「犬を供に連れる」という性質は丹生都比売の息子神である[[高野御子神]]に見られる。おそらく元は[[高野御子神]]と供の犬神は「同じもの」だったのだろう。
=== 他の物部氏の女神との関係 ===
おそらく貫前神社の祭神とされる好美女は「軍神」としての性質が強く、豊稲田姫は太陽神・豊穣神として別々の神とされていたのだろう。本来は榛名姫、豊稲田姫、好美女の三姉妹で、丹生都比売が母女神、「天熊の大人」が兄弟だったのではないか、と考える。赤城大明神の縁起では、娘たちは三姉妹で母女神が別にいる。ただ、男女で組んで、地上に降りてきてなにがしかを行う場合、「母と息子」「妹と兄」「他人同士」という3パターンが古くから存在したと考える。
* 「母と息子」のパターンは丹生都比売と高野御子神。
* 「妹と兄」あるいは「姉と弟」のパターンは好美女と「天熊の大人」。変則的だが記紀神話の[[天照大御神]]と[[須佐之男]]。
* 「他人同士」ははっきりしないけれども、後には豊稲田姫と「天熊の大人」は他人同士とされて、そこから徳島県の八倉比売と天石門別命、記紀神話の天照大御神と天之手力男神に発展しているように思う。
=== 記紀神話との関連 ===
* 羲和:太陽神の母神としての逸話しかないが、イシス女神との相関からいって、[[城背渓文化]]の太陽に相当するのは羲和と考える。彼女の地位は後に低下して「太陽の母」に変えられてしまったのだろう。ただ、中国神話ではメジャーな太陽神は存在しないので、エジプト神話と違って、息子神の方も結局「太陽神」としては定着しなかったといえる。
* インド神話:アーディティーヤ。この女神も羲和的な「太陽神たちの母女神」である。[[城背渓文化]]の太陽女神に起源があると考える。
=== 他の物部氏の女神との関係 ===
おそらく貫前神社の祭神とされる好美女は「軍神」としての性質が強く、豊稲田姫は太陽神・豊穣神として別々の神とされていたのだろう。本来は榛名姫、豊稲田姫、好美女の三姉妹で、丹生都比売が母女神、「天熊の大人」が兄弟だったのではないか、と考える。赤城大明神の縁起では、娘たちは三姉妹で母女神が別にいる。ただ、男女で組んで、地上に降りてきてなにがしかを行う場合、「母と息子」「妹と兄」「他人同士」という3パターンが古くから存在したと考える。
* 「母と息子」のパターンは丹生都比売と高野御子神。
* 「妹と兄」あるいは「姉と弟」のパターンは好美女と「天熊の大人」。変則的だが記紀神話の[[天照大御神]]と[[須佐之男]]。
* 「他人同士」ははっきりしないけれども、後には豊稲田姫と「天熊の大人」は他人同士とされて、そこから徳島県の八倉比売と天石門別命、記紀神話の天照大御神と天之手力男神に発展しているように思う。
== 参考文献 ==