差分

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=== 私的解説・名前の問題 ===
[[石見天豊足柄姫命|天豊足柄姫命]]は「あめのとよ'''たらし'''''から''ひめのみこと」という。「から」の方の意味は良く分からない。「唐」として、中国方面からやってきた女神、という意味かもしれないし、「柄」のままで、体に何かぶち柄のような模様のある犬神、といいたかったのかもしれないと思う。干魃を起こす蛇神は、記紀神話でいうところの須佐之男に相当し、[[石見天豊足柄姫命|天豊足柄姫命]]は天照大御神、すなわちは[[天照大御神]]、すなわち'''太陽女神の一形態'''と考えるのだが「たらし」の方は「'''垂'''」と書いて水神女神を示すものでもあると考える。治水の女神でもあるし、'''天候を順調にし、雨水を適切にもたらす天候神'''でもある。[[ミャオ族]]の[[盤瓠]]犬に天候神の性質があるのと同じである。
おそらく類する女神に、神功皇后(気長足姫尊(おきなが'''たらし'''ひめのみこと))がいる。彼女の母親は葛城高顙媛といい、[[葛木国造|葛城氏]]の女性とされているので、神功皇后も葛城氏系の女神と言える。夫が亡くなった後、三韓に攻め込んだとされているので、現代的な感覚では他国を侵略するような好ましくない性質の女神なのだが、「犬を供にする少女」のように軍神的な性質を持ち、何より「夫が亡くなった後」も摂政を務めたとされ69年も生きていた、とされる。このように「たらし」と名のつく葛城氏・賀茂氏系の女神が、軍神であり長命であった、というのであれば、同じ系統の女神である[[石見天豊足柄姫命|天豊足柄姫命]]が、蛇神を倒して即日石に変じてしまった、という話は、やはり後から付け加えられたもののように思う。神功皇后は、天上の皇祖神・[[天照大御神]]の地上の代理人として、少なくとも記紀神話が作られた時代には、「ある程度理想的な現実の生きた太陽女神像」として表現された女神なのではないだろうか。

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