怪我をする太陽女神

2025/12/20比較伝承
個人的に、古代における太陽女神とは「殺される女神」と「死なない女神」の2種類に分かれると考えている。しかし、太陽は一つしかないので、彼らを一つに纏める案も古代の人々は考え出したのだろう。

「女神がいったん、怪我をするけれども、死には至らず元気になる。」

というモチーフは良く用いられる習合結果と考える。このモチーフの物語を挙げる。

日妹・月兄(朝鮮の伝承)

昔、天の主人に二人の兄妹がいた。兄は太陽で、妹は月だった。ある時、妹が「月は人に見られていやだから太陽になりたい。」と言った。兄はこれをいやがり、兄妹で喧嘩になった。兄は煙管で妹の目をつきさし、つぶしてしまった。それで妹が気の毒になった兄は太陽を妹に譲り、自分は月になった。

その他

喧嘩の末、兄が妹を殺してしまって、罰として母親が兄を殺すパターンなどがある。(以上、「韓国昔話集成8,崔仁鶴他、悠書館、50-53p)

犬石(長野市篠ノ井の伝承)

長野市篠ノ井有旅には犬石という地名があり、その名の由来となった犬石が存在する。由来は以下の通り。

犬石のある平地を長者窪と呼んでいる。むかし長者窪に住んでいた長者の家に旅の僧が宿を求めた。長者は僧の持つ大金に目がくらみ殺して奪った。長者の家はそのせいで滅びてしまった。残された長者の犬は猛り狂い人々に害をなした。そこで産土神さまがあらわれ犬を諭された為、犬は改心して石と化し集落を護るようになったという。一説に旅の僧は平氏の落ち武者であったと言われている。

別の話として

産土神さまは犬に追われ里芋で滑りゴマで目を突いたそうで、当地では近年まで犬を飼わず里芋やゴマを作らない戒めがあったそうだ。

がある(長野県長野市篠ノ井有旅の犬石、狼やご神獣の、お姿を見たり聞いたり民話の舞台を探したりの訪問記 -主においぬ様信仰ー(最終閲覧日:251220)、長野市立博物館だより、第12号、1988-10-1)。

解説

産土神が女神であるかどうかははっきりしていない。後者は日妹・月兄の類話と言える。里芋は中秋に供えられるアイテムの一つであり、月神(女神)と関連付けられる。一ツ目の神の伝承は日本各地にあり、柳田国男が著書「一目小僧その他」で、人身御供との関連性を示唆している。

太陽の光が目を刺すわけ(アルメニア民話)

月と太陽は兄と妹だった。太陽は夜巡り、月は昼間巡っていた。ある時、妹が「夜は怖いし、昼はみんなが見るから嫌。」と言った。兄は「昼空を巡ればいい。針を持っていって見る者の目を刺せばいい。」と言った。以来太陽は昼の空を巡り、見る者をその光で刺すようになった(世界の太陽と月と星の民話、日本民話の会他編訳、三弥井書店、268p)。

解説

太陽と月は互いに争わないが、交代している、という伝承である。妹の太陽が見られるのを嫌がる点が朝鮮の「日妹・月兄」と一致している。類話と考える。

嫦娥と黒耳(中国の伝承)

伝説によると、后羿が民のために9つの太陽を撃ち落としたとき、王母娘娘(西王母)は褒美に霊薬を与えたが、后羿の妻である嫦娥はそれを食べて一人で天に昇ってしまったという。門の外から后羿の猟犬・黒耳が吠えながら家の中に飛び込み、残りの霊薬を舐めてから上空の嫦娥の後を追った。嫦娥は黒耳の吠える声を聞くと、あわてて月に飛び込んだ。そして、髪を逆立て、体を大きくした黒耳は、嫦娥に飛びかかり、月を飲み込んだ。

月が黒い犬に飲み込まれたことを知った玉皇大帝と王母娘娘(西王母)は、天兵に命じて犬を捕らえさせた。黒い犬が捕まった時、王母娘娘(西王母)は后羿の猟犬と認め、南天の門を守る天狗にした。黒耳は役目を得ると、月と嫦娥を吐き出し、それ以来、月に住むようになった。→天狗(中国)より
嫦娥羿西王母

