第三話 化け猫

2020/04/01 北欧民話
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第三話 化け猫

 むかしむかし、ある所に水車場があった。その水車場はこのあたりではなく、どこか上(かみ)の地方にあった。けれども、小山の北か、南か、何処にあったとしても、それはとても妙な水車場だった。なにかがそこに出没するときは、何週間も、一粒の麦も挽けなかった。けれども、一番困ったことは、そこに出没するのがトロールドか、他のなにかだったとしても、水車場を焼いてしまうことだった。聖霊降臨祭の晩に二年続けて火事があって、すっかり焼けてしまったのだ。
 三年目の聖霊降臨祭が近づいてきたとき、水車場のすぐそばの主人の家に、主人の日曜着を縫いに仕立屋が来ていた。主人は聖霊降臨祭の晩に、――
「さあ、うちの水車場は今年の降臨祭の晩にも火事になるだろうか。」と、言った。
「ならないでしょう。」と、仕立屋は言った。「なるはずがないですよ、私に鍵を渡して下さい。私が水車場の番をしましょう。」
 主人は勇敢な男だと思った。それで、夕方になると、仕立屋に鍵を渡して水車場に案内した。此処は新しい建物だったから、中は空だった。そこで仕立屋は床の真ん中に座って、チョークを取り出して、自分の周りに円を描いて、その円の周囲全体に『主の祈祷(いのり)』を書いた。それがすむと、もう怖いものはなかった――悪魔がやって来ようと、怖くはなかった。
 ところが、真夜中になると、バーンと音をたてて、戸が一杯に開いた。そして数え切れないほどの黒猫の群が現れ、蟻のように密集していた。間もなく猫は鈩(いろり)の上に大きい鍋をかけて、その下に火を焚きつけたので、鍋はぶつぶつと煮え出した。鍋の中のものは、まるで松脂(まつやに)とタールのようだった。
「は! は! お前たちの計略(けいりゃく)はそれだな!」と仕立屋は考えた。
 こう思っていると、一匹の猫が鍋の下に前足を入れて、ひっくり返そうとした。
「前足を引っ込めろ、小猫さん。頬髭(ほほひげ)を焼いてしまうぜ。」
と、仕立屋は言った。
「わたしに、前足を引っ込めろ、小猫さん、といった仕立屋に気を付けろ。」と、その猫がほかの猫たちにいった。またたく間に猫たちは鈩のふちから、みんな逃げて行って、輪になって踊ったり、躍(と)んだりしていた。それから、急に前の猫はこっそりと鈩に行って、鍋をひっくりかえそうとした。
「前足を引っ込めろ、小猫さん。お前の頬髭を焼いてしまうぜ。」と、仕立屋はまた叫んだ。で、また猫共を鈩(いろり)の椽(ふち)から追いちらした。
「わたしに、前足を引っ込めろ、小猫さん、といった仕立屋に気をつけろ。」と、その猫が他の猫たちにいった。そして、みんな、また輪になって踊ったり、躍(と)んだりし始めた。それから、また急にみな鍋のところに集まって鍋をひっくりかえそうとした。
「前足を引っ込めろ、小猫さん。頬髭(ほほひげ)を焼いてしまうぜ。」と、仕立屋は三度目に叫んだ。こんどは猫をひどく、びっくりさせたので、猫は床の上でひっくりかえった。それから、また前と同じように踊ったり躍(と)んだりし始めた。
 それから猫たちは輪になって、近くに集まり、ますます速い調子で踊った。あまり速いので、とうとう仕立屋はめまいがし出した。猫は、とても大きい、みぐるしい目で仕立屋をみつめ、仕立屋を生きたまま丸呑みにせんばかりだった。
 ところで、猫の群(むれ)が精いっぱい速く踊(おど)っていたとき、たびたび鍋をひっくり返そうとした猫が、前足を円の内側に入れて、仕立屋を爪で引っ掻こうとしていた。けれども仕立屋はそれを見ると、すぐに鞘(さや)からナイフを引き抜いて、身がまえた。その時、猫がまた前足を差し入れたので、とっさにその前足を切り落とした。そうすると、猫達はみんなぎゃあぎゃあ鳴きながら、必死で戸に殺到して外へ逃げ出した。仕立屋は書いた円の中で横になって、朝お日様が床の上にきらきらとさしこんでくるまで眠った。そして起きると、水車場を閉めて持主の家へ行った。
 仕立屋が家にいくと、水車場の持主と女房は、聖霊降臨祭の朝なので、まだ起きていなかった。
「お早うございます。」と仕立屋は水車場の主人の部屋に入っていって挨拶(あいさつ)の手を差し延べた。
「お早う。」と主人はいって、仕立屋が無事なのを見て、ほんとうに喜び、驚いていた。
「お早うございます、おかみさん。」と、仕立屋は主人の女房に挨拶して握手を求めた。女房は「お早うございます。」とはいったものの、いかにも元気がなく、いらいらしていた。そして手は蒲団の下に隠していたが、しかたなく、左手を差し出した。
 そこで、仕立屋は事情をはっきりと悟った。けれども、主人になんといったか、またおかみさんをどうしたかは、わたしは何も聞いていない。

原文:003_cat.pdf