バロン
ミャオ族の伏羲・女媧神話に登場する男神。中国神話の伏羲に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた[1]。妹はダロン、父はアペ・コペン。雷神にかわいがられて大洪水を生き残り人類の始祖となる。文化英雄的なバロンは、太昊型神のうち、文化英雄型である。ただし、元は「女神」だったと考えられ、女神の名前を男神に変更させた名前憑依型の神でもあると考える。
グローバル、特にアジア圏ではこの名は女神を指すことが多いと感じる。
男性形の神の場合、プーラン族の帕哎冷(パアイレン)がいる。「茶の木」の神であり、樹木神は女神であることが多いので、性別は男性形でも機能は女神と考える。印欧語族の神ヴァルナ、スラヴの神ペルーンも男性神である。
女神の場合の神話[編集]
台湾原住民・カタティプル社の創世[編集]
太古、ルボアン、あるいはアラワヤンというところに巨石が一つあり、中から女が生まれた。(陰部のない女だった。)女の踵からラヘリンという女が生まれ、バサカラという男が通っているうちに、大洪水があった。生き残った二人は夫婦となりルビルビルとタタという二人の娘が生まれた。ルビルビルにはどこからともなく通っていたシハシハウが夫となった。昔は兄妹で婚姻したものなので、シハシハウはルビルビルの兄だったのだろう。彼らが部族の先祖となった[2]。
私的解説[編集]
ルビルビルがミャオ族神話のバロンに相当すると考える。アラワヤンはアぺ・コペンではないだろうか。バサカラ、シハシハウは中国神話の伏羲に相当すると考えられる。「男が通う」という表現から、プユマ族は古くは母系の部族だったと考えられ、洪水神話で生き残るのも「娘だけ」だったのではないだろうか。母女神の踵から娘が生まれた、とされるのは、「父親が誰であるかは意に止めない」母系の文化の表現とも考えられる。母系の「洪水神話」に「夫」としての伏羲に類する神を挿入したものが、後の中国神話に発展したのではないだろうか。
一方、湘西のミャオ族ではバロン女神をそのまま男性化したと思われる。
また、「儺公(だこう・ヌオゴン)」「儺母(だぼ・ヌオムー)」という言葉は日本神話の「ナギ」「ナミ」にそのまま相当すると思われる。要は「伊邪那岐命」と「伊邪那美命」である。
バロンが男性形の神で、かつ樹木神であった場合、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)に相当するのではないだろうか。その場合、対になる神産巣日神がダロンに相当するのだろう。
黔東南のミャオ族はダロン女神を男性化してチャンヤンとし、儺母(だぼ・ヌオムー)をニャンニ(女神)としたのであろう。バロンは兄妹始祖婚の主体から外したものと思われる。チャンヤンには、アペ・コペンとバロンの両方の性質が含まれていると考える。言い換えれば、湘西のミャオ族では太昊型神を「前世優先型」のアペ・コペン(父神)と「後世優先型」のバロン(息子神)に分けてしまったと考える。この関係はそのまま、日本神話の伊邪那岐命と須佐之男に相当する。チャンヤン神話には、雷公と対立する父神は登場しないが、楓香樹とかかわる魔術師的な蛾王が登場する。
日本神話では、伊邪那岐命は火神である軻遇突智を殺す。ミャオ族の伝承では雷公とアペ・コペンは対等、あるいは雷公がやや劣位とされる感が強いが、日本神話では火雷神の地位が大きく低下し、伊邪那岐命にあっさりと殺されてしまっている。中国の伏羲・女媧神話では「父」は天から落ちて亡くなるようなので、雷公が優位である。
祖神崇拝[編集]
- 黔東南のミャオ族は当初、楓や蝶を崇拝対象としていたが、後に人類の始祖とされる姜央(チャンヤン)へと移行した。鼓社には「鼓石窟」が設けられ、「央公」「央婆」を祭る。
- 湘西のミャオ族は「儺公(だこう・ヌオゴン)」「儺母(だぼ・ヌオムー)」を始祖とし、祖霊の加護を祈るための儀礼を継承している。
ミャオ族社会では農作物の不作や人間や家畜に疫病がおこると、彼ら儺神の怒りを買ったためと考えられた。そこで儺公・儺母に供物を捧げて災いを除いてくれるよう願掛けをし、願いがかなうとまた供物を供えてお礼参りをした[3]。
祖先祭祀[編集]
- 黔東南の「鼓社節」や銅仁・松桃の「椎牛(牛を槌で屠る儀礼)」
- 安順・鎮寧などでの「牛を切る」儀礼
- 湘西の「還儺願」[4]
稲魂(穀神)信仰[編集]
