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ミャオ族の[[伏羲]]・[[女媧]]神話に登場する女神。中国神話の[[女媧]]に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた<ref>村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁</ref>
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ミャオ族の[[伏羲]]・[[女媧]]神話に登場する女神。中国神話の[[女媧]]に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた<ref>村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁</ref>。兄は[[ダロン]]、父は[[アペ・コペン]]。雷神にかわいがられて大洪水を生き残り人類の始祖となる。
  
 
== ミャオ族伝承 ==
 
== ミャオ族伝承 ==
昔、天を支えて大地に立つアペ・コペンという男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。'''雷は鶏肉が嫌いだった'''が、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。
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昔、天を支えて大地に立つ[[アペ・コペン]]という男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。'''雷は鶏肉が嫌いだった'''が、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。
  
 
* 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
 
* 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
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洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。
 
洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。
  
兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大なカボチャの中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。
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兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大な[[ヒョウタン|カボチャ]]の中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。
  
 
妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。
 
妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。
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結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンと[[ダロン]]に子宝を願うようになった。<ref>村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁</ref>。
 
結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンと[[ダロン]]に子宝を願うようになった。<ref>村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁</ref>。
  
== 下諏訪の伝承 ==
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== 私的解説 ==
=== じじ穴とばば穴 ===
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全体に母系の思想が強く、[[伏羲]]・[[女媧]]神話の中では古い方の話だと考える。[[伏羲]]・[[女媧]]型神話では、分かる形で生きた人型の「母親」が登場しない。その一方で、大洪水で兄妹がカボチャの船の中に閉じこもって乗るのは、彼らが'''いったん死んで、再生したこと(生まれ変わったこと)'''を示しているのではないか、と思う。その場合、'''カボチャが母'''といえる。彼らの母はすでに亡くなっていて、「'''カボチャ(植物)'''」に化生していると思われる。
下諏訪町の上水道池付近にじじ穴とばば穴と呼ばれる古墳がある。むかし、火の雨が降ったとき、この二つの穴に逃げ込んだ人だけが助かったという。今の下諏訪の人々は、この二つの穴に逃げ込んだ人たちの子孫だといわれている(信州の民話伝説集成南信編p44)。
 
  
== 私的解説 ==
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本来の話の趣旨は、雷神が暴れたことにより、バロン・[[ダロン]]兄妹は亡くなった、かあるいは死にそうになった、ということなのだと思う。彼らが生命の危機に陥ったときに、植物に化生した母親が助けてくれた、という話なのではないだろうか。「死にそうになった」のなら母親が隠してかくまってくれた、のだし、「亡くなった」のなら母親が新たに自らの体内を通して生み直してくれた、といえる。彼らは母親が「人類の始祖」となるよう選んで残してくれた子供たちといえる。
全体に母系の思想が強く、[[伏羲]]・[[女媧]]神話の中では古い方の話だと考える。[[伏羲]]・[[女媧]]型神話では、分かる形で生きた人型の「母親」が登場しない。その一方で、大洪水で兄妹がカボチャの船の中に閉じこもって乗るのは、彼らが'''いったん死んで、再生したこと(生まれ変わったこと)'''を示しているのではないか、と思う。その場合、'''カボチャが母'''で、「大洪水」は羊水の役割を果たす、ともいえる。
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ということで、「雷神が世界を滅ぼす」という危機の中で、子供達は'''選ばれて'''生き残る。本物語では、どちらかといえば彼らを「'''選別'''」したのは雷神とされている。彼らには父といえる存在が二人居る。父親とされる'''アペ・コペン'''と、彼らが生き残るヒントをくれた'''雷神'''である。母系社会であれば、どちらが父親でもそれは重要なことではないので、「父」とみなす人物が二人居ても問題はないと感じる。
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設定の中に興味深い点がある。彼らの家には「'''雷神が頻繁に遊びに来ていた'''」とされている。また、雷神が大洪水を起こす、と決めたら父アペ・コペンはそれを止めることはできなくても、ある程度条件をつけて制限を課すことができる。うまくやれば雷神を捕らえることもできる。彼らは「'''雷神を降ろしたり、コントロールしたりできる'''」という才能を持った家系と考えられていたのではないだろうか。だから雷神は子供達を生かしておいた、とも言えなくない。子供達がいれば、雷神は乱暴に天から落ちなくても、人類に迷惑をかけずに地上に遊びに行けるし、また穏やかに天に帰ることができる。子供達は雷神と仲良くしながら、雷神の力を人類に迷惑をかけないように調節できる。雷神にとっても、人類にとっても、子供達の能力はどちらにも益して「ウィンウィン」となるようなものなのだ。
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ただし、物語の中では父親は雷神を殺そうとする。これは元々「'''父親と雷神が嫌いあって戦う話'''」があったのを「仲が良かった」と改変して作った物語なので、彼らが争う理由が省かれ、両者が争うという部分だけが残された結果と考える。本来の話では[[アペ・コペン]]と雷神は仲が良くなかったのだろう。両者が元々不仲であった理由は物語の中では明確ではないが、父親が鶏と思われる雷神に鶏を食べさせようとして雷神が拒否すること、兄妹の間で行われる近親婚を雷神が許しているけれども、父親が禁じていることから、
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* 同族食い(人間でいえば'''食人'''
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* 近親結婚
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という2種類のタブーに関して、[[アペ・コペン]]と雷神との間で意見の相違があったことが示唆されている。
  
