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苗族にはコ蔵節(「鼓蔵節(こぞうせつ)」あるいは「祭鼓節(さいこせつ)」)という祭祀があり、そこでは水牛を犠牲獣とする起源が語られている。
ワンという青年が、船に乗っていた時に暴風雨に遭い、命を落とした。彼の家族は、ブタを一頭殺しただけで簡単に葬式を済ませたが、立派な副葬品を添えなかったので、ワンの霊は死者が通る関所を越えることができなかった。しばらくすると、ワンの母親が奇病に罹り、長期間の治療を施しても治らなかった。
そこでゴウサ(占い師)を呼んで治療を施してもらったところ、ゴウサは、死んだワンのために、もう一度盛大な葬式を開き、もっとも大きな水牛を殺し、彼が好きだった歌舞を行うよう勧めた。ワンの家族が、ゴウサの言い付け通りにすると、母親の病はまるで奇跡のように良くなった――。
このことがあった後、ミャオ族は、「コ蔵病」という病があり、水牛を殺して先祖を祭ることではじめて、疫病や災害から逃れられると信じるようになった。(貴州・ミャオ族のコ蔵節 10数年に一度、水牛の首を捧げる、高氷、人民中国(最終閲覧日:24-12-07))
とのことである。「ワンという青年」とは名前から見て「バロン」を男性化したものと考える。苗族の始祖とされるチャンヤンには、大洪水の後水牛を犠牲とした、という伝承がある。よって、いつの時代からか、伝統的なブタに加えて、大渓文化にあるようにウシなどが供養のための犠牲獣に加えられるようになったと考える。苗族の中ではこれが更に水牛に変わったと考える。そして、ブタ、ウシ、スイギュウは主に「男性の象徴」のように考えられ、神格化された。神格化された場合には、文化によって、配偶神である女神もトーテムを合わせてブタ、ウシ、スイギュウとされる場合があったのではないだろうか。インド神話のプリティヴィー、カーマデーヌ、ビルマーヤなどは「ウシ」の女神として現されるので、その夫も「ウシ」とされているのだろう。
もう一つ、犠牲獣のトーテムが増えるにつれて、太陽女神であった女神の「男性化」が進んでいるように思える。「ワンという青年」がその例である。彼は「船に乗っていた時に暴風雨に遭い、命を落とした。」とされている。これはおそらく「大洪水」の神話と関連していて、「大洪水」の別の表現である。バロン・ダロン神話では二人の子供は生き残った、とされているので、ワン青年の名は「バロン」が変化したものと考える。別の伝承では、誰か死んだ「バロン」がいて、彼女が災厄を引き起こした、とみなされている場合があるのだろう。この話ではバロン女神を男性に置き換えているように見える。
ただし、大洪水に限らず、生きている人はいつかは必ず死ぬ。例えば、特に人間的な人格神に「生きた人」のモデルがいたとしても、その人自身は既に死んでいるか、生きていたとしてもいつかは亡くなる。とすれば「ワン青年」は一般的な「人間」の代表的な象徴であって、先祖一般の供養の起原伝承ともいえる。母系社会から父系社会に移行して、女の先祖よりも男の先祖が重要視されるようになったので、バロン女神は男性に置き換えられてしまったのではないだろうか。
そして、「神に対する供犠」が「先祖の供養」でもあるのなら、「神を祀る」とは「死者をなだめ鎮める」ことでもある。死者とは中国では「鬼」と呼ぶ。死んだものを祟らないように神として祀ることを中国では「鬼神信仰」というし、日本では「怨霊信仰」というのではないだろうか。
鬼神が暴れ祟らないようにして何を願うのだろうか。それは五穀豊穣とか家内安全とか、牧畜が重要視されれば家畜の多産、病気よけなどであろう。あるいは中には「お金持ちになりたい」とか「好きな人と結婚したい」とか個人的な願いもあるかもしれないと思う。韓国には「若くして処女のまま非業の死を遂げた女神」のために「男根」を奉納する、という文化がある。「死んだ女神」を慰めるために捧げられるものは、一般的な食物でもあるし、「夫」でもあるのだろう。冥界で彼女が結婚することで、万物が新たに生み出される、と考えられたかもしれない。でも、死んだ女神から子神が生まれる、というのならまだしも、「万物」、特に五穀や家畜が生まれる、となれば、これはもう立派な「ハイヌウェレ型神話」といえるのではないだろうか。
