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2014年4月27日 (日) 19:09時点における版
フルリ人の月神。この神の整数は30である。 クシュフ (Kushuh)はヒッタイトの神カシュクと同一視されている。
カシュク(Kaškuḫ; Kašku) 、月の神(フルリ人のクシュフ(Kuşuh))。ルウィ語でアルマ(Arma)と呼ばれた。
私的解説
名前の由来
ヒッタイトの月神には、大別して2系統の名前があると思われるため、まずその点について述べたい。
- クシュフ(Kushuh)、カシュク(Kasku)
- アルマ(Arma)
クシュフとカシュク
この2神の名は似通っており、子音でみると「K-S-K(h)」でほぼ一致する。「K」の子音は「H」あるいは「A」といった母音と交通性がある。また「S」という音も「K」という音と交通性があるため、クシュフやカシュクは「K-(K)S-K(h)」という子音を持つこととなる。
一方、エジプトの月神をみてみると、ヘルモポリスの月神トートのヒエログリフはアケル(Aker)と読めることがわかる。アケルの「A」という子音は「K」という音と交通性があるため、この名は「(K)A-K」となる。こうして、アケルとクシュフとカシュクの3つの名前を比較すると、構成する子音が近いことが分かる。
メソポタミアの側には、神の名ではないが、最古の部類に属する都市の名前にキシュ(Kish)というものがある。こちらも「K-(K)S」という子音から構成されており、クシュフやカシュクと音が近い。そして、キシュを構成する楔形文字の「キ」の部分はエンキという神の「キ」の部分と一致している。「K-K」という子音はエジプトのアケル・トートとも共通した子音であるため、おそらく古くは月神のことを「K-K」という子音で現す習慣が広く存在しており、その流れを組むものがヒッタイトのクシュフとカシュクであるのだと思われる。
アルマ
アルマ(Arma)という名は「K」という子音が「A」という母音と交通性があることを考えると、本来は「K(A)-M」という音から変化したものではないかと思われる。この子音を持つ神にはエジプトのクヌム(Khnum)がいる。また「M」という子音は「N」と交通性があるため、コンス(Khonsu)も同系統の名前と思われる。 子音の変化が
- 「K」→「S」→「H」→「A」→消失
と変化するものだとすると、
であるといえる。クヌム、コンス、ミンはいずれも上エジプトの月神であるため、本来は同じ神であったものが細分化されたものだと思われる。
メソポタミアの側であるが、エンキ(Enki)が守護神とされるシュメールの都市エリドゥは紀元前4900年頃に建設されたと言われている。エンキを構成する楔形文字は「En-Ki」という2文字で構成されているのだが、楔形文字は反対側から読むことも可能なため、逆から読むとキエン(Ki-En)となる。
一方、アッカドの月神シン(Sin)を構成する楔形文字は「En-Si」と書き、後ろから読んで「シン」という。「K」という子音と「S」という子音は交通性があるため、エンキを逆向きに読んだ「キエン」という名と「シン」の名はほぼ同じものとなることが分かる。
また、図像を見るとヒッタイトの月神は両肩から羽根を生やしているが、エンキ(キエン)は両肩から川が流れ出していることが分かる。その川の中にはこの神の象徴とされる魚が泳いでいる。エンキの両肩から流れ出しているのはチグリス川とユーフラテス川である。この2つの川が古代メソポタミアに豊穣をもたらすものであった。おそらくヒッタイトの月神の両肩に生えている羽根は、エンキの肩から流れ出している「川」から変化したものだと思われる。このように両肩から超常的なものが存在している図像は、更に時代が下るとシャー・ナーメ(1010年)において、両肩から蛇を生やしている蛇王ザッハーク(Zahhak)へと変遷するように思われる。ザッハークという名は「Zah-ha-k」という子音に分解され、「Z」が「S」や「K」、「H」という言葉と交通性があるとすると
- 「K(z)ah-k(h)-k」
という音で構成されることが分かる。これらはヒッタイトの月神と共通している子音構造であると同時に、都市キシュ(Kish)にも近い音である。おそらく蛇王ザッハークの起源は、メソポタミア・ヒッタイトに由来する月神なのであろう。要するに、その図像においては、ヒッタイトの月神はメソポタミアのエンキと共通性があるのである。
