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3,023 バイト追加 、 2026年1月29日 (木)
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== 私的解説 ==
=== 犠牲獣の意味 ===
==== 先祖に対する供養 先祖に対する供養と神への供犠 ====
苗族には'''コ蔵節'''という祭祀があり、そこでは水牛を犠牲獣とする起源が語られている。
* サイやシカの意味</br>
これらも当初は「男性の象徴」としての犠牲獣だったかもしれないと考える。ただ、ワン青年のように、女神を単に男神に置き換えただけだとすると、そこに犠牲獣を捧げた場合、「食物」としての役目は果たしても、配偶神としては、男性に「夫」をあてがうことになっていわゆる「聖婚」が成立しなくなってしまう。そのため、犠牲獣も「女神の象徴」とされるようになり、性のトーテムが男性だったものから女性へと変更されたものもあるように思う。そして、「聖婚的祭祀」から婚姻的な意味を失わせてしまえば、ただ単に'''神に食物を与えるだけで五穀豊穣が得られるようになる'''。要は'''女神でも男神でも、五穀豊穣を生み出すことができるようになる'''。そうすれば、神が男性でも女性でもどうでも良くなるので、供物だけ与えれば良い、ということになるのではないだろうか。</br>
サイはプーラン族の伝承では意味が薄くなっているが、元は女神として考えられていたと考える。日本の長野県では犀龍は明確に女神である。鹿は台湾の伝承では配偶神としては「男性」で現されるが、弥生時代の日本では「日鹿女神」とか「鹿日女神」といったように太陽女神の化身と考えられていた。また、中国ではおそらく古代で鹿は男性形だったと思われるが、次第に馬に置き換わってしまったと考える。なぜなら台湾の鹿男神の伝承が、馬頭娘の馬の話に似ているからである。
 
==== 多様化 ====
城頭山遺跡では人の生贄も捧げられたようだが、祭祀に使用する犠牲獣の種類が増えている。そして、新たに登場したウシ、サイ、シカは、後の時代にいずれも「神のトーテム」として使用されたことで有名な動物ばかりである。これはもしかしたら、社会が階層化すると共に、カースト性のように職業の役割分担による人々の区別も始まっており、職能によって動物のトーテムが分けられたのではないかと考える。そうしておけば、人々が各地に散って行って互いに遠くなってしまっても、誰が自分に近い血筋の人か覚えていられることにもなる。日本の長野県に住んで「犀龍」を身近に知っている私が、犀を犠牲獣にした神話を持つプーラン族を、遠く先祖にゆかりのある氏族なのではないか、と神話を聞いただけで想像することができるように。城頭山遺跡はミャオ族が多数派で、その中心となっていた遺跡かもしれないが、多数の氏族が共に住まっていた他民族的・多職業的な社会だったのかもしれない、と考える。
== 参考文献 ==

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