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2026年01月02日の記事

伏羲・女媧型神話

「大洪水の後に生き残った2人の男女(兄弟姉妹)が人類の始祖となった」という神話とその変形版を集めてみました。

バロン・ダロン神話

湘西のミャオ族が始祖神話と崇める伝承。


昔、天を支えて大地に立つアペ・コペンという男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。雷は鶏肉が嫌いだったが、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。
  • 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
  • 2、戦うために地上に降りてくるときには、アペの家の屋根に降りてくること
雷はこの条件を承知して、いったん天に帰った。七年後、襲ってきた雷をアペは捕まえて鉄のおりに閉じ込めたが、バロン(娘)とダロン(息子)が開放して逃がしてしまう。

雷は逃げる時にアペに見つかりそうになり、枯木の幹の中に隠れる。アペがこの枯れ木を燃やそうとしたが、木はいぶるばかりで燃えなかったので、アペは木を庭に投げ捨てた。そして雷は何とか逃げおおせた。アペは丸木舟を作って洪水に備えた。

洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。

兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大なカボチャの中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。

妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。

結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンとダロンに子宝を願うようになった。(村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁)。

チャンヤン神話

ミャオ族のもう一つの伝承。叙事詩『苗族古歌』「楓木歌」に登場する人類の始祖のこと。

種の家は天上にあった。東方にいたゲルー(Ghed lul、土地神)の天上の家で、フーファン(Fux Fang、大地)が生み育てたが、ニュウシャン(Niu Xang、婆神)が種の家を焼いてしまった。その時、「古代の書」も燃えてしまい、古い三つの儀礼などが分からなくなった。しかし、種が東から川を辿ってやってきた。

シャンリャン(Xang Liang、女神)が西方の土地で、犂や鍬を使って水牛のシィウニュウ(Hxub Niux)と田畑を耕した。農作業に使った道具は様々な生き物などに変化した。シィウニュウは大岩に変じた。シャンリャンは木々を植え、池のそばにも植えてを育てた。

木々の中から巨大な楓香樹が現れた。楓香樹の下には様々な動物が集まったが、彼らは魚を食べてしまった。シャンリャンは楓香樹が魚を食べてしまったと非難した。楓香樹は盗賊の棲家とされて伐られてしまった。伐採時に出た鋸屑、木屑、樹芯(蝶々)、芽(蛾)、瘤(木菟、ghob web sx、猫頭鷹)、葉(燕、鷹)、梢はさまざまなものに変化した。

楓香樹の樹芯には蝶のメイバンメイリュウがあった。蛾の王がつついて開けた。蝶々は生まれて三日目でバンシャン(Bang Xang女神)のとこへ行き、育てられた。彼女は水泡と恋愛して12個の卵を産んだ。ジーウィー鳥が三年半、卵を温めて孵した。はじめに人類の始祖であるチャンヤン(Janged Yangb姜央)は生まれた。その後、雷公、龍、虎、蛇、象が生まれた。彼らのへその尾もさまざまなものに変化した。悪い卵は1年かけて老いた雌豚を食べる魔物のグーワンとなった。別の残りの卵は供犠用の祭椀となった。

チャンヤンと雷公は兄弟だが相続で争い、雷公は自分が得た土地に納得しなかった。そこで天に上って雹と雨を降らせてチャンヤンを溺れさせようと考える。チャンヤンは水田を耕そうとするが、牡の水牛を持っていなかったため、雷公から水牛を借りた。耕作が終わるとチャンヤンは水牛を殺して祖先を祀り、祖霊祭で水牛を食べてしまった。雷公は怒り、洪水を起こす、と言ったのだが、三日の猶予をもらえたので、チャンヤンはその間にヒョウタンを育てた。雷公が洪水を起こし、チャンヤンはヒョウタンに乗って逃れた。生き残ったのはチャンヤンとその妹のニャンニ(Niang Ni)だけだった。チャンヤンはの助言を得て、妹のニャン二を説得して結婚した。二つの臼を別々の山から転がして二つが一緒になったら結婚するなどの難題を乗り越えたのだ。二人の間に肉塊が生まれたので、それを切り刻み九つの肥桶に入れて九つの山に撒いた。すると肉片から人間が大勢生まれた。しかし、彼らはまだ言葉が話せなかった。そこで土地公を天井に派遣して秘策を得た。松明を点して'''山を焼き竹を燃やす'''と弾けて音がする。それを真似て人々は言葉を話し始めた。人々は一緒に住み、七人の爺さんは牛殺しの刀を、七人の婆さんは紡車を管理して暮らすことになった。(創世神話と王権神話 アジアの視点から、鈴木正祟、p115-117)。

作業中考察

台湾原住民のバルン神話と併せて考えると、バロンとダロンは水の中で溺れ死んで、カボチャを母として蛇体に生まれ変わった、とするべきかと思う。「大洪水」は溺死したことの暗喩ともいえる。雷神に母(カボチャ)の胎内に入れてもらったのであれば、雷神が彼らのもう一人の父とも解せる。

日本の市森神社(島根県出雲市稗原町)には「昔、石畑清谷へ星神が天降られたので、人々はこの星神を合祀して星宮神社とよぶようになったといわれている。この社は山寄鐘築境あたりにあったようだ。(市森神社 社務所)[3]」という伝承がある。この場合の「星神」とは「石畑」の名の通り石の姿で降ってきたと考えられたのではないだろうか。バロン・ダロン神話の子供たちは「天から石をまいた」とは言っていないが、他の伏羲・女媧神話から推察するに、

天から石(星)をまいたのであり、そこから発生した人間は「星神の子孫である」と考えられた

のではないだろうか。「石畑」とは割と各地でよくみられる地名のように思う。

日本神話では、母神にばらまかれることなく、多くの星神たちが自力で地上に降りてくる。彼らは多くの弥生系氏族の祖神となったのだった。

下諏訪に伝わる「火の雨」伝承を付記しておく。おそらくこれは「バッタの害」の記憶ではないか、と思う。そして、大火を起こす火雷神(祝融かあるいは炎帝)から人々を救う黄帝とその妻の伝承としては、こちらの方が、バロン・ダロン神話よりも更に古い原型ではないか、と思う。下諏訪の衆は、自分たちが「誰の子孫」と言うべきか、誰に感謝すべきかをもっと考えて祭祀をやるべきだと思うし、上州の衆のような気骨がもっとあっても良かったのではないか、と個人的にはそう思う。