解説

「(女)神が傷つけられるけれども、死には至らない」というパターンの伝承のうち、犬石の産土神は祟る犬神に傷つけられており、朝鮮の伝承よりは「嫦娥と黒耳」の伝承に近い話であることが分かる。太陽女神の話でなくなっている点も同じである。嫦娥と黒耳の話は「天狗食日月」の伝承の一つで、日食と月食は天狗が起こす、という説の起源譚である。嫦娥と黒耳の場合は月女神と犬神の話なので、月食の説明にはなっているが、日食の説明にはなっていない。でも、嫦娥が元は太陽女神だったのなら、日食の起源の説明ともいえよう。黒耳は嫦娥を太陽から月に変えてしまった後も、尚殺そうと後を付け狙っているのかもしれない。

スコルとハティ(北欧神話)

スコルは魔狼フェンリルと鉄の森の女巨人との間の子。その名前は古ノルド語で「嘲るもの」「高笑い」を意味する。常に太陽(ソール)を追いかけており、日食はこの狼が太陽を捕らえた為に生じると考えられた。ラグナロクの際には、太陽に追いつき、これを飲み込むとされている。通常、この様に太陽を飲み込んだ場合、地上の人々は鍋を叩いて吐き出させたという。
ハティは古ノルド語で「憎しみ」「敵」を意味する狼。北欧神話に登場する。月(マーニ)を絶えず追いかけており、月食はこの狼が月を捕らえたために起こると考えられた。一説にはフェンリルの息子とされることもある。ラグナロクの際には、とうとう月に追いついて、これに大損害を与えるとされている。同じく月を追うとされる「マーナガルム(月の犬)」と同一視されることもある。
スコルハティマーナガルム

ラーフ(インド神話)

乳海攪拌のあと、神々とアスラは不死の霊薬アムリタをめぐって争い、アムリタは神々の手にわたった。神々は集まってアムリタを飲んだが、その中にラーフというアスラが神に化けてアムリタを口にした。それを太陽と月が発見し、ヴィシュヌ神に知らせた。ヴィシュヌ神は円盤(チャクラム)を投げてラーフの首を切断したが、ラーフの首は不死になってしまった。ラーフの首は天に昇り、告口したことを怨んで太陽と月を飲み込んでは日食や月食を起こす悪星になったという。
ラーフ

私的考察

上記のような伝承を見るに、「太陽女神を追いかけ傷つける者」は、大きく分けて
  • 月神(兄弟)
  • 狼(黒犬)神
に分かれるようである。「日妹・月兄」と「犬石」は追いかけられる神がいずれも目を傷つけられるというモチーフが共通していることから、起源を同じくする類話と考える。ということは、月神と犬神は本来「同じもの」だったと思われる。それが時代が下るにつれ、月神と狼神に分離してしまい、狼神となったものは太陽神だけでなく、月も追いかける、ということにされたのだろう。
「嫦娥と黒耳」の黒耳は最終的に自らも月に住んで月神のようになる。北欧神話の月神を追いかけるマーナガルムは「月の犬」という名であって、この狼自身が月に属するものであることを伺わせる。狼神とは、月神を食べて月神となったのか、あるいは最初から月神と同じものだったのか、いずれにしても月神と狼神は「同じもの」とみなして良いのだろう。

「嫦娥と黒耳」では、犬神の黒耳と月はほぼ分離されて別の存在とされ、女神と月と犬神の三者が登場する。北欧神話では、太陽と月をおいかける狼神はそれぞれ別の存在とされている。日本神話では、須佐之男は高天原で狼藉を働き、天照大神の権威を失墜させるが直接殺すまでには至らない。そして、日本神話でも「嫦娥と黒耳」と同じく

女神(天照大神)、傷つける神(須佐之男)、月神(月夜見)

はそれぞれ分離して別の存在とされている。その点では中国の神話に似る。ただし、須佐之男は天照大神の兄弟なので、兄弟であるという点は朝鮮の「日妹・月兄」に似る。そして東アジアでは襲う神が「狼神」ではなく「犬神」として語られる傾向がある。

「日妹・月兄」の兄は母親に殺されるというパターンがある。犬石の犬神は最後に石に変わるが、これは「死」を意味するモチーフである。北欧神話の狼神達はいずれラグナロクで滅びる運命だろう。インド神話のラーフは首を落とされる。日本神話の須佐之男は高天原を追放されて、最終的に黄泉の国に住む。「傷つける神」の側も最終的には死に至る運命とされていたことが分かる。

また、「怪我をするけれども死なない女神」は、欠けてもまた復活する天体の日月食あるいは、月の満ち欠けになぞらえて語られることが多いことが分かる。日月が一時的に隠れたり、欠けたりしてその力が弱まることがあると考えられたのだろう。