=== 私的考察 ===
いわゆる「動物先祖」の話だが、母親が複数の相手と関係を持つのは、母系の時代から続く神話であることが推測される。またギリシア神話の「[[テーバイ攻めの七将|オイディプス王]]」の原型となる神話とも考える。母親と関係を持つ息子は「豚」の父親と立場が混在しているのであろう。あるいは「息子のみ豚の子である」ということを強調したかったのかもしれない。そして、「'''母親が罪あり'''」という思想に発展する下敷きとなる神話とも考える。」という思想に発展する下敷きとなる神話とも考える。母系社会であれば、母親が複数の男性と男女の仲になっても、特に咎められる問題ではない。でも、息子と男女の仲になれば、母系社会であっても倫理的に問題となろう。
「母親が罪あり」となれば、バビロニアのマルドゥクとティアマトの神話のように、息子が母親を殺す口実ともなって、息子神を正当化できる。この場合の豚というのはパイワン族、犬というのはタバロン社のトーテムのことでもあろう。ただし「タウツァー部族」とは名前の通り「母親が罪あり」となれば、バビロニアのマルドゥクとティアマトの神話のように、'''息子が母親を殺す口実ともなって、息子神を正当化できる'''。この場合の豚というのはパイワン族、犬というのはタバロン社のトーテムのことでもあろう。ただし「タウツァー部族」とは名前の通り[[チワン族]]から派生した人々と思われるので、息子が母親を殺すような恐ろしい神話は忌避されたものと考える。 また、この神話では「'''豚(パイワン族)の息子と父が一体'''」とみなされている。三位一体ならぬ「'''二位一体'''」である。これはキリスト教的な「'''父と子は同じものである'''」という思想の原型といえないだろうか。「'''父と子がなぜ一体と考えられるのか'''」という問題点はあるのだが。なぜなら現代の私たちの通常の「家族」を考えてみても、父と息子は家族かもしれないけれども、別々の人間で、別々の個人である、と誰でも思うのではないだろうか。
母親である女性は「[[燃やされた女神]]」、息子は「[[伏羲型神]]」、豚と犬は典型的な「非伏羲型神」でそれぞれ'''ブタ型'''と'''イヌ型'''である。