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この神群の一部は、魚や蛇といった他の水生動物に変化していると考える。その場合は女神も男神もあり得る。魚となったものはメソポタミア神話のエンキ、蛇で有名なものは中国神話の伏羲・女媧である。
 
=== 蛙狩神事 ===
元日の朝に上社本宮で行われる神事。まず御手洗川の川底を掘り返して蛙を捕らえていたが、抗議の声が多くなり、上社の裏山に場所を変えて白布で囲い、見られないようにして行われている。その後拝殿正面にて小弓と矢を以てこの蛙を射抜き、生贄として神前に捧げ、宮司が祝詞を捧げ国家平安と五穀豊穣を祈願する。上社の祭神が荒れ狂う'''「蝦蟆神」を退治した'''のがこの神事の始まりという故事がある。蛙を供える本当の理由は謎に包まれており、いろんな説が挙げられている<ref>蛇神とされた祭神に好物の蛙を捧げる説、古代人に食料とされた蛙を祖先神に捧げる説、諏訪上社の御狩始めの儀式説、月(陰気)を象徴する蛙を殺し春を迎える説、三毒の退治を表す密教風儀式説など。</ref>。しかし、諏訪の龍蛇信仰と関係している可能性がある。
 
=== 私的解説 ===
この祭祀は、壮族の「螞カイ祭(マーカイ、カエル祭)」に類似した祭祀で、要は正月の「厄払い」の祭祀と考える。これは正月に穴ごもりしている「神の使い」とされる雌雄のカエルを探し出し、カエルを棺に入れて各家を巡り、葬儀と供養を行う。その山中の「カエルの墓」に埋葬し、昨年埋葬した棺を取り出して遺骨で作物と綿花の作柄を占う、というものである。蛙は「月」に象徴される「不吉なもの」なので、退治すると共に供養し、五穀豊穣を願う祭祀を行う、というものであろう。
 
物部氏の神・布津主は、壮族の神・布洛陀(Buluotuoブルオトゥオ)に類似した神であると個人的に考えているし、おそらく諏訪大社の諏訪氏、守矢氏は物部氏なのではないかと考える。「守矢氏」の「守矢」は物部守屋に由来するという説もある。弥生系の氏族である物部氏は壮族に由来する氏族で、遙か中国南部に居た頃から続けていた祭祀を先祖代替伝えてきたものではないだろうか。蛙にはかわいそうではあるけれども、氏族の由来を示す伝統的な祭祀であるので、'''アイヌのイオマンテに比する「重要な伝統的儀式」'''として是非後世に伝えていって欲しい、と考える。というよりも、犠牲にするのが熊と蛙の違いだけで、精神的にはイオマンテと「同じ」祭祀と考える。「神の使い」を神の国に返す祭祀である。
 
荒れ狂う「蝦蟆神」について。日本神話で「荒れ狂う蛙神」に相当するのは、賀茂系の祖神である'''阿遅鉏高日子根神'''(アジ'''スキ'''タカヒコネ)と考える。子音から見て、この神はイラン神話の「アジ・ダ'''ハーカ'''」と非常に似た名と思われ、こちらも国際的な神といえる。中国神話の「[[夸父]]」に相当する神である。[[夸父]]は太陽を追いかけて逆に干からびて死んでしまう、とされている。中国神話で干魃を起こすのは「魃」という女神であって、'''[[夸父]]を殺害したのは「魃」という太陽女神である'''、と受け取れる神話である。諏訪大社上社の真の祭神とは何なのか、建御名方神とは何物なのか、という点で非常に興味深い祭祀ではある。しかし、その一方で、賀茂系氏族と縁の深い下社の付近には、小井川賀茂神社(岡谷市)という別雷神を祀る神社がある。阿遅鉏高日子根神は別雷神という説がある。それをわざわざ「荒れ狂う「蝦蟆神」」とご指名してやっている祭祀が蛙狩神事のようにも思えてならない。古来より上社と下社は不仲で有名であったけれども、このような感じで不仲だったのだろう、と示唆される蛙狩神事でもある。
== 分布 ==

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