台湾原住民の[[バルン]]神話と併せて考えると、バロンと[[ダロン]]は水の中で溺れ死んで、カボチャを母として蛇体に生まれ変わった、とするべきかと思う。「大洪水」は溺死したことの暗喩ともいえる。雷神に母(カボチャ)の胎内に入れてもらったのであれば、雷神が彼らのもう一人の父とも解せる。
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バロンは水に関して'''死ぬ'''女神といえるので「'''[[吊された女神]]'''」と考える。人類の始祖ともなるので、大洪水から再生した後は'''[[養母としての女神]]'''に転換する。'''[[ダロン]]'''はその夫であり、祝融型神といえる。母なるカボチャは'''[[燃やされた女神]]'''、雷神は[[炎帝型神]]、これと戦うアペ・コペンは'''黄帝型神'''といえる。
  
日本の市森神社(島根県出雲市稗原町)には「昔、石畑清谷へ星神が天降られたので、人々はこの星神を合祀して星宮神社とよぶようになったといわれている。この社は山寄鐘築境あたりにあったようだ。(市森神社 社務所)<ref>[https://fuushi.k-pj.info/pwk8/index.php?%E2%97%8B%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7%9C%8C%E5%87%BA%E9%9B%B2%E5%B8%82%E7%A8%97%E5%8E%9F%E7%94%BA2571%E3%80%8C%E5%B8%82%E6%A3%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%80%8D 島根県出雲市稗原町2571「市森神社」](最終閲覧日:24-11-21)</ref>」という伝承がある。この場合の「'''星神'''」とは「'''石畑'''」の名の通り石の姿で降ってきたと考えられたのではないだろうか。バロン・ダロン神話の子供たちは「'''天から石をまいた'''」とは言っていないが、他の[[伏羲]]・[[女媧]]神話から推察するに、
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最後に天に昇った[[アペ・コペン]]は風神となり、雷神と拮抗して天候を調整する役割を果たすようになる。両者が並び立つ話なので、'''河姆渡型'''に炎黄が並び立つことを目指した神話と考える。
  
天から石(星)をまいたのであり、そこから発生した人間は「'''星神の子孫である'''」と考えられた
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=== 日本神話との比較 ===
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{| class="wikitable" スタイル="margin:auto"
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|+ 女神の性質比較表
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!  !! 燃やされた女神 !! 吊された女神 !! 養母としての女神
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| ミャオ族神話 || カボチャ || バロン || バロン
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| 日本神話 || [[伊邪那美命]] || [[伊邪那美命]] || [[天照大御神]]
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|}
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バロン・ダロン神話では、女性といえるものは、子供達を「生み直す母」ともいえるカボチャとバロンのみである。日本の高天原神話で天照大御神一家も主たる女性は[[伊邪那美命]]と天照大御神のみである。いずれも女神は二人登場するといえる。
  
のではないだろうか。「石畑」とは割と各地でよくみられる地名のように思う。
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バロン・ダロン神話では母であるカボチャは「亡くなった女神」と思われるので、「母神」でもあることから「[[燃やされた女神]]」と考える。バロンと[[ダロン]]は「亡くなった母」から生まれた子なのだ。バロンは水の中をさまようので、入水するまでは水に関連した「[[吊された女神]]」といえる。ただし、カボチャを介して「生まれ変わった」状態になり、大洪水後は多くの人類の母となるので「[[養母としての女神]]」に切り替わる。'''母親が亡くなった後に生まれた'''、という点はバロンと[[天照大御神]]で一致している。ただし、「死者から生まれた」という不吉めいた印象を避けるためもあってか、[[天照大御神]]は[[伊邪那岐命]]が単独で生んだことになっている。その点は[[天照大御神]]はギリシア神話のアテーナーの誕生に似る。
  