貴州省のミャオ族のあいだに顕著な稲魂信仰をみることができるという[5]。稲魂のことを、ミャオ族は穀魂、米鬼、穀神などとよんでいる。
ミャオ族伝承[編集]
昔、天を支えて大地に立つアペ・コペンという男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。雷は鶏肉が嫌いだったが、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。
- 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
- 2、戦うために地上に降りてくるときには、アペの家の屋根に降りてくること
雷はこの条件を承知して、いったん天に帰った。七年後、襲ってきた雷をアペは捕まえて鉄のおりに閉じ込めたが、バロン(息子)とダロン(娘)が開放して逃がしてしまう。
雷は逃げる時にアペに見つかりそうになり、枯木の幹の中に隠れる。アペがこの枯れ木を燃やそうとしたが、木はいぶるばかりで燃えなかったので、アペは木を庭に投げ捨てた。そして雷は何とか逃げおおせた。アペは丸木舟を作って洪水に備えた。
洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。
兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大なカボチャの中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。
妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。
結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンとダロンに子宝を願うようになった。[6]。
私的解説[編集]
日本神話との比較[編集]
| 燃やされた女神 | 吊された女神(妻としての女神) | 養母としての女神 | |
|---|---|---|---|
| ミャオ族神話 | カボチャ | バロン・日月樹 | バロン |
| 日本神話 | 伊邪那美命 | 伊邪那美命 | 天照大御神 |
バロン・ダロン神話では、明確に女性といえるものは、子供達を「生み出す母」ともいえるカボチャとバロンのみである。日月樹は「楓香樹」と同じものとすれば女神であることが推察される。日本の高天原神話で天照大御神一家も主たる女性は伊邪那美命と天照大御神のみである。日本神話には、いわゆる「世界樹」という概念に乏しい。民間伝承的には、今昔物語などに「桑の木に登っていて、蛇神に犯され、妊娠して死んだ(あるいは助けられた)。」という馬頭娘の馬を蛇に置き換えただけに見える説話があるが、記紀神話ではこれが「馬の皮を投げ込まれて亡くなった稚日女尊に相当するが、稚日女尊は「織り姫」的であって、樹木神ではない。
また日本神話では太昊型神である伊邪那岐命はアペ・コペンと同様「父親型」の神であり、「天帝型」の神でもあるのだが、アペ・コペンとは異なり「妻」の存在は明確である。ただし、妻の伊邪那美命は「燃やされた女神」としての性質が強いので、この「父親型」の神を「前世優先型」なのか「後世優先型」なのかを考える場合、日月樹と関わるアペ・コペンは「後世優先型」(これを枯らす雷神も「後世優先型」)、「燃やされた女神」の夫として表される伊邪那岐命は「前世優先型」であると考えられる。日本神話では「樹木神」であった女神を省くことで、伊邪那岐命を「前世優先型」し、この父親性を強調していると思われる。一方、伊邪那岐命に殺されるのは息子神である軻遇突智である。日本神話では、火雷神といって雷神と火神を習合させる傾向がある。また、軻遇突智の血から様々な神々が生じた、とされているので、日本神話ではバロン・ダロン神話における雷公はその地位が非常に低くされ、息子神の地位に置かれた上に「殺されて別のものに化生させられた神」という、いわゆる中国神話の盤古に相当する存在とされているように思う。
バロンの名から派生した女神[編集]
「燃やされた女神」、「吊された女神」、「養母としての女神」のいずれも彼女の名から派生していると考える。
燃やされた女神[編集]
- 榛名山の「山の名」:上野一之宮の祭神とは不仲と言われる。「吊された女神」と対立するのは「燃やされた女神」である。