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この豚神は時代が下り殷周の時代になると「死者の守護神」ともされて、豚の頭骨や下顎骨が副葬品として埋葬されるようになったと考えられる。また納西族には家族の誰かが亡くなったときに家の守護神である豚の骨を村外に捨てる習慣があるといわれ、これは豚神が「災厄を背負って追放される神」でもあることを示すように思う。空を飛ぶ鳥神でもあれば天界から穀霊をもたらしてくれる神であり、また人々の供物を天界にもたらす神でもあっただろう。そして天の神が怒り祟れば、災厄を地上にもたらす神でもあったと思われる。そして、豚には食料としての意味も当然ある。凌家灘文化の「豚神」はさまざまな民族・氏族の神を習合させた神であるが故に、複雑な性質を持っていたと考える。
おそらくこの豚神は後の中国神話の'''[[太昊]]'''に相当する神と考える。ただ、地上に舞い降りてきた場合には「天の神」の意向を実行する神でもあるので、上位にくる「昊天上帝」と機能が一致する部分もあると考える。「昊天上帝」が天界で考えたことを豚神が地上で実行するからである。だから、豚神は「天の神」と「地上の神王」をつなぐ中間的な境界神でもあるし、単純に豊穣を求めるための犠牲でもある。人の死に対しては、境界神として死者を守護するとともに、死者が再生(生まれ変わる)ために引き換えとなる犠牲となる魂でもあったと考える。境界神であるときには、人よりも上位の神であるが、「生まれ変わるための引き換えの存在」としては人よりも下位の神霊であるといえ、やや矛盾した性質を内包する神である。に相当する神と考える。ただ、地上に舞い降りてきた場合には「天の神」の意向を実行する神でもあるので、上位にくる「昊天上帝」と機能が一致する部分もあると考える。「昊天上帝」が天界で考えたことを豚神が地上で実行するからである。だから、豚神は「天の神」と「地上の神王」をつなぐ中間的な境界神でもあるし、単純に豊穣を求めるために人々が天の神に捧げる犠牲でもある。豚を犠牲とする際に、天の神に対する言づてをもたせる場合もあるだろう。人の死に対しては、境界神として死者を守護するとともに、死者が再生する(生まれ変わる)ために引き換えとなる犠牲となる魂でもあったと考える。神と人の世界との境界神であるときには、人よりも上位の神であるが、「生まれ変わるための引き換えの存在」としては人よりも下位の神霊であるといえ、やや矛盾した性質を内包する神である。
また、これを「特定の氏族のトーテム」とすれば、その氏族を「人」よりも下位の存在として、人身御供を要求したり、高い税金などを要求するような'''ラベリングの神'''ともいえたのではないだろうか。凌家灘文化において、人々のトーテムを勝手に書き換えたり、神の性質を変化させたりする機能があり、それが「王権」でもあったのなら、「王」とはどの人々からどれだけの税金や貢納品、人を含めた犠牲を求めるのか決め得る存在であり、それは人々の「トーテム」を王が神の名によって定めることで決められたのではないだろうか。豚神は、単なる神や祖神であるうちは、適度に敬われ、人々に自身を食料として供給してくれる神なのだが、いったんどこかの氏族・民族が「豚神」のトーテムを押しつけられたら、その人々を「食料」とする、という意味にもなる。豚神を鳥神や蛇神と合成して、「龍神」などの新たな神々を増やすことは、上位にくる凌家灘文化にとって、「食い物」となる食料のトーテムが増えることにもなる。蛇も鳥も「食料としての豚」と習合しているから「食料」なのである。
=== 豚の皮を被った熊 ===
ところで、長江流域で王権者のトーテムといったら「'''熊'''」であると思う。台湾の伝承でも熊に殺された巨人の話や、熊に親切にされた少女の話が出てくる。よって、祭政一体の王権が存在した社会であれば、「王」のトーテムは当然熊だったと考える。豚を始めとして様々なトーテムを合成した神々を作り出したのも、これらがみな「'''熊の餌'''」だと考えれば納得がいく。そもそも「豚神」を神として敬う気持ちがないのである。」だと考えれば納得がいく。そもそも「豚神」を神として敬う気持ちがないので、「下位の神」としての性質を豚神に詰め込み、「人の王」と「天の熊神」の都合の良いように利用しているだけなのだろう。
というわけで、凌家灘文化で「空飛ぶ豚神」とされているものは「というわけで、凌家灘文化で「空飛ぶ豚神」と「天の主催神」されているものはそれぞれ「'''豚の皮を被った熊神'''」のことなのだと考える。おそらくこの前身となる考古学的文化が発見されれば、そこでは熊は「熊神」として現されていたかもしれないと考える。この「熊神」の名残は中国神話の「」と「熊神」のことなのだと考える。おそらくこの前身となる考古学的文化が発見されれば、そこでは熊は「熊神」として現されていたかもしれないと考える。この「熊神」の名残は中国神話の「'''[[黄帝]]'''」、朝鮮神話の熊女や日本の熊野の神・須佐之男にあるように思う。だけど、それを隠したりごまかしたりするようになり、表向き「豚神」等を名乗るようになったのではないだろうか。それが古代中国の王権のトーテムである「龍神」につながっていくように思う。合成獣である「龍」も」、楚の王権者の名前、朝鮮神話の熊女や日本の熊野の神・須佐之男にあるように思う。だけど、それを隠したりごまかしたりするようになり、表向き「豚神」等を名乗るようになったのではないだろうか。それが古代中国の王権のトーテムである「龍神」につながっていくように思う。合成獣である「龍」も'''「熊」の仮の姿'''なのだろう。で彼の餌を現しているだけなのだろう。
ということで、凌家灘文化の祭政文化は、「父と子と精霊の三位一体」ならぬ、「'''父神と子神と王(皇帝)の三位一体'''」であって、真の動物のトーテムは'''熊'''だった、ということになるのではないだろうか。
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