日本神話では、母神にばらまかれることなく、多くの星神たちが自力で地上に降りてくる。彼らは多くの弥生系氏族の祖神となったのだった。
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日本神話では母の[[伊邪那美命]]は火傷を負って亡くなるので「[[燃やされた女神]]」である。[[伊邪那美命]]は婚姻の際に「天の御柱」の周りを回る。これは「[[吊された女神]]」の要素である。そして彼女は再生せず、「黄泉の女神」として冥界にとどまる。一方、娘の[[天照大御神]]は岩戸に隠れるものの死ぬことはない。彼女は多くの神々の母、祖母となるのだから「[[養母としての女神]]」である。
  
下諏訪に伝わる「'''火の雨'''」伝承を付記しておく。おそらくこれは「バッタの害」の記憶ではないか、と思う。そして、大火を起こす火雷神([[祝融]]かあるいは[[炎帝神農|炎帝]])から人々を救う[[黄帝]]とその妻の伝承としては、こちらの方が、バロン・[[ダロン]]神話よりも'''更に古い原型'''ではないか、と思う。下諏訪の衆は、自分たちが「誰の子孫」と言うべきか、誰に感謝すべきかをもっと考えて祭祀をやるべきだと思うし、上州の衆のような気骨がもっとあっても良かったのではないか、と個人的にはそう思う。
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このように考えると、バロン・[[ダロン]]神話と[[天照大御神]]一家は、どちらも女神が二人しかいないのだが、内包される女神はそれぞれの神話で異なっていることが分かる。
  
 
== 関連項目 ==
 
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* [[女媧]]
 
* [[女媧]]
 
* [[肥長比売]]
 
* [[肥長比売]]
* [[ダロン]]
 
  
 
== 脚注 ==
 
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[[Category:バロン|*]]
 
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[[Category:吊された女神]]
 
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[[Category:養母としての女神]]
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[[Category:洪水型]]
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[[Category:河姆渡型]]

2026年1月4日 (日) 06:06時点における最新版

ミャオ族の伏羲女媧神話に登場する女神。中国神話の女媧に相当する。湘西のミャオ族にあつく信仰されてきた[1]。兄はダロン、父はアペ・コペン。雷神にかわいがられて大洪水を生き残り人類の始祖となる。

ミャオ族伝承[編集]

昔、天を支えて大地に立つアペ・コペンという男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。雷は鶏肉が嫌いだったが、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。

  • 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
  • 2、戦うために地上に降りてくるときには、アペの家の屋根に降りてくること

雷はこの条件を承知して、いったん天に帰った。七年後、襲ってきた雷をアペは捕まえて鉄のおりに閉じ込めたが、バロン(娘)とダロン(息子)が開放して逃がしてしまう。

雷は逃げる時にアペに見つかりそうになり、枯木の幹の中に隠れる。アペがこの枯れ木を燃やそうとしたが、木はいぶるばかりで燃えなかったので、アペは木を庭に投げ捨てた。そして雷は何とか逃げおおせた。アペは丸木舟を作って洪水に備えた。

洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。

兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大なカボチャの中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。

妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。

結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンとダロンに子宝を願うようになった。[2]

私的解説[編集]

全体に母系の思想が強く、伏羲女媧神話の中では古い方の話だと考える。伏羲女媧型神話では、分かる形で生きた人型の「母親」が登場しない。その一方で、大洪水で兄妹がカボチャの船の中に閉じこもって乗るのは、彼らがいったん死んで、再生したこと(生まれ変わったこと)を示しているのではないか、と思う。その場合、カボチャが母といえる。彼らの母はすでに亡くなっていて、「カボチャ(植物)」に化生していると思われる。

本来の話の趣旨は、雷神が暴れたことにより、バロン・ダロン兄妹は亡くなった、かあるいは死にそうになった、ということなのだと思う。彼らが生命の危機に陥ったときに、植物に化生した母親が助けてくれた、という話なのではないだろうか。「死にそうになった」のなら母親が隠してかくまってくれた、のだし、「亡くなった」のなら母親が新たに自らの体内を通して生み直してくれた、といえる。彼らは母親が「人類の始祖」となるよう選んで残してくれた子供たちといえる。

