=== 馬の女神 ===
西欧では「植物の母神」というものはあまり例がないように思う。ギリシア神話にアポローンに追いかけられて月桂樹と化してしまうダプネーの神話があるが、類似した名でも豊穣神として名高いのはデーメーテールの方である。デーメーテール女神のトーテムには「馬」があり、馬神としてはポセイドーンと対になる女神である。ただし、ポセイドーンから無理矢理関係を迫られた、と神話にありいわゆる「夫婦仲」は良くない。中国神話風に言えば、夫を気取る呉剛に暴力を振るわれ続ける方の「桂女神」の方がデーメーテールの原型と考える。しかし、ともかくデーメーテール女神の方は植物神ではなく、馬型あるいは人型として動き回る女神である。デーメーテールとポセイドーンの関係はローマ神話ではディアーヌとヒッポリュトスに移行すると思われる。デーメーテールもディアーヌも「女神の聖所とされる'''森'''の主人」とされる点は、彼女たちが植物神だった名残と考える。ヒッポリュトスは「殺されてしまう神」なので、呉剛ではなく、呉剛に殺されててしまう「間男」の側の神と考える。台湾の伝承で「の主人」とされる点は、彼女たちが植物神だった名残と考える。ヒッポリュトスは「殺されてしまう神」なので、呉剛ではなく、呉剛に殺されててしまう「間男」の側の神と考える。台湾の伝承でいう「'''豚を屠殺してはならない'''」とは、この「'''(殺された)月の父神を殺してはならない'''」という意味でもあるし、「'''彼を殺したことで豊穣を得られるという神話を許容してはならない'''」という意味でもあると考える。ということは、呉剛的な「妻に暴力を振るう神」を採用しているギリシア神話や、代が変わるたびに先代のヒッポリュトスの生命を求めるネミの森の祭祀は「間違っている」とも感じられるのだが、ともかく西欧では、古くはヒョウタンだった「月の母神」は権威ある「太母」として馬型で現されることが多いように感じる。夫のトーテムが妻神にも作用して、彼女自身が馬神に変化し、自律した神として動き出すようになったのだ。
そして、伊勢神宮の月神、多度大社の神のトーテムが「馬」とされた点は、西欧の神話の影響がもしかしたらあるかもしれないと考える。記紀神話を成立させる際には、各氏族は自らの家伝を調停に提出しなければならなかったし、「何が自分たちの正しい神話なのか」という点を、広く各国の神話を収集して研究したのではないか、と想像する。そこで、日本の伝承の中には、明らかにイラン系であったり、ケルト系であったり、ゲルマン系であったりする伝承が入り交じっているのだ。古代の海部氏は、自分たちの神はいわゆる「デーヴァ」であって、「T」音を多用する神の名を持っている人々は、どんなに遠く離れた場所に住まう人達であっても、遠い「同族」であると割と認識していて、各国の神話の収集を積極的に行っていた時期があるのではないか、と思う。そこで、西欧の「植物神でもあり馬神でもある月の女神」とは「自分たちの瓢女神」だと理解しており、共通性を持たせるために「月神」のトーテムを「馬」と定めたのではないか、と思う。ということで、豊受大神のことを「馬の女神」とは言わないけれども、彼女は「殺されない女神」でもあって、その性質を定める際にはディアーヌ、デーメーテール、そして「馬の母」として有名なエポナなどが大きく参考にされたのではないか、と考える。