差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
12 バイト追加 、 2026年1月29日 (木)
サイはプーラン族の伝承では意味が薄くなっているが、元は女神として考えられていたと考える。日本の長野県では犀龍は明確に女神である。鹿は台湾の伝承では配偶神としては「男性」で現されるが、弥生時代の日本では「日鹿女神」とか「鹿日女神」といったように太陽女神の化身と考えられていた。また、中国ではおそらく古代で鹿は男性形だったと思われるが、次第に馬に置き換わってしまったと考える。なぜなら台湾の鹿男神の伝承が、馬頭娘の馬の話に似ているからである。
==== 多様化 犠牲獣の多様化 ====
城頭山遺跡では人の生贄も捧げられたようだが、祭祀に使用する犠牲獣の種類が増えている。そして、新たに登場したウシ、サイ、シカは、後の時代にいずれも「神のトーテム」として使用されたことで有名な動物ばかりである。これはもしかしたら、社会が階層化すると共に、カースト性のように職業の役割分担による人々の区別も始まっており、職能によって動物のトーテムが分けられたのではないかと考える。そうしておけば、人々が各地に散って行って互いに遠くなってしまっても、誰が自分に近い血筋の人か覚えていられることにもなる。日本の長野県に住んで「犀龍」を身近に知っている私が、犀を犠牲獣にした神話を持つプーラン族を、遠く先祖にゆかりのある氏族なのではないか、と神話を聞いただけで想像することができるように。城頭山遺跡はミャオ族が多数派で、その中心となっていた遺跡かもしれないが、多数の氏族が共に住まっていた他民族的・多職業的な社会だったのかもしれない、と考える。

案内メニュー