日月の話

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 台湾原住民の神話より

月を射る話

「オアイム」と称する鳥、月を射たる話

昔、月は近くにあり高熱も強かったが、「オアイム」という鳥がまだ人間だった頃、月を射て光を失わしめた。月に黒点があるのはその時の血痕である。(北ツォウ族トフヤ部族ヤヤツ社、神々の物語188p)。

月を射たる話(アヤタル族)

太古は天に月のみがあって太陽がなかった。月を射ようと二人の少年が食料を持って出発し、途中で食べた蜜柑、桃や李の種を植えながら進んだ。月を射たところ、一人は月の血潮を浴びて倒れたが、もう一人は太陽を射た。生き残った少年は村に帰ったが長い年月が過ぎていて彼のことを知る者は誰もいなかった(アヤタル族スコレク群大嵙崁部族角板山社、神々の物語188-180p)。

私的解説

苗族の伝承に日月を射る話がある。台湾の伝承でも日あるいは月を射る伝承があって、内容が似通っているので元は日月を射る話だったとしてもおかしくないと考える。他の地域の伝承と比較した場合、台湾の伝承の特徴は

  • 複数の人(若い男性が二人、というパターンが多い)が、太陽を射る。一人は日月の血潮を浴びて亡くなることが多い。
  • 羿のように地上から太陽を射落とすのではなく、日月を射るために異界を旅するパターンが多い。場合によっては多くの年月を要し、帰ってくる頃には浦島太郎のようになっていることもある。

ということである。若者二人ではなく、少数だが男女が旅するパターンもある。

「オアイム」という鳥が月を射る話、は多少の欠損と「内容のはしょり」があるが、原型に近い話と考える。「若者二人が旅をする話」はかなり変形が進んだもので、紀元前5000年頃には「日月を射る神話」は、元の話からすでにかなり改変された状態であることが分かる。

推察される元の話とその変遷

「オアイム」という若者が、太陽女神の助けを得て、異界を旅し悪しき月を射落とした。若者は太陽女神と結婚した。が、月が蘇ってオアイムと太陽女神を焼き殺してしまった。オアイムは死後鳥となって天に昇り、「天の神」となった。

オアイム神話の内容は、当初ほぼこのようなものだったと思う。オアイム神話の「連れ」のエピソードが欠損し、彼女との婚姻譚も欠損している。彼女が焼殺されたことは、オアイム神話では彼女の存在ごと欠損しているが、「若者二人」版の話より、「亡くなる若者」というのは元は「焼き殺された女神」のことで、これが男性に変更されているのだと推察される。そして、元は「月」が射落とされる話であって、ギリシア神話の「ミーノータウロス(月の雄牛)退治」と非常に近い話であるということが分かる。ということは、「射落とされた太陽」とは「男性形の太陽」で「月が太陽になりすましたもの」といえる。男性形の太陽神が女神を食い殺したり、太陽女神と地位が入れ替わったりするものである、という伝承がオーストロネシア語族の神話にある。

オアイムの射月神話は、テーセウスがアリアドネーの助けを得て、共に異界を旅しミーノータウロスを討つ話と相関する。アリアドネーはテーセウスと血痕の約束をするが、途中で彼の前から消えてしまうことになる。羿神話の嫦娥も、射日完了後早い時期に羿の前から姿を消す。アリアドネーと嫦娥は「燃やされた女神」といえるのだが、彼らは台湾神話の「太陽の血を浴びて亡くなった若者」の姿と相関する。なぜなら熱い太陽の血しぶきを人が浴びたなら、その人は焼け死んでしまうであろうから。そこで、「射日の英雄」の連れは、日(月)を射て早々に亡くなってしまう、というモチーフは紀元前5000年よりも更に古い時代に形成され、台湾、中原、ギリシアの神話の中に残されたことが分かる。

一方、ギリシアや中原では後代に至るまで、「射日の英雄」の連れは女性であり、妻であるのだが、神話発祥の地に近い長江河口域では、紀元前5000年頃には男性に変更されてしまっていたことが分かる。神話は元々、太陽女神になりすました月の男神を倒すものだったのに、太陽女神が物語の中から削除されてしまったり、結局男性形に変えられてしまっていることが分かる。射落とした月(男性)まで、太陽に変えられてしまったので、神話は「射日神話」としての方が有名になってしまったといえる。

しかし、ともかく「オアイム」という鳥の名は残った。子音からみて、これは女性形であれば「バロン」と同じ名。男性形であれば「ヴァルナ」と同じ名といえる。イラン神話ではヴァルナ(アフラ・マズダ)とデーヴァの対立神話がみられるが、ヴァルナが対立したデーヴァとは、まさに「ミーノータウロス(月のデーヴァ、とも読める)」のことだと推察される。本物語で「オアイム」が女性なのか男性なのか迷ったが、牛型の怪物と戦う神話のある黄帝について「昇天神話」があるので、男性形と考える。黄帝型神である。

言い換えれば、「黄帝が牛型の蚩尤と戦う話」と「羿の射日神話」は起源が同じ話であることが、オアイムの「射月神話」などから分かる。

また朝鮮の伝承には、妹を害した兄の太陽神を母親が殺してしまう、という伝承がある。これも射日神話の変形版といえ、射日神話の主役である英雄が削除され、助け手の女神が直接「なりすましの太陽神」を倒してしまったパターンといえる。

太陽を射る話

「日月の話(アヤタル族)」

太古は昼のみで暑さが耐えがたかった。太陽を射ようと二人の少年が食料を持って出発し、途中で食べた蜜柑や李の種を植えながら進んだ。太陽のそばにつくと、一人は暑さで倒れたが、もう一人は太陽を射た。太陽から何かが飛び出してになった。ある者は、点に太陽が二つあって、一つを射たところ月になったという(アヤタル族スコレク群ガオガン部族テイリク社、神々の物語166-167p)。

私的解説

「射日神話」は種類が多い。特に重要なのは、太陽が射られて「」になった、という部分と考える。中国の羿神話

粟の話

イコロンの話(穀物種を盗む)

その他

関連項目

参考文献

  • 神々の物語 台湾原住民文学選5 紙村徹編・解説 草風館 2006年8月1日発行