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482 バイト除去 、 水曜日 14:45
その結果、炎帝及び'''[[黄帝]]'''の双方の先祖として'''有熊氏'''というものが考え出されたように思う。また、その子孫として熊に変身して治水を行い、また夏王朝の創始者と言われる禹、黄熊となったと言われる禹の父・鯀がいる。
=== 台湾における熊トーテム ===
台湾で熊を畏敬することで有名なのは[[タイヤル族]](アタヤル族)である。熊の勇猛さに得に敬意が払われていると感じるが、タイヤル族は「熊は先祖ではない」と述べている。彼らの伝承では、彼らはむしろ熊の「'''養子'''」といえる。彼らは養父の加護を受けるし、養父を畏敬している。
 よって、'''「熊トーテム」の台頭'''は父系が台頭した'''良渚文化'''で進んだと考える。ただし、それよりも前から、「黄帝」の原型とされた神やその親族は「熊」で現された可能性がある。「王(首長)の象徴が熊である」という思想が強く残ったので、楚王は自らを「熊王」と名乗ったのだろう。そして、熊は「黄帝(水雷神)」あるいは「禹(火雷神)」の象徴でもあって、「'''王とは雷神などの地上における顕現(代理人)'''」とみなされた場合もあると考える。河姆渡文化では、2種類の「雄鶏雷神」で現された「雷神」は良渚文化の頃には習合的になり、一つに纏められていた可能性もある。かつての「水雷人」は、一方で「火雷神」と習合して「天上の雷神(黄帝)」となったものと、「地上の悪神(共工)」になったものに分けられてしまったのではないか、と思う。そのため、元は「同じ神」と思われるのに、「黄帝型」の神が共工のような悪神を倒す、とまるで自作自演のような奇妙な神話が形成されたように思う。 黄帝以外に「熊」で現されるのは、鯀は馬、竜、魚に変身することもできたと言われている。おそらく、'''黄帝は鯀のことでもある'''と考える。[[タイヤル族]]の首狩りは狩った首級に対して供物を食べさせようとするものがあり、これは首級の霊魂になにがしかの供物を天の神(熊神)の届けさせる媒介のような意味もあるのではないか、と思う。そして[[タイヤル族]]自身は人肉は食さないが、首には「熊神の餌」という意味はあるかもしれないと思う。パイワン族の伝承には、首狩りも行うし、人肉食も行う「チモ族」という部族が登場する。
=== 極東における熊トーテム ===

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