ワン青年の供犠はこの思想の延長線上にあるように思う。彼を祀ると家内安全や五穀豊穣が得られるのは、それが死んだ彼から「生み出された」と考えられたからではないだろうか。
これらも当初は「男性の象徴」としての犠牲獣だったかもしれないと考える。ただ、ワン青年のように、女神を単に男神に置き換えただけだとすると、そこに犠牲獣を捧げた場合、「食物」としての役目は果たしても、配偶神としては、男性に「夫」をあてがうことになっていわゆる「聖婚」が成立しなくなってしまう。そのため、犠牲獣も「女神の象徴」とされるようになり、性のトーテムが男性だったものから女性へと変更されたものもあるように思う。そして、「聖婚的祭祀」から婚姻的な意味を失わせてしまえば、ただ単に神に食物を与えるだけで五穀豊穣が得られるようになる。要は女神でも男神でも、五穀豊穣を生み出すことができるようになる。そうすれば、神が男性でも女性でもどうでも良くなるので、供物だけ与えれば良い、ということになるのではないだろうか。
サイはプーラン族の伝承では意味が薄くなっているが、元は女神として考えられていたと考える。日本の長野県では犀龍は明確に女神である。鹿は台湾の伝承では配偶神としては「男性」で現されるが、弥生時代の日本では「日鹿女神」とか「鹿日女神」といったように太陽女神の化身と考えられていた。また、中国ではおそらく古代で鹿は男性形だったと思われるが、次第に馬に置き換わってしまったと考える。なぜなら台湾の鹿男神の伝承が、馬頭娘の馬の話に似ているからである。
「大洪水の後に生き残った2人の男女(兄弟姉妹)が人類の始祖となった」という神話とその変形版を集めてみました。
湘西のミャオ族が始祖神話と崇める伝承。
昔、天を支えて大地に立つアペ・コペンという男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。雷は鶏肉が嫌いだったが、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。
- 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
- 2、戦うために地上に降りてくるときには、アペの家の屋根に降りてくること
雷はこの条件を承知して、いったん天に帰った。七年後、襲ってきた雷をアペは捕まえて鉄のおりに閉じ込めたが、バロン(娘)とダロン(息子)が開放して逃がしてしまう。
雷は逃げる時にアペに見つかりそうになり、枯木の幹の中に隠れる。アペがこの枯れ木を燃やそうとしたが、木はいぶるばかりで燃えなかったので、アペは木を庭に投げ捨てた。そして雷は何とか逃げおおせた。アペは丸木舟を作って洪水に備えた。
洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。
兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大なカボチャの中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。
妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。
結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンとダロンに子宝を願うようになった。(村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁)。
ミャオ族のもう一つの伝承。叙事詩『苗族古歌』「楓木歌」に登場する人類の始祖のこと。
種の家は天上にあった。東方にいたゲルー(Ghed lul、土地神)の天上の家で、フーファン(Fux Fang、大地)が生み育てたが、ニュウシャン(Niu Xang、婆神)が種の家を焼いてしまった。その時、「古代の書」も燃えてしまい、古い三つの儀礼などが分からなくなった。しかし、種が東から川を辿ってやってきた。
