「男性の太陽神」とは、ノンニュウの精神とは逆に、「'''融(月)'''」を「太陽神」としたものと考える。「融」は太陽女神を殺して魚女神に変えてしまい、「太陽神」の地位を自分の「月+地帝+世界樹」の地位と入れ替えてしまったのではないだろうか。ただし、各地の神話を見るに、女神は「世界樹」のような大きなものではなく、穀類や芋に変えられてしまったように思う。この祝融(チャンヤン)をそのまま太陽神として崇めている地域もあるし、ノンニュウのように亡くなった女神を慰めるために月と犠牲獣の地位に留めている思想もある、ということなのだろう。
また、興味深いことだが、「女媧と融」の起源が[[河姆渡文化]]にあるとすると、そこではまだ母系社会で「太陽女神」が崇拝されていたと考えられるので、女媧は彼らの中でもすでに「太陽女神」としては取り扱われておらず、太陽女神は「別に存在していた」ということになる。日本神話でいえば、にあるとすると、そこではまだ母系社会で「太陽女神」が崇拝されていたと考えられるので、女媧は彼らの中でもすでに「太陽女神」としては取り扱われていないように見える。太陽女神が死んでしまったのなら、今ある太陽は何なのか、ということになるからだ。よって、太陽女神は「別に存在していた」ということにならないだろうか。日本神話でいえば、[[伊邪那美命]]と[[天照大御神]]のように「主要な母神」とされる女神が二柱以上いた可能性があり、一方はすでに太陽女神と見なされなくなっていたと考える。子音から見た場合には、蝶のメイパンメイリュウとノンは「起源の同じ女神」と考える。蝶や蛾の幼虫は「木の葉」を食べる。彼女は、自らを殺した楓を復讐のために食べる女神、として蝶になぞらえられたのではないだろうか。 一方、モン族の伝承では、ノンは「太陽の少女」とされて、「死んだ」とはされていない。しかし、月の少年と太陽の少女は今も追いかけあっている、ということでバロン・ダロンが高いに追いかけ合って結婚した場面を彷彿とさせる。恐ろしいのは追いかけあっていた彼らが、互いに出会った時に怒った出来事だと思うのだが、モン族は「楓がノンを殺した」という部分を削除してしまったようである。
=== タイのミャオ族の精霊信仰 ===