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1,782 バイト追加 、 2022年7月25日 (月) 07:07
 そして、このように動物や植物、時には代理の人間を「父なる神の代理」として扱って、一時的には神のように大切にする、となると、その期間にもよるだろうが、動植物そのものが神なのか、人が神なのか、動植物と人は一体のものなのか、それとも別のものなのか、'''宗教的'''あるいは'''神話的'''に混乱を生じるように思う。現実の世界では、人と動物と植物が一体なって、それぞれの姿を行ったり来たりすることはないが、神話や伝承の世界では人型の神々が動物や植物に生きたまま姿を変えたり、死んで姿を変えたり、また元に戻ったり、自然に変化したり、殺されることで変化したり、魔法の力で変身したり、変身する能力を上位の神から授かったり、様々なバリエーションが存在する。
 
 
 しかし、今一度、「<span style="color:brown">アメタが食物を神であるムルア・サテネに捧げて、見返りを求める</span>」という形に戻って考えてみたい。人類の太古の文化が「母系」である場合、家長である女性に対して「男の兄弟」や「息子」は存在するが、文化的な「夫」や「父親」は存在しない。男性は自らが生まれた家に属するものであって、恋人と会うために外に出かけることはあっても、帰ってくるのは生まれた家だし、家族としての彼の義務や責任は生まれた家の自らの家長(母親や姉妹)に対して生じるのである。'''「父親」が存在しなければ「父なる神」'''は存在し得ない。子孫を残すのに、「'''特定のアメタ(個人としての男性)'''」は必要ないのだ。特に優れた能力を持つ男性が存在したとしても、彼は自らの生物学的な子供達の「父親」でもないし、「家族」でもないのである。しかし、これは現代でも同じだろうが、古代においても女性は優れた能力を持つような男性の子供を生みたいと思うし、恋人として家に来て欲しい、とは思ったかもしれない。ともかく、特定の「'''父なる神'''」というものが文化的に登場するのは、「父親」というものが文化的に登場してから以後のことと推察する。すなわち、人類の文化が母系から父系へと移行して、アメタは「'''父なる神'''」に昇格したといえる。それ以前は、彼は姉妹か母親に仕える「狩人」であったり、「植物」だったのではないだろうか。

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