シャンリャン(Xang Liang、女神)が西方の土地で、犂や鍬を使って水牛のシィウニュウ(Hxub Niux)と田畑を耕した。農作業に使った道具は様々な生き物などに変化した。シィウニュウは大岩に変じた。シャンリャンは木々を植え、池のそばにも植えて魚を育てた。
木々の中から巨大な楓香樹が現れた。楓香樹の下には様々な動物が集まったが、彼らは魚を食べてしまった。シャンリャンは楓香樹が魚を食べてしまったと非難した。楓香樹は盗賊の棲家とされて伐られてしまった。伐採時に出た鋸屑、木屑、樹芯(蝶々)、芽(蛾)、瘤(木菟、ghob web sx、猫頭鷹)、葉(燕、鷹)、梢はさまざまなものに変化した。
楓香樹の樹芯には蝶のメイバンメイリュウがあった。蛾の王がつついて開けた。蝶々は生まれて三日目でバンシャン(Bang Xang女神)のとこへ行き、育てられた。彼女は水泡と恋愛して12個の卵を産んだ。ジーウィー鳥が三年半、卵を温めて孵した。はじめに人類の始祖であるチャンヤン(Janged Yangb姜央)は生まれた。その後、雷公、龍、虎、蛇、象が生まれた。彼らのへその尾もさまざまなものに変化した。悪い卵は1年かけて老いた雌豚を食べる魔物のグーワンとなった。別の残りの卵は供犠用の祭椀となった。
チャンヤンと雷公は兄弟だが相続で争い、雷公は自分が得た土地に納得しなかった。そこで天に上って雹と雨を降らせてチャンヤンを溺れさせようと考える。チャンヤンは水田を耕そうとするが、牡の水牛を持っていなかったため、雷公から水牛を借りた。耕作が終わるとチャンヤンは水牛を殺して祖先を祀り、祖霊祭で水牛を食べてしまった。雷公は怒り、洪水を起こす、と言ったのだが、三日の猶予をもらえたので、チャンヤンはその間にヒョウタンを育てた。雷公が洪水を起こし、チャンヤンはヒョウタンに乗って逃れた。生き残ったのはチャンヤンとその妹のニャンニ(Niang Ni)だけだった。チャンヤンは竹の助言を得て、妹のニャン二を説得して結婚した。二つの臼を別々の山から転がして二つが一緒になったら結婚するなどの難題を乗り越えたのだ。二人の間に肉塊が生まれたので、それを切り刻み九つの肥桶に入れて九つの山に撒いた。すると肉片から人間が大勢生まれた。しかし、彼らはまだ言葉が話せなかった。そこで土地公を天井に派遣して秘策を得た。松明を点して'''山を焼き竹を燃やす'''と弾けて音がする。それを真似て人々は言葉を話し始めた。人々は一緒に住み、七人の爺さんは牛殺しの刀を、七人の婆さんは紡車を管理して暮らすことになった。(創世神話と王権神話 アジアの視点から、鈴木正祟、p115-117)。
台湾原住民のバルン神話と併せて考えると、バロンとダロンは水の中で溺れ死んで、カボチャを母として蛇体に生まれ変わった、とするべきかと思う。「大洪水」は溺死したことの暗喩ともいえる。雷神に母(カボチャ)の胎内に入れてもらったのであれば、雷神が彼らのもう一人の父とも解せる。
日本の市森神社(島根県出雲市稗原町)には「昔、石畑清谷へ星神が天降られたので、人々はこの星神を合祀して星宮神社とよぶようになったといわれている。この社は山寄鐘築境あたりにあったようだ。(市森神社 社務所)[3]」という伝承がある。この場合の「星神」とは「石畑」の名の通り石の姿で降ってきたと考えられたのではないだろうか。バロン・ダロン神話の子供たちは「天から石をまいた」とは言っていないが、他の伏羲・女媧神話から推察するに、
天から石(星)をまいたのであり、そこから発生した人間は「星神の子孫である」と考えられた
のではないだろうか。「石畑」とは割と各地でよくみられる地名のように思う。
日本神話では、母神にばらまかれることなく、多くの星神たちが自力で地上に降りてくる。彼らは多くの弥生系氏族の祖神となったのだった。
下諏訪に伝わる「火の雨」伝承を付記しておく。おそらくこれは「バッタの害」の記憶ではないか、と思う。そして、大火を起こす火雷神(祝融かあるいは炎帝)から人々を救う黄帝とその妻の伝承としては、こちらの方が、バロン・ダロン神話よりも更に古い原型ではないか、と思う。下諏訪の衆は、自分たちが「誰の子孫」と言うべきか、誰に感謝すべきかをもっと考えて祭祀をやるべきだと思うし、上州の衆のような気骨がもっとあっても良かったのではないか、と個人的にはそう思う。