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2,674 バイト追加 、 2025年12月30日 (火) 23:24
太陽が女神である点。女神が殺されて、穀物に変じる点はここに入ると考える。また日本の神話は阿蘇比咩命、阿蘇神のように同じ性質の神が男女で並立している礼が多い。日本神話では、特に記紀神話では一見して太陽神は天照大御神(と稚日女尊)のみのように見えるが、民間伝承レベルでは男女の太陽神がいてもおかしくなかったのではないか、と思う。そこから天照大御神の男神説や、「男装して戦う天照大御神」の神話が生まれた可能性があるように思う。太陽神・月神などが「鳥神」として表される点もここに入る。
 
=== ツングース系・遼河文明起源 ===
中国東北部で栄えた遼河文明は、ツングース系をはじめ、周辺の諸民族に大きな影響を与えたと思うので、古代日本も例外ではないと考える。阿加流比売神の日光感性伝承が代表的なものといえる。また、遼河文明では女性形の太陽女神が存在しており、また男性形の太陽女神が並立していたかどうかは定かでないが存在していた。朝鮮の伝承に、太陽の兄が妹の月に太陽の地位を譲った、という話があるので、遼河文明の太陽女神と太陽神は並立していたかもしれないし、朝鮮の伝承のように「太陽と月」を示していて互いに入れ替わるものと考えられていたかもしれない、と思う。日本の「太陽女神」は''直接''は遼河文明から波及してもたらされたものと考える。
 
ただし、遼河文明は「父系文化のゆりかご」ともいえる良渚文化から、特に父兄文化思想の影響を受けているから、これらも間接的ではあるが長江文明由来といえる。遼河文明では、後の専制君主制に通じるような上下関係の明確な神々の序列が形成されているように思う。それに対して、遼河文明の特徴は、太陽女神と男性の太陽神が並立していたり、太陽女神が「太陽」の地位を失ったあとも「死後の再生の女神」としての地位を得て尊重されていた、と感じる点である。最終的に父系に移行したとしても、人々は女神の地位を低下させず、高位のままでいられるように工夫を凝らしたように思う。それが西方に波及して、ギリシア、ローマ神話のように、社会的には父系で女性の地位が低く抑えられていても、神々の中には強力な力を持つ女神がいる、という神話を形成しているように感じる。
 
だから、古い長江文明では「太陽女神が行った」、とされることが、遼河文明では「太陽女神ではない高位の女神が行った」と変更される傾向が強かったのではないか。例えば、台湾の神話では、「太陽が直接赤い玉(卵)」を生む、という話があるが、これが遼河文明では「日光に感じた女神が赤い玉(卵)」を生む、というように太陽神を男性に変えた形に変更されている。ただし、太陽としての性質を失った女神も、母女神としての高い地位を保ってはいるのである。
== 名称 ==

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