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サイズ変更なし 、 2025年1月22日 (水)
當麻津姫は当麻皇子の妻・舎人皇女や当麻皇子の母・葛城(当麻)広子のこととされるようである。ただし、古い由緒書には「當麻津姫」の名はなく、麻呂子皇子とあわせて祀られているのは'''日子坐王'''(ひこいます)である。'''日子坐王'''の子の'''小俣王'''(おまたのみこ)は'''当麻勾君'''(たいまのまがりのきみ)の祖とされる。
== 歴史的考察 歴史的概要 ==
『延喜式』神名帳の大和国・山城国には「○○山口(坐)神社」と称する神社が15社記載されており、その中の一つが当社である。他の「○○山口(坐)神社」と同様、水源となる山間の地に山の神を祀り国家的に管理・祭祀したものと思われる。「○○山口(坐)神社」は全て『延喜式』臨時祭の祈雨神祭八十五座に加えられており、このことからも「○○山口(坐)神社」が水を司る神として朝廷から重視されたことが窺える。

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