運命を定めるM:ヒエログリフ
古代エジプトには、セネト・ゲームというボードゲームが存在した。これは単なる遊びではなく、宗教的な意味を持っており、このゲームに勝利することは神々の加護を得られることだと解釈されていたようである。そのため、「死後の世界で神々の加護を得られるように」という意味から、副葬品とされたり、護符として使われたりもしていた。
また、古代エジプトにはメヘンというボードゲームも存在していた。これは「これはヘビの尻尾から頭にむけてコマを進めるサイコロゲームで、盤の構成は「セネト」に似ている。」とのことである。
セネト・ゲームはヒエログリフにも取り入れられ、その盤を象形したものは「mn」あるいは「y」で発音される。「mn」という音で表象されるに相応しいのは、「メヘン・ゲーム」の方とも思われるため、まずこの2つのゲームの関連性をヒエログリフから探ってみることとする。
目次
セネト・ゲーム(Senet game)について
セネト・ゲームのヒエログリフは以下の通りである。「混沌の波」のヒエログリフが含まれるため、「月」やウアジェト女神に代表される「蛇」という意味がその言葉には含まれている。これが、来世も含めた人間の運命を左右するということは、「混沌の蛇神」である「月」が人の運命を定めるという意味が含まれているように感じる。おそらく細長いそのゲーム盤は蛇の体をイメージしたものではないのだろうか。
メヘン・ゲーム(Mehen game)について
メヘン・ゲームを構成するヒエログリフは以下の通りである。「混沌の水」と「水瓶」を示す言葉が含まれており、こちらも「月」を意味している。とぐろを巻いた蛇は、月そのものをも示しているのかもしれない。また、このヒエログリフの中には、「フクロウ」が含まれている。この「フクロウ」のヒエログリフはいったい何を象徴しているのだろうか、ということになる。
メヘン(蛇)について
メヘンとは、ラーが夜の旅をする間、その周囲を取り巻いて保護する蛇神である。そのヒエログリフは以下の通りである。「蛇」と「混沌の波」から構成され、「混沌の水である月」という意味合いが強く表現されている。それに加えて、「蛇神」を意味するウアジェトや「蛇行する蛇」のヒエログリフが描かれており、メヘンがウアジェト女神の一相であることも示唆されている。そして、「蛇行する蛇」のヒエログリフがウアジェト女神を指すものでもあることが覗える。
メヘンその1
ドイツ語版wikipedia:Mehen (Ägyptische Mythologie)よりメヘンその2
フランス語版wikipedia:Mehenより
アペプ(Apep)について
メヘンと同じく、神話的蛇ということで、アペプのヒエログリフを見てみることとする。アペプのヒエログリフは最後に、「蛇」であることを示す「蛇行する蛇」が描かれており、その点でメヘンと一致する。アペプは太陽の運行を邪魔する悪い蛇とされているが、
- どちらも太陽の運行に関わること
- 「蛇行する蛇」としてのヒエログリフが一致すること
から、これもまたウアジェット女神の一相と言えると考える。「混沌の蛇女神」に「夜の太陽の運行を良くも悪くも調節する力」があると考えられている場合、太陽の運行を守護しようとする穏やかな相が「メヘン」、混乱させようとする破壊相が「アペプ」に割り振られているのであろう。
メヘト-ウェレット(Mehet-Weret)について
メヘト-ウェレットとは、古代エジプトの天空の女神で、その名は「大洪水」を意味する。エジプトにおける「大洪水」とは季節毎に繰り返されるナイル川の増水のことで、それが古代エジプトにおける農業に重要な事項であったため、女神信仰と結びつけられたのであろう。そのヒエログリフは以下の通りである。
前半の「Mehet」の部分、後半の「Weret」の部分のいずれにも「混沌の水」のヒエログリフが使われており、どちらも「混沌の水である月」に関係する言葉であると分かる。また後半部分は、ヒエログリフにおいては「grt」と描いて「w」と読ませていることが分かる。そして、それを英語に訳すと、また「great」と「g」で始まる言葉に戻る。そこで、「水」を意味する「w」という言葉に、書き言葉の上で「great」という意味を持たせて使用していることが分かる。また、鳥を「w」、口を「d」、パンを「t」と読めば、「w-d-t」となり、それはウアジェト女神を意味する言葉とも成り得ると感じる。「ウアジェト」とは、エジプトでは「偉大な」という意味も含んでおり、その場合は「ウェレット」と発音したように思われるのである。
古王国時代と中王国時代のヒエログリフを比べると、中王国時代のものは「フクロウ」を示すヒエログリフが省略されている。これは「m」で発音される「蛇」のヒエログリフに「フクロウ」のヒエログリフが示す意味が含まれているために省略されたのであろうと推察される。
このヒエログリフは時代が下ると更に省略されるようになり、新王国時代には「Ma-Weret」(偉大なる母)としか呼ばれなくなったようである。要するに「m」を表す「蛇」には、「母(mother)」と「月(moon)」という意味が内包されているようである。まさにナイル川の洪水こそがエジプトの「偉大なる母蛇女神」であり、「月」でもあるという意味と成り得よう。
Mehet-Weret
古王国時代(紀元前2686年頃 - 2185年前後)
ドイツ語版wikipedia:Mehet-weretよりMehet-Weret
中王国時代(紀元前2040年頃 - 782年頃)
ドイツ語版wikipedia:Mehet-weretよりMehet-Weret
新王国時代(紀元前1570年頃 - 1070年頃)
ドイツ語版wikipedia:Mehet-weretよりMehet-Weret
ヘレニズム時代(紀元前300年頃 - 0年頃)
ドイツ語版wikipedia:Mehet-weretより
メヘト-ウェレットを構成するヒエログリフは以下の通りである。
モンチュ神のヒエログリフについて
モンチュ神は古代エジプトの主にテーベで信仰された戦いの神である。その姿は隼の頭に太陽円盤と2枚の羽飾りをつけた姿で描かれる。
モンチュのヒエログリフを見ると、フクロウを示す「m」と、セネト・ゲームの盤を示す「m」が同じ意味で使われていることが分かる。
モンチュを構成するヒエログリフは以下の通りである。「ウズラの雛」を示すヒエログリフは「月神」を意味する。複数の「g」で表される鳥のヒエログリフは「w」すなわち、エジプトでは「great」を意味するため、ここでも同じ意味で使用されているのだと思われる。モンチュ神は太陽円盤を抱き、隼の姿をし、姿のみであれば太陽神ホルスと類似しているが、名前は「月神」としての意味を強く示唆する神といえる。
まとめ
以上より、「m」を示すヒエログリフの内、「セネト・ゲーム」、「フクロウ」、「尾の下がった蛇」のヒエログリフは同じ意味を示すことが分かる。「m」という言葉は、「月」を示す言葉の中でも、特に「運命を定めるもの」という意味が強い場合に使われるのではないかと感じるのである。
関連項目
外部リンク
Wikipedia
- セネト、Senet
- Mehen (game)、Mehen (Spiel)
- Mehen、Mehen (Ägyptische Mythologie)、Mehen
- アペプ、Apophis
- Mehet-Weret、Mehet-weret
- モンチュ、Montu、Month
Wikipedia以外
ページ
- 前ページ:省略されるw:ヒエログリフ
- 次ページ:M神列伝1:ヒエログリフ