*Heji* 33871では「今日雨、夕雨」(今日は雨が降り、夕方にも雨が降る)と記されています。 *Heji* 34036には、「日风不𡆥(忧)」(日中は風がありますが、心配する必要はありません)と書かれている。「日」は計時用語としても使われ、一日を指す。たとえば、*Heji* 12314 では、「自今五日雨」(今日から5日間雨が降ります)と書かれています。甲骨文には「中日」(正午)、「昃日」(正午過ぎ)、「终日」(終日)などの用語も含まれている。甲骨文字の「日」の文字は犠牲を捧げる者の役職名称としても使われる。たとえば、*Heji* 27463 では、「日から父甲」(太陽から父神へ)と書かれており、父神へ太陽が捧げる犠牲について言及している。
青銅銘文において「日」は本来の意味で太陽を指し、米白石紀の銘文「䜌(鸾)旗五日」(鸞旗五日)に見られるように、太陽を指す。張正朗は、1935年に河南省賽県山標鎮で出土した海陸戦の図柄に基づき、この図柄は船首に大きな旗を掲げた船を描き、鳳凰の胴体に似た五つの円が描かれており、五つの太陽を表していると指摘し、米白石紀の言説と一致すると指摘している。青銅銘文において「日(太陽)」は昼を表すのに対し、「夜(夜)」は夜を表す。例えば、【妾子】姊蒂の銘文には「昼も夜も忘れず」とある。 「日」は時間の単位としても用いられ、「今日」や「翌日」といった銘文にも見られる。例えば、丹小子丁には「丹小子泰、正陰の日にこの鉦台を鋳造するよう命じた」とある。さらに、青銅銘文では「日」が天干地支の前に、祖先の称号として用いられることもある。例えば、左趙尊には「文高日帰」という名が刻まれている。唐蘭は、古代人は祭祀の日にちを基準に祖先を名付けたと考えていた。例えば、嘉日に祭祀を捧げた者は祖嘉(ずか)と苅嘉(ふか)と呼ばれたため、「文高日帰」という甲骨文は「苅貴」を指していると考えられる。
『朔文街子』では、「日」は「実在。太陽の本質は損なわれず、囲い(囗)と一(一)から成り、象形文字である、とある。
参考文献[編集]
- 漢語多功能字庫:日(最終閲覧日:26-01-27)