また手足がないことから、女神は昆虫のような存在と考えられていた可能性もあるように思う。脱皮する蛇や昆虫は「生まれ変わり」の象徴でもある。死した女神が大地や虹に「生まれ変わった」ことの象徴でもあるのではないだろうか。
また、毒蛇という意味の「虫」という字と比較した場合、角のあるものが「也」という字で、ないものが「虫」であると考えられる。また、毒蛇という意味の「虫」という字と比較した場合、'''角のあるものが「也」'''という字で、ないものが'''「虫」'''であると考えられる。ちなみに長野県長野市中条および鬼無里にある「虫倉神社」の「'''虫'''」は「角が生えた虫」という意味と思われる造語が額に使われている。これは[[虹蛇]]のように「角が生えた蛇」という意味で、古くはそのような女神であった、と考えられていたのかもしれないと思う。虫倉神社の祭神は磐長姫とされているが、実際には「大姥様」という土地(山岳地)の女神であり、同時に西王母も祀られている。ただし、伝承を見るに、男子をかわいがったりする傾向があり、大姥様の原型は泰山玉女ではないか、と考える。この女神が、「角の生えた毒蛇」と考えられていたのかもしれない。この女神が、土神であり、かつ「日に向かう神」と考えられていた場合には、地母神兼虹神でもあるかもしれないと思う。長野県麻績村日という地区には「向日神社」という神社があり大土命という土神が祀られている。麻績村に明確な「大姥様」信仰はないが、大土命は、虫倉山の「大姥様」と同じ意味の神ではないか、と考える。
== 参考文献 ==