差分

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年代順に見ると、裁きの媒体としてのアータルから、燃え盛る火を司る神アタル・ヤザタへの移行は急激である。古いガーサ・アヴェスター語文献では熱(そして火)が厳しい裁きと関連付けられているのに対し、新しいアヴェスター語文献では、アータルという神は火そのものを完全に体現し、火そのものによって表象されているとされ、暖かさと光、そして成長に不可欠なものと関連付けられている。しかしながら、アシャ・ヴァヒシュタとアータルとの関連は後世にも引き継がれ、両者はしばしば一緒に言及されている(ヤスナ62.3、ニャーシェス5.9など)。守護者としての役割においても同様であり、「悪霊が善なる真理の創造を襲ったとき、善なる思考と火が介入した」(ヤシュト13.77)
ゾロアスター教における火の崇拝は、ゾロアスター教自体よりもはるかに新しい歴史を持つと見られ、神殿崇拝とほぼ同時期に出現し、紀元前4世紀(アータルが神として導入されたのとほぼ同時期)に初めて現れた。アヴェスター本文には神殿における火の崇拝に関する言及はなく、古代ペルシア語にもそれを表す言葉は存在しない。さらに、ボイスは、神殿における火の崇拝は神像/神殿崇拝に対抗して確立されたものであり、「パルティア時代以前に火の神殿の遺跡は確認されていない」と示唆している(Boyce, 1975:454)。
 
==== 神人としての擬人化 ====
後期の文献では、アータルは'''アフラ・マズダー(標準的な呼称、ヤスナ25.7など)の「息子」'''として擬人化され、 「栄光に満ち、治癒の薬草に満ちている」(ニャーシュ5.6)と称されています。ヤスナ17.11では、アータルは「'''家の主人'''」であり、ガーサにおける'''炉の火'''の役割を想起させます。同じ箇所で「五種の火」が列挙されています。

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