ということで、「雷神が世界を滅ぼす」という危機の中で、子供達は選ばれて生き残る。本物語では、どちらかといえば彼らを「選別」したのは雷神とされている。彼らには父といえる存在が二人居る。父親とされるアペ・コペンと、彼らが生き残るヒントをくれた雷神である。母系社会であれば、どちらが父親でもそれは重要なことではないので、「父」とみなす人物が二人居ても問題はないと感じる。

設定の中に興味深い点がある。彼らの家には「雷神が頻繁に遊びに来ていた」とされている。また、雷神が大洪水を起こす、と決めたら父アペ・コペンはそれを止めることはできなくても、ある程度条件をつけて制限を課すことができる。うまくやれば雷神を捕らえることもできる。彼らは「雷神を降ろしたり、コントロールしたりできる」という才能を持った家系と考えられていたのではないだろうか。だから雷神は子供達を生かしておいた、とも言えなくない。子供達がいれば、雷神は乱暴に天から落ちなくても、人類に迷惑をかけずに地上に遊びに行けるし、また穏やかに天に帰ることができる。子供達は雷神と仲良くしながら、雷神の力を人類に迷惑をかけないように調節できる。雷神にとっても、人類にとっても、子供達の能力はどちらにも益して「ウィンウィン」となるようなものなのだ。

ただし、物語の中では父親は雷神を殺そうとする。これは元々「父親と雷神が嫌いあって戦う話」があったのを「仲が良かった」と改変して作った物語なので、彼らが争う理由が省かれ、両者が争うという部分だけが残された結果と考える。本来の話ではアペ・コペンと雷神は仲が良くなかったのだろう。両者が元々不仲であった理由は物語の中では明確ではないが、父親が鶏と思われる雷神に鶏を食べさせようとして雷神が拒否すること、兄妹の間で行われる近親婚を雷神が許しているけれども、父親が禁じていることから、

  • 同族食い(人間でいえば食人
  • 近親結婚

という2種類のタブーに関して、アペ・コペンと雷神との間で意見の相違があったことが示唆されている。

バロンは水に関して死ぬ女神といえるので「吊された女神」と考える。人類の始祖ともなるので、大洪水から再生した後は養母としての女神に転換する。ダロンはその夫であり、祝融型神といえる。母なるカボチャは燃やされた女神、雷神は炎帝型神、これと戦うアペ・コペンは黄帝型神といえる。

最後に天に昇ったアペ・コペンは風神となり、雷神と拮抗して天候を調整する役割を果たすようになる。両者が並び立つ話なので、河姆渡型に炎黄が並び立つことを目指した神話と考える。

日本神話との比較[編集]

女神の性質比較表
燃やされた女神 吊された女神 養母としての女神
ミャオ族神話 カボチャ バロン バロン
日本神話 伊邪那美命 伊邪那美命 天照大御神

バロン・ダロン神話では、女性といえるものは、子供達を「生み直す母」ともいえるカボチャとバロンのみである。日本の高天原神話で天照大御神一家も主たる女性は伊邪那美命と天照大御神のみである。いずれも女神は二人登場するといえる。

バロン・ダロン神話では母であるカボチャは「亡くなった女神」と思われるので、「母神」でもあることから「燃やされた女神」と考える。バロンとダロンは「亡くなった母」から生まれた子なのだ。バロンは水の中をさまようので、入水するまでは水に関連した「吊された女神」といえる。ただし、カボチャを介して「生まれ変わった」状態になり、大洪水後は多くの人類の母となるので「養母としての女神」に切り替わる。母親が亡くなった後に生まれた、という点はバロンと天照大御神で一致している。ただし、「死者から生まれた」という不吉めいた印象を避けるためもあってか、天照大御神伊邪那岐命が単独で生んだことになっている。その点は天照大御神はギリシア神話のアテーナーの誕生に似る。

日本神話では母の伊邪那美命は火傷を負って亡くなるので「燃やされた女神」である。伊邪那美命は婚姻の際に「天の御柱」の周りを回る。これは「吊された女神」の要素である。そして彼女は再生せず、「黄泉の女神」として冥界にとどまる。一方、娘の天照大御神は岩戸に隠れるものの死ぬことはない。彼女は多くの神々の母、祖母となるのだから「養母としての女神」である。

このように考えると、バロン・ダロン神話と天照大御神一家は、どちらも女神が二人しかいないのだが、内包される女神はそれぞれの神話で異なっていることが分かる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. 村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁
  2. 村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