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=== 鴨別命のミヅチ退治(岡山県) ===
『日本書紀』の巻十一〈仁徳天皇紀〉の67年(西暦379年)にある、「大虬(ミツチ)」の記述で、これによれば吉備の中つ国(後の備中)の川嶋河(一説に現今岡山県の高梁川の古名)の分岐点の淵に、大虬が住みつき、毒を吐いて道行く人を毒気で侵したり殺したりしていた。そこに県守(あがたもり)という名で、笠臣(かさのおみ、笠国造)の祖にあたる男が淵までやってきて、ヒョウタン(瓢箪)を三つ浮かべ、大虬にむかって、そのヒサゴを沈めてみせよと挑戦し、もし出来れば撤退するが、出来ねば斬って成敗すると豪語した。すると魔物は鹿に化けてヒサゴを沈めようとしたがかなわず、男はこれを切り捨てた。さらに、淵の底の洞穴にひそむその類族を悉く斬りはらったので、淵は鮮血に染まり、以後、そこは「県守淵(あがたもりのふち)」と呼ばれるようになったという(鳥越, 1974, p130, 『[[日本書紀]]』の巻十一〈仁徳天皇紀〉の67年(西暦[[379年]])にある<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.maff.go.jp/chushi/kj/okayamananbu/2/colum1.html, コラム―高梁川(たかはしがわ), 中国四国農政局, 2012年9月2日)(http://www.j-texts.com/jodai/shoki11.html, |title=巻十一〈'''[[仁徳天皇]]'''紀〉の67年, |work=『日本書紀 』, |publisher=日本文学電子図書館 , |accessdate=2019-07-24, |quotation=是歳於吉備中国川嶋河派有大虬令苦人時路人触其処而行必被其毒以多死亡...)(「ミツチ」と訓ずる(石塚晴通 , }}</ref>、「大虬」(「ミツチ」と訓ずる<ref>{{cite book|和書|last=石塚 |first=晴通 |authorlink=<!--石塚晴通--> |title=尊経閣文庫本日本書紀本文・訓点総索引, |publisher=八木書店, |year=2007, |url=https://books.google.co.jp/books?id=vMBY0qwe14wC&pg=PA38, p38, |page=38 |isbn:4840694117)、「水父(みづち)」、の訓あり?? 宇治谷, 1988(現代訳)、p=4840694117}}</ref><ref group="注">「水父(みづち)」、の訓あり??</ref>)の記述で、これによれば[[吉備の国|吉備]]の中つ国(後の[[備中]])の川嶋河(一説に現今[[岡山県]]の[[高梁川]]の古名<ref name=torigoe/>)の分岐点の淵に、大虬(竜<ref>{{Harvnb|宇治谷|1988}}(現代訳)、p.250では竜とつくる。)(Wikipedia:250では竜とつくる。</ref>)が住みつき、毒を吐いて道行く人を毒気で侵したり殺したりしていた。そこに{{読み仮名|県守|あがたもり}}という名で、笠臣(かさのおみ、笠国造)の祖にあたる男が淵までやってきて、[https[ヒョウタン|{{読み仮名|瓠|ヒサゴ}}]](瓢箪)を三つ浮かべ、大虬にむかって、そのヒサゴを沈めてみせよと挑戦し、もし出来れば撤退するが、出来ねば斬って成敗すると豪語した。すると魔物は鹿に化けてヒサゴを沈めようとしたがかなわず、男はこれを切り捨てた。さらに、淵の底の洞穴にひそむその類族を悉く斬りはらったので、淵は鮮血に染まり、以後、そこは「{{読み仮名|県守淵|あがたもりのふち}}」と呼ばれるようになったという{{sfn|鳥越|1974|p=130}}<ref>{{Cite web|和書|url=http://jawww.maff.wikipediago.orgjp/chushi/kj/okayamananbu/2/wikicolum1.html |title=コラム―高梁川(たかはしがわ)|publisher=中国四国農政局 |accessdate=2012年9月2日}}</%E8%9B%9F 蛟](最終閲覧日:26-01-10))。ref>。
=== 茨田堤 ===

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