==== 御木 ====
筑紫巡狩中のことである。[[筑後国|筑紫後国]]に至った天皇が高田行宮(たかたのかりのみや)に留まっていたところ巨大な倒木をみかけた。長さは九百七十丈(1筑紫巡狩中のことである。筑紫後国に至った天皇が高田行宮(たかたのかりのみや)に留まっていたところ巨大な倒木をみかけた。長さは九百七十丈(1.75km)もあり、このように歌われていた。
*朝しもの 御木のさ小橋 群臣(まえつきみ) い渡らすも 御木のさ小橋
天皇が老人に尋ねたところ、この歴木(くぬぎ)はまだ倒れていないころは朝日の影が西の杵島山を隠し、夕日の影が東の阿蘇山を隠したという。とても神聖な木であろうということで、この土地を御木([[福岡県]][[大牟田市]])と名付けた。天皇が老人に尋ねたところ、この歴木(くぬぎ)はまだ倒れていないころは朝日の影が西の杵島山を隠し、夕日の影が東の阿蘇山を隠したという。とても神聖な木であろうということで、この土地を御木(福岡県大牟田市)と名付けた。
==== 八女 ====
筑紫巡狩中、八女県([[福岡県]][[八女市]])に至った天皇は山々が重なっている様子が麗しいと褒めたたえ、もしや神がいるのではないかとすら思った。すると水沼県主の猿大海(さるおおみ)が進み出て「八女津媛(やめつひめ)という女神が常に山の中にいます」と答えた。八女という地名はこの神に由来するという。筑紫巡狩中、八女県(福岡県八女市)に至った天皇は山々が重なっている様子が麗しいと褒めたたえ、もしや神がいるのではないかとすら思った。すると水沼県主の猿大海(さるおおみ)が進み出て「八女津媛(やめつひめ)という女神が常に山の中にいます」と答えた。八女という地名はこの神に由来するという。
==== 的邑 ====
筑紫巡狩中のことである。皇軍がある場所で食事をした際、膳夫(料理人)が盞(うき、杯)を忘れてしまった。そこでこの盞(うき)を忘れた場所を浮羽(うきは)といい、訛って的邑(いくはのむら)という。後に[[生葉郡]](いくはぐん)と改められた。明治29年に[[浮羽郡]](うきはぐん)となり、2005年以降は市町村合併により、[[うきは市]]となっている。筑紫巡狩中のことである。皇軍がある場所で食事をした際、膳夫(料理人)が盞(うき、杯)を忘れてしまった。そこでこの盞(うき)を忘れた場所を浮羽(うきは)といい、訛って的邑(いくはのむら)という。後に生葉郡(いくはぐん)と改められた。明治29年に浮羽郡(うきはぐん)となり、2005年以降は市町村合併により、うきは市となっている。
=== 磐鹿六鴈 ===