またエンキを逆に読むキエン(Ki-en)という名は、「K-N」という子音で構成されており、エジプトのクヌム、コンスと共通した構成の名前といえる。また、古代のガザでは魚の姿をした海神ダゴン(Da-gon)が祀られている、ダゴンのゴン(gon)の部分は「K」が「G」へと変化したもので、魚の姿をしたエンキと共通した姿を持っている。おそらく第18王朝(紀元前1570年頃~1293年頃)の頃に古代エジプトに登場し、ハヤブサの神ホルスと習合したコロン(Choron)という神の本来的な原型はメソポタミアにおけるエンキ、古代エジプトにおけるコンス、クヌムといった「水源の神」「農業に関わる豊穣の神」であったと思われる。元々が「水源の神」であるので、海の近くに行くと「海神」へと変遷するのである。しかし、月神が「攻撃性の高い神」であるという思想が台頭してくると、次第に攻撃性の高い神へと変遷していったのであろう。コロン(Choron)は猛禽類の姿で現されるが、メソポタミアにおけるエンキの図の腕にも猛禽類が停まっていることが分かる。要するにエンキのトーテムは
- 魚、山羊、猛禽類
だったのであり、猛禽類の姿で現されるコロン(Choron)はその一形態だったのである。
古代エジプトにおいて、月神はクヌム神に象徴されるように「羊」で現される傾向が強い。「鳥」としては特定のトーテムが無いように思われるが、ヘルモポリスのアケル・トートは鴾の姿で現される。また月神のヒエログリフは「ウズラの雛」「ハト」といった鳥で現される。こうして見てみると「月神」に象徴される「鳥」というのは、本来猛禽類よりももっと穏やかな鳥で現されたのではないかとも思う。特定の鳥に偏る傾向が乏しくても、「月神」が「鳥神」でもあったという思想があったため、それがヒッタイトの月神の「翼」にも繋がっているのであろう。エジプトの月神には「魚」としての性質も乏しいように思われるが、王国時代に先立つナカダ文化(ナカダI期(紀元前4400-3500年)あるいはII期(紀元前3500-3200年))からは、神話的動物を描いた魚型パレットか見つかっている。ナカダ文化は上エジプトのテーベ周辺に興った文化であるが、この地域は後にミンの信仰が盛んとなった地域であったので、古い時代にはメソポタミアのエンキと同じく月の神が「魚」として現される文化もあったのではないかと考える。ナカダ文化から発掘された「魚型パレット」は月神の象徴であったのであろう。
ミンは本来農業に関する豊穣の神であったが、後には商人や鉱山における労働者の守り神となった神でもある。ヒッタイトにおける月神は工具を持った姿で現されるが、これはおそらく金属に関わる仕事のうち、鉱石を掘り出す仕事や、金属全般を加工する職人の神とみなされていたからではないだろうかと思う。ヒッタイトの月神のこのような性質は、古代エジプトのミンの性質と共通している。
また、コロン(Choron)から派生したと思われる名に、ギリシア神話の伝令神ヘルメースがいる。ヘルメースの聖獣に鴾があり、これはアケル・トートと共通した性質である。また、ヘルメースは本来農業に関わる豊穣神であったが、後には伝令神や商人の神へと変遷し、その姿はエジプトのミンと共通している。そしてヘルメースは「翼のついた帽子」を被るとされており、「翼」を持つ点ではヒッタイトの月神と一致する。要するにヒッタイトや古代ギリシアの「男性形の月神」は、メソポタミアと古代エジプトの「男性形の月神」達を複合したものと共通した性質を持っており、それぞれに影響を受けた神だといえる。また、ヒッタイトの月神に影響を与えた、エンキ、キシュ、クヌム、ミン、コンス、アケル・トートといった神々は、メソポタミアやエジプトでこそ細分化されて役割が異なるものとされているが、本来はみな同じ「月の神」であるという意識が多くの人々にあったのであろうし、語源的にもそれぞれ似通っていることが分かる。その中でも
という名は、様々な地域に広まり、地域によって様々な性質を得ることとなっていったようである。特に「K」という子音は「R」という音とも交通性があり、かつ「M」と「N」にも交通性がある点を考えると、
- コロン(Choron) → ローマ(Roma)
という言葉にも変化し得る。ローマ(Roma)という地名は、コロン(Choron)と非常に近縁性の高い言葉であることが分かる。
関連項目
- 神に礼拝する王
- 月神について:ヒエログリフ:古代エジプトの月神について
- 我が名はホークアイ:ヒエログリフ:アケル・トートについて
- 蛇の尾を持つホルス:ヒエログリフ:コロンについて
- 鍛冶師のカーヴェ:ザッハークについて
- 魚型パレット
参照
ミカエル・ジョーダン(Michael Jordon)、神々の百科事典(Encyclopedia of Gods)、Kyle Cathie Limited, 2002