古代中国における父系社会の「ゆりかご」といえるのは長江下流域(現在の上海付近)の太湖周辺で発達した'''[[良渚文化]]'''(紀元前3500年頃~紀元前2200年頃)である。これが次の時代に黄河文明側の竜山文化に発展して、父系の階級社会が確立していくのだが、その発生起源は長江文明側にあった。
[[良渚文化]]の起源は、その前身の崧沢文化(紀元前3900年頃~紀元前3200年頃)、更にその前身の[[馬家浜文化]](紀元前5000年頃~紀元前4000年頃)にさかのぼる。馬家浜文化はすぐ南側の地域にある(紀元前5000年頃~紀元前4000年頃)にさかのぼる。[[馬家浜文化]]はすぐ南側の地域にある[[河姆渡文化]](紀元前5000年頃~紀元前4500年頃)とほぼ同時期に存在し、互いに交流があったと考えられる。
東南アジアから南太平洋に分布するオーストロネシア語族は約6000年前(紀元前4000年頃)に中国南部、現在の福建省付近から台湾へ渡ったとされる<ref>Kun, Ho Chuan (2006). "On the Origins of Taiwan Austronesians". In K. R. Howe. Vaka Moana: Voyages of the Ancestors (3rd ed.). Honolulu: University of Hawai'i Press. pp. 92–93</ref>。この集団のY染色体ハプログループは'''O1a'''で、先祖は[[馬家浜文化]]の担い手と考えられている。おそらく彼らの先祖は台湾に移動した人々と、太湖周辺に残った人々とに別れ、中国本土に残った人達は後の崧沢文化、[[良渚文化]]を形成